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恋愛トリップ  作者: 智秋
3/8

第3話

 小さな商店街を通り、住宅地まで歩き続けて、たっぷりと冷気を吸った。けれど凛子は寒くなかった。

 むしろ暖かいぐらいである。


「キスをしただけで、すごく暖かい」


 不思議なことに、キスの感触はまだ残っている。柔らかく甘い暖かさ。口に広がっていたそれは、今では腹に居座っていた。

 でもそれが、不可解でならない。


「なんでだろう?」


 なぜ好きなのかわからない。

 なんでキスしただけで暖かくなる。

 どうしてわからない。

 まるで暗がりを歩いている感じだ。前が見えなくて、どこかへと迷い込んでしまいそうになる。

 とはいえ現実の帰宅路を見失ったわけではない。すんなりと二階建ての自宅を見つけた。

 玄関に入り、母親に「ただいま」と言って、二階へ上がる。

 自分の部屋に入るなり扉を閉めて、力なくべったりと座り込む。


「なんで好きなんだろう」


 さっきと同じ言葉をこぼす。それは重すぎるせいか、ゴトンと床に落ちた。

 重さは筋トレ用のダンベルぐらいだろうか。でもサッカーボールと同じく床に放置しているそれとは、どう考えても似ていない。

 ダンベルはもう不要だけれど、この言葉は必要なのだ。


「好きなのはわかるけれど、なんで好きなのかわからない」


 床に落ちたそれを指で突っつく。でも重すぎるのかビクともしない。


「なんだろうこれ」


 摩訶不思議な感情だ。なんだかわからないけれど好き。


「わけわかんない。でも」


 キスをしたい。そう思う。

 そのままカーペットに寝そべって、くちびるに人差し指を添えてみた。

 キスのまねごと。くちゅり、と好きの音がなる。

 途端にあの感触が、腹からくちびるに戻ってきた。

 柔らかく甘い暖かさ。心が躍る。


「うん。キスは好き。このままこれに溺れていたい」


 キスが二回、四回、八回、と増えていく。

 指に唾液がべたべたと絡まる。体が熱い。すごく切なくなって、体をよじらせずにはいられない。

 んっ、と微かな喘ぎを漏らす。

 キスした後の、ひだまりのような早苗を想う。じゃあまた明日、とひらいた赤くつぶらな花弁に、凛子はくちづけを重ねた。


「っ……早苗にむりやりキスしてるみたい」


 指についた唾液をしゃぶり、不愉快そうにいった。

 早苗のことを勝手に妄想して、許可もなくキスをして、なんだか申し訳なく思えた。

 でもキスは好き。もっとしたい。


「よくよく考えると、先にキスしたのは早苗じゃん。しかも許可なしで。だったら今してもおあいこだよね」


 ちょっとばかし悩んでから凛子は、もっともらしい言い訳を考えた。

 キスをする建前ができたので気持ちが楽になる。

 指を早苗のくちびるに見立てて、チュウをする。

 好きと罪悪が混ざりあい、全身がくちびるを求めてやめられない。

 気持ちが痛いほど膨れ上がる。


「好き、キス好き。早苗も好き」


 凛子は愛おしそうにキスをした。

 時間がキスするために流れていく。

 いつもならお風呂に入るときなのだが、それすらも忘れてのめりこんだ。

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