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恋愛トリップ  作者: 智秋
4/8

第4話

 朝を迎えるころに、凛子は濡れたくちびるを開けた。


「昨日はずっとキスしていた」


 目覚まし時計の暴力にたたかれて、ふと思い返す。

 お風呂と晩御飯を後回しにして、身悶えするぐらいキスに熱中した。それはもう止まらなくて、風呂と飯と睡眠時に頭のなかで早苗にキスをしていたぐらいだ。


「キスでなんだか悪い気分」


 好きいっぱいで頭が重い。

 脳みそのなかにダンベルでも仕込んだみたいだ。凛子は頭を抱えた。

 そして下半身に違和感。


「うわっ、下着やば」


 毛布をめくると、なぜか雨水でも吸ったかのように、鼠色の長袖パジャマが濡れていた。下着もろともぐっしょり。

 不快な感触に、凛子は顔をしかめる。


「夢のキスでこうなるのか」


 自分にあきれる。まさか寝ているときに……それ以上は言葉にならない。


「でもまだたりない。キスしたい」


 キスをしたい。早苗としたい。パジャマが濡れてもしたい。

 それほどにキスは気持ちよかった。

 でも学校に行かないと。

 今日は平日。キスをしている時間はない。

 ため息ひとつ。気持ちを整理する。


「早苗のこと、こんなにも好きだったのか」


 キスの感覚。それをまざまざと見た。そして感じた。

 でもそれを一旦、胸にしまう。

 凛子はベッドからでてパジャマを脱ぐ。あとぐっしょりな下着も。

 裸のままクローゼットの前に来て、タオルと下着と制服を取り、着替え始めた。



……――……



 住宅街から見る空は、悲しそうであった。

 分厚い雲がたくさん重なっていて、今にも泣いてしまいそうである。


「雨とか降ってきそう。まいっちゃうなぁ」


 なにはともあれ濡れるのは嫌だ。そう凛子は足早に学校へと向かう。

 こぢんまりとした商店街をぬけると、昨日行ったファミリーレストランに着いた。その向こうには横断歩道とゲームセンターが見える。

 昨日と変わらない、早苗とキスをした場所だ。

 信号機を見る。赤になりたて。青くなる気配はしない。そこに、


「凛ちゃーん。おはよーう!」


 ゲームセンター前にて早苗が、元気いっぱいに手を振っていた。

 横断歩道の向こう側に早苗がいる。

 キスをしたのに早苗はいつも通り。かわいく元気に笑う。

 そんな早苗を見ていたら、昨日のキスが鮮明に蘇った。


『それじゃあ、ちょっとだけ動かないで』


 昨日見た光景。

 くちづけが気持ちよくて、幸せで死にそうになる。

 もう妄想なんかじゃたりない。本物が欲しい。


「あたし、なに考えてるのっ」


 キスへの貪欲さに、凛子は恥じた。

 いくら気持ちよくても、こんな場所で欲しがるなんて、節操がない。

 心に暗い影が落ちて、なさけなくなってきた。


「どうしたの凛ちゃーん!」


 信号が青になる。

 あわてんぼうな猫のように早苗は走った。

 一呼吸でどんどん距離は縮まって、早苗は凛子の傍に着く。


「凛ちゃん」

「なにっ」


 心拍数が滝登りをする。

 それを早苗は察したようで。


「顔が赤い。もしかして風邪でもひいた?」

「そんなことたぶんぜったいありえないかもしれない」

「日本語めちゃくちゃだよ。まったくだいじょーぶじゃないよ」

「大丈夫だから」


 心配しないで、と凛子は幾度か言った。すると早苗は、さんさんと輝く太陽のような、にこやかな笑顔を見せた。


「ふーん。凛ちゃんがそういうなら、だいじょーぶにしてあげる。それじゃ学校いこっ」


 早苗が凛子の手を握った。

 いつものことだ。二人一緒になれば手をつなぐ。

 けれど今回は違った。

 凛子の全身に、稲妻が響いたのだ。


「やめて!」


 電撃の鋭い痛み。それを嫌って凛子は、早苗の手を振りほどいた。

 ほどかれた手を早苗は見た。


「凛っ……ちゃん?」


 突然の出来事に、早苗は呆然とした。

 その顔は「なんで」と、悲しげに歪んでいる。

 凛子にはそれが痛いほどわかった。

 手を振りはらわれたことに、早苗は傷ついている。


「違う。これは違う。違うよ」


 なぜはらってしまったのか、なぜ拒絶してしまったのか。凛子は必死になって釈明をしようとした。

 けれど言葉は脳内で四散。散ってしまった言語の破片を集めようと、頭を抱えて座りこむがなにもならない。


「あたしはそんなつもりじゃ……」

「わたしはだいじょーぶだよ。うん平気へいき!」


 早苗の顔を見る。そしてわかった。早苗はまったく平気じゃなかった。

 笑顔に悲しみを隠している。太陽を雲で隠して、涙を降らせてしまいそうな、偽りの笑顔だ。

 この笑顔を、凛子は見ていられなかった。

 代わりに信号機を見る。青色だ。


「本当にごめん。それと先行くから」


 返事を聞くまえに、シャトルランをするみたく、鮮やかにダッシュをした。

 早苗を置き去りにする。足は軽やかに進むが、気持ちは焦るばかりだ。

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