涼子ちゃん。
小さい子供の頃の思い出。
なつのおそらは、とってもあおくって、たいようさんがギラギラしてたのをおぼえてます。
この夏は、私はかぞくみんなで、かいすいよくにでかけました。お父さんのおしごとのかんけいで、おーいそロングビーチっていうところに行きました。大きなホテルがあって、そこにかおがきくんだって言ってました。
お母さんのおともだちの、竹田さんかぞくもいっしょです。あっちには、たけのりくんとりょーこちゃんのきょうだいがいて、私たちともとってもなかよしです。
パパとま、お父さんとお母さんは、うちのおとうとのしゅうちゃんが、いっぱいおしゃべりになったのがうれしかったみたいです。私もいっぱいはなしたりできるから、とってもうれしいです。でも、すこしだけだけど、しゅうちゃんがきもちわるいです。なんでかって言うと……
「修ちゃん修ちゃん! こんなん出てきたよ、かたしてたら」
そう言って俺の姉貴、香は古いわら半紙の束を取り出して見せてきた。わら半紙とよく言われているが、現在でも稲や麦わらが原料に使用されているわけではない。奈良時代位に唐から伝わり広く使われるようになっていき今ではその原料は、化学パルプや砕木パルプに代わっているはずだ。まあそれはどうでもいいか。
「これは……なんだ?」
「日記に決まってるじゃないの、どう見ても」
そんなのは読んで見てみればすぐ分かる。俺が言いたいのは、どうしてこんなものが残されているのかってことだ。
「いやそう言うことではなくて、どうしてそんなものが残されていたのかってことなんだが」
「へ? そりゃ残しとくでしょ、普通。あ、修ちゃんのこういったものって残ってないんだったね、ほとんど。ごめん、修ちゃん私……」
ああ、これは地雷を踏んでしまったようだ。なるべくこういった話題は避けるようにしてきたんだが、あまりにも姉貴の様子が嬉しげだったのでつい口に出して言ってしまった。口調もいつものあんた、ではなく俺の名前を呼ぶようにしていたことから容易に推理できたことだった。迂闊。
「いや、すまん。別に気にはしてないから大丈夫だぞ、ほんとに」
「そう? ほんとに気にしてない? ほんとにほんと?」
おいおい、そんなに興奮するなって。わら半紙を持ちながらぐいぐい迫ってくる姉貴。いささか怖いものを感じるのは俺だけだろうか。しかもムダにいい匂いがする。きっと高いヘアートリートメントやボディソープを使っているからだろう。姉貴は人前でエレクトーンを演奏するパフォーマーだから、そういったことをとても気にしているからな。
俺がなんとはなしに(ということにしておいてくれ)鼻をひくつかせていると、姉貴がはっと身を守るように後ずさった。
「あんた、今なんかイヤらしいこと考えてたでしょ、あーきも」
すみません、まったく違うとは言い切れません、ごめんなさい。しかしこれでいつもの様子に戻ったようで、なによりだ。
「ほんっとに昔っからあんた、そういうところは変わってないよねー。ほら、ここにもこんなこと書いてあるし」
なにやら姉貴が俺のことを、蔑むような顔つきで見てくるのが癪に障った。
「何を言うかと思えば。昔から俺は品行方正、優等生だったはずに決まってるじゃないか」
姉貴の顔が一変し、いやらしくニヤニヤと、まるでどっかのネコみたいに余韻を残しながら笑うのがまたまた癪に障る。
「ふーん、そうでしたねー、修ちゃんは優等生でまっすぐ真面目さんでしたねー。じゃあ、ここ読んでごらんよ、面白いから!」
すごく嫌な予感しか頭には浮かばない。俺は姉貴の顔と、わら半紙の双方を目で追いながらなんとか逃げおおせる方法がないか考えてみたが、なにも思いつかなかった。
どんな事が書いてあるのか不安で仕方がないが、まったく興味がないという訳でもない。自分の知らない自分を知りたい。好奇心に負けた俺は、わら半紙に視線を落とした。
いっしょに行ったりょーこちゃんに、しゅうちゃんがへんなちょっかいをしていました。どんなことかというと、
「りょうこちゃん、なぎさでなみとたわむしむれてるきみをみてると、なんだか心がかきみだらされるのは、ぼくのきのせいばかりじゃないと思うんだ」
ってわからないへんなことばを、りょーこちゃんにしゃべりかけてたりしてました。そしてそんときのしゅうちゃんの目つきが、なんたがぞわぞわしてきもちわるかったです。
それからしゅうちゃんは、りょーこちゃんのかたに手を回してぴったりくっつくと、かわいいビキニのおっぱいのとこをさわりながら、りょーこちゃんのほっぺたにチューをしました。私はなにしてるのっておこったんだけど、パパはけっていてきしゅんかんだ! とか言って、カメラでしゃしんをとったりしていました。ママはあらあらとか言って、りょーこちゃんのママとわらっていました。
わたしはなんだかとってもあたまにきて、しゅうちゃんとりょーこちゃんをひきはがして、しゅうちゃんをぎゅってし
声に出して読んでいたら、もの凄い勢いで姉貴がわら半紙を俺から引ったくった。
「読めと勧めたのは姉貴だろう、まだ途中なんだが?」
こと読み物に関しては、姉貴よりも俺の方が思い入れが強い。せっかく葛藤を乗り越えて読み始め、なにやら面白くなってきたというのに。これでは蛇の生殺し状態だ。
「だ、だめえっ! これ以上はダメだかんね? はいもう終わり終わり、こんなのもういらないし古いから捨てないと!」
あたふたしている姉貴を見ていると、こないだ演劇部に顔を出した時に見た、後輩達の寸劇を思い出した。あれは確か、シチュエーションをピュアな恋心として、恋人未満の男女のやりとりを演じさせる物だったな。
「姉貴、もしかしたらなんだが、その、俺が可愛くて好きでたまらなかったんでは……」
言い終わるよりも前に、頬をぶたれました。往復びんたでした。
「ば、ばかなこと言うんじゃないわよ、あ、あんたなんか好きなんじゃないんだからねっ! 勘違いしないでよ、勝手に」
とかなんとか言いながら、顔が真っ赤っかになっているぞ、姉貴。
「はい、失礼しました。姉貴の仰る通り。んで、その後そのりょーこちゃんはどうしたんだ?」
せっかく話を切り替えてやったのに、姉貴はなぜだか憮然とした表情をしている。なんなんだ、もっと構ってほしいのか?
それから姉貴は、深く息を吐いた。
「修ちゃん、あんたそれも覚えてないんだね……あんなに仲良かったのに」
ん? 今度は俺を憐れむような、いたたまれない様子に表情が変わる。どういうことだろうか、楽しい小さい頃のたわいもない思い出。では終わらないみたいだ。
「涼子ちゃん、あんたが事故に遭う少し前に、風邪をこじらせて治らなくて……」
風邪というものを馬鹿にしてはいけない。大概は市販薬を飲んだり、熱冷ましに氷枕をあてて安静にしていれば回復に向かうものだが、重症化する場合もそんなに少なくない割合であるのだ。
涼子ちゃんの場合は、風邪のせいで体力が落ちている時に別の病原菌が侵入し、脊髄を侵してしまったらしい。結果、入院二週間であっけなく亡くなったそうだ。
「仕方ないんだけど修ちゃん、本当に可哀想だね……涼子ちゃんの病室で、涼子ちゃんと最後に話したのは修ちゃんなんだよ?」
みんなが見守る中、俺だけが涼子ちゃんに近づき、小さく言葉を交わしたらしい。その内容を俺は、頑として誰にも言わなかったんだそうだ。涼子ちゃんのご両親にも。
「ごめんね、修ちゃん。私がこんなものを見つけちゃったせいで。これは私が処分しとくから」
そう言う姉貴に俺は、
「いや、捨てないで取っといてくれないか? ありがとう、姉貴。やっぱり思い出しはしないが、聞けて良かったよ」
と声をかけた。
またひとつ、俺の知らない俺が増えた。しかも今度は俺自身だけではない、今はもう確認しようのない女の子との思い出、存在も併せて。
お読みいただき、ありがとうございます。
後半、重くなっちゃいましたね。反省。
名前は違いますが、仲の良かった女の子が亡くなったのは本当です。療養を終えて学校に行けるようになった時に、周囲から気持ち悪がられていたのを庇ってくれました。
以前のぼくが、好きでよくちょっかいを出してたそうで、そんな話を思い出させようとしてくれたのを覚えています。