第3話
小さな商店街を通り、住宅地まで歩き続けて、たっぷりと冷気を吸った。けれど凛子は寒くなかった。
むしろ暖かいぐらいである。
「キスをしただけで、すごく暖かい」
不思議なことに、キスの感触はまだ残っている。柔らかく甘い暖かさ。口に広がっていたそれは、今では腹に居座っていた。
でもそれが、不可解でならない。
「なんでだろう?」
なぜ好きなのかわからない。
なんでキスしただけで暖かくなる。
どうしてわからない。
まるで暗がりを歩いている感じだ。前が見えなくて、どこかへと迷い込んでしまいそうになる。
とはいえ現実の帰宅路を見失ったわけではない。すんなりと二階建ての自宅を見つけた。
玄関に入り、母親に「ただいま」と言って、二階へ上がる。
自分の部屋に入るなり扉を閉めて、力なくべったりと座り込む。
「なんで好きなんだろう」
さっきと同じ言葉をこぼす。それは重すぎるせいか、ゴトンと床に落ちた。
重さは筋トレ用のダンベルぐらいだろうか。でもサッカーボールと同じく床に放置しているそれとは、どう考えても似ていない。
ダンベルはもう不要だけれど、この言葉は必要なのだ。
「好きなのはわかるけれど、なんで好きなのかわからない」
床に落ちたそれを指で突っつく。でも重すぎるのかビクともしない。
「なんだろうこれ」
摩訶不思議な感情だ。なんだかわからないけれど好き。
「わけわかんない。でも」
キスをしたい。そう思う。
そのままカーペットに寝そべって、くちびるに人差し指を添えてみた。
キスのまねごと。くちゅり、と好きの音がなる。
途端にあの感触が、腹からくちびるに戻ってきた。
柔らかく甘い暖かさ。心が躍る。
「うん。キスは好き。このままこれに溺れていたい」
キスが二回、四回、八回、と増えていく。
指に唾液がべたべたと絡まる。体が熱い。すごく切なくなって、体をよじらせずにはいられない。
んっ、と微かな喘ぎを漏らす。
キスした後の、ひだまりのような早苗を想う。じゃあまた明日、とひらいた赤くつぶらな花弁に、凛子はくちづけを重ねた。
「っ……早苗にむりやりキスしてるみたい」
指についた唾液をしゃぶり、不愉快そうにいった。
早苗のことを勝手に妄想して、許可もなくキスをして、なんだか申し訳なく思えた。
でもキスは好き。もっとしたい。
「よくよく考えると、先にキスしたのは早苗じゃん。しかも許可なしで。だったら今してもおあいこだよね」
ちょっとばかし悩んでから凛子は、もっともらしい言い訳を考えた。
キスをする建前ができたので気持ちが楽になる。
指を早苗のくちびるに見立てて、チュウをする。
好きと罪悪が混ざりあい、全身がくちびるを求めてやめられない。
気持ちが痛いほど膨れ上がる。
「好き、キス好き。早苗も好き」
凛子は愛おしそうにキスをした。
時間がキスするために流れていく。
いつもならお風呂に入るときなのだが、それすらも忘れてのめりこんだ。




