第5話
あたしはおかしくなったのか? そう凛子は考えた。
教室に着いて、窓際の席でうなだれる。今朝のことが脳に染みついて、なによりも気になってしまう。
「早苗のこと好きなのに、なんで」
交差点での出来事が、心を悩ませる。
早苗について考えを巡らせるが、赤信号で止まったまま進展しない。
「あの静電気みたいなのは、いったいなんなの」
ただたんに静電気でバチンとなったわけじゃない。あのときはもっとほかの、きわめて痛烈な感覚のように思えた。
「わからない。けれど苦手な感覚だった」
あのしびれは不愉快であった。
「でもなんで苦手なのか」
やっぱりわからない。苦手なのはわかったけれど、なんで苦手なのかわからない。
急に触れられるのが嫌なのか? そう凛子は思った。
けれどそれはない。なぜならば昨日のことがあったからだ。
「キスはすごくよかったのに」
昨日の出来事と、今日の出来事は似ていた。
急に早苗がそばに来て、自分の深い部分に触れる。そしてなにもかも考えられなくなる。
「わからない。でもそれが、すごく苦しい」
苦悶から逃げるため、机に寝そべる。はたから見れば、寝不足で眠たいように見えるだろう。
もうこのまま狸寝入りでもしようか。
そうすればこの気持ちとは無縁でいられる。
でもできなかった。教室から早苗が入ってきたのだ。
「凛ちゃん。だいじょーぶ?」
恐るおそると早苗が、前の席を陣取って話しかける。
「さっきはごめんね。わたし、なんだか悪いことしたよね」
早苗は、頑張って笑顔を作っていた。
「謝る必要はない。手をはらったのは、まぎれもないあたしだ」
「でも」
「あたし、早苗のこと拒絶したんだよ? 謝るのはあたしのほう。あんなつもりじゃなかったのに……ごめん」
謝罪をした。けれどなにかが変わるわけではなかった。沈んだ気持ちは戻らない。
「凛ちゃんは、わたしのこと嫌い?」
「嫌いなわけない。嫌いだったら、とっくの昔に離れてる」
そう伝えたら、早苗は微笑んでくれた。曇りかかった空に、ちょっとした光がさすように。
「うん……でも凛ちゃん。わたしね、凛ちゃんの考えていること、知りたいよ」
考えているのは早苗のことだ。早苗を好き、それだけ。
しかし言葉にするのが難しい。
「それはできない。なんていうかその、わからないから。自分の考えが」
顔が熱くなる。
みるみると自分の顔が赤くなるのがわかる。今ならば顔面でお茶を沸かせられそうだ。
「凛ちゃん。わたし焦りすぎてたかも」
焦りすぎ、とはなに? 凛子にはわからない。
「わたしは気持ちを優先しちゃう子だから。凛ちゃんをよく考えないで、行動してた」
反省。そう取れる仕草で早苗は続ける。
「だからこれからは待つよ。凛ちゃん。今の考えを言えるようになったら、わたしに言いに来てね」
雲を蹴散らすような笑みを早苗は見せた。
まばゆい笑顔。凛子はその綺麗な光に手をのばしたくなる。
「離れるけれど、わたしは凛ちゃんのこと好きだから」
早苗は太陽だ。
手をのばして触れたいのに、近づくと心がチリチリと焼けていく。
それが凛子にとっての大きな悩みとなった。




