第2話
あれから二週間。
早苗の告白を受けとった凛子に、変化は訪れなかった。
なぜならば早苗との生活が、変わりなかったからだ。
「なんでだろう」
そうつぶやいたのは、学校帰りのファミリーレストランで、プチデートをしているときである。
ドリンクとケーキを楽しみながら談笑していたら、早苗がトイレへと行った。数分たっても帰ってこないため、凛子はかれこれ二週間の出来事について、考える時間ができたのだ。
「恋人になったのにやること変わらない……手をつないで買い物行って、映画館とかゲーセン行って……やっぱり変わってない」
天井を仰ぎ、おしゃれな照明を眺めながら、ぼんやりと物思いにふける。
あの美術室で恋人になった。それが特別になると思った。
けれど恋人となったのに、やることは友達感覚。
思っていたこと。キスはまだだ。
「身構えていたけれど、なんだか拍子抜け」
ため息をついて、視線をテーブルに落とす。
マグカップが二つ。どれもまだ飲み切っていない。
凛子はマグカップに入れたスプーンを使い、ココアを混ぜまぜ。
「恋人になったけれど、接し方とか案外変わらないものなのかな」
甘々な茶色が、脳を支配する悩みのように渦巻く。
するとカカオの香りがより際立った。甘い匂いだ。考えごとをするのに、たいへん助力になる刺激である。
「早苗の好きは受け止める、あたしはそう言った。けれどそれでよかったのかな。本当は友達のままでも大丈夫なのでは」
そもそも早苗とは、友達同士でも充実していた。
一緒に笑ったり泣いたりと、恋愛じゃなくても親密だった。
「でも早苗は、それじゃ納得いかなかった。早苗は友達同士じゃ我慢できないから告白してきたわけだし。でもそれだとなんで、恋人っぽいことしないのだろう」
凛子はうーんと考えた。二分が二ヵ月に感じられるほどに。
女の子同士だから、そういった行為を求めていないのかもしれない。キスとかはなしで友達以上に親しくなりたかっただけ。友達の枠を外して、より特別になりたいだけなのかな。
とはいえこれは、ただの憶測だ。逆の考えだってできる。早苗は待っているのかもしれない。愛の言葉を紡いでくれるのを。そんな考え。
しかしどれも戯言にすぎない。そう凛子は気づいた。答えは見つけられない。時間だけ浪費した。
「答えがわからないままなのって、こんなに気持ち悪いことだったかなぁ」
この停滞を知っている。
早苗の絵を見ているのと一緒だ。
好きだけど、わからないあの感じ。
すごくモヤモヤする。
「そもそも、あたしのどこが好きになったのだろうか……わかんない」
「どうしたの? またぼーっとして」
いつのまにか、ひょっこりと早苗が戻ってきていた。
美味なひまわりの種を頬張ったような、幸せな笑みをうかべている。そして楽しそうに、向かいの席へと腰かけた。
凛子は質問を返した。
「そっちこそ。なにニヤニヤしてんの」
「ニヤニヤではなくニコニコと言ってほしいなぁ。だってニコニコのほうがかわいいでしょ」
「では訂正。早苗はなんでニコニコしてる?」
「凛ちゃんと一緒にいられて幸せだなーって」
「は、恥ずかしいこというね」
「わたし答えたから、次は凛ちゃんの番」
「あたしはボーっとしてただけ」
「えぇー言ったっていいじゃん。隠さないでよ」
「早苗が気にするようなことじゃない」
「そう言われると、もっと気になるなぁ」
教えて頂戴な。そうお手軽に言ってきた。
「気にしなくていい」
苦しまぎれに凛子は、ココアを一口すする。
この好きによる悩みは、人に知られたくはないのだ。特に早苗にはなんとしてでも。
しかしなぜだ? わからない。ではこれも、わからないリストに入れておこう。そう凛子は決めた。
「隠し事なんて凛ちゃんらしくないよ」
「あたしだって女だからね。秘密をひとつぐらい抱いていたいの」
凛子は演技派女優のようにニヤリと笑った。
「それ、凛ちゃんが言うと似合わないね」
「余計なお世話だ」
「でも笑顔はかわいかったよ。だからもう一回だけ言って」
「似合わないとか言ったくせに。あんたは鬼か」
笑いながらバカ話を続けた。
友達だったときと一緒の会話。話し出したら止まらない。
こうしておしゃべりをしていたら七時前だ。帰らないといけない。だから二人はおしゃべりしながら帰る支度をした。
「ファミレスが自宅だったらいいのにね。凛ちゃん」
「赤の他人が土足で入ってきて、厚かましくメシ食っていく自宅なんてあたしは嫌だね」
二人はおしゃべりをしながら、早々と料金を支払いに向かう。
そして正面入り口。ドアを開けると、ひゅるりと寒い音がした。
空気が一段と冷たい。それを知ってか、交差点先のゲームセンターが、人をおびき寄せるために暖かく輝いている。
「さてさてかえろうか。外は寒くて凍えそうだし」
凛子は寒さに震えた。春の訪れがまだまだ先であることを、夜がささやいたのだ。
「うん。でもわたし、ちょこっと用事あるから。連れまわすのは悪いし先に帰ってて」
早苗が申し訳なさそうに言った。ついさっき用事を思い出したみたいだ。
だから凛子は気づかいをした。
「つきあうよ」
「たいした用じゃないから、だいじょーぶ。絵の具を買いに行くだけだよ」
「でもけっこう暗いし寒いじゃん。なんかあったら危ないから、心配なんだけど」
「心配してくれるのはありがたいよ。けれど……そうだ! 心配の代わりに、ひとつおねがいを聞いてほしい」
「あたしにできることなら」
「それじゃあ、ちょっとだけ動かないで」
奇妙なお願いだな、と思いながらも凛子は承諾。
そして早苗は、凛子を抱きしめた。
「早苗――」
凛子の声をふさぐように、早苗がくちびるを奪った。
くちづけで暖かさを分かち合う。
暖かさが蜜みたいに甘美だ。
さっき飲んだココアとは比べ物にならないほど甘い。これはとても好きな甘さだ。手放したくない、永遠にとけないでほしい。
思うと、触れたくちびるが離れた。
凛子の口から白い息が漏れる。それは早苗からも同じく。
すると早苗は数歩離れてから、親しみある太陽のように笑った。
「ふふっ、また明日!」
ハツラツ颯爽と手を振り、青信号となっていた横断歩道へと走って、街に消えて行った。
凛子だけがファミレスの前で呆然。
「なにあれ」
ぽつりとつぶやくと、胸元が熱くなる。さっきまでの寒さが、嘘のように思えた。
この熱さはなんだろう。
わからない。わからない。なんども考える。
そうした積み重ねをして十秒後。指でくちびるを触ってみた。
ぷにぷにの感触が、あの刹那を思い出させる。
「これってキス?」
理解が脳みそに届いて、凛子は漠然とした。