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姉貴はパフォーマー。

「珍しいわね、あんたが家にいるなんて」


 失礼だな、俺だって家にいることはある。たまにだけどな。


「そう言う姉貴こそ久しぶりじゃないのか、この時間に家にいるのなんて」


「っさいわねえ。仕方ないでしょ、仕事キャンセルになったんだから」


 そうか、今日は野外でのイベントだったはす。そりゃ確かに仕方ない。外は久しぶりに、本格的に雨が降っているし。


「俺もだ。試合は中止だからな」


「ふうーん。あんたなら試合なくても、仕事に呼ばれそうだけどね」


「まあな。でもそういうわけにもいかないんだ」


「どういうわけよ?」


 わざわざ説明するのも面倒だが、まあしょうがない。


「あまりにも突出して売り上げを上げすぎて、やっかみや不満の声が出ているそうだ。だから調整して休めとのお達しでこうなった」


 残念だが本当のことだ。確かに俺はやり過ぎているのかもしれない。誰でも思うだろうが、たかだか高校三年生に売り上げ記録を更新され続けてみろ、そりゃ面白くもないだろう。今や俺の時給は、軽く大学生や成人のそれを超えてしまっているからな。


「あんたらしいっちゃ、らしいわね。でも、いつからあんたそんなになったんだっけ? 赤ちゃんの頃はそんなんじゃなかった……でもないか」


 どっちなんだ。っていうか姉貴よ、赤ん坊の時に今とおんなじはないだろう。


「どのみち覚えちゃいないが、赤ん坊の頃の俺も変わっていたのか?」


「あら、あんた自分が変だって自覚あるんだ、一応」


 度々失礼だな、変なんじゃない。普通より変わっている、優れているって意味だ。


「そうねえ、あんたが生まれた時私は六歳で、小学校に入ってたわね。確か……」




 わたしに、おとうとっていうのができたんだってママがおしえてくれたんだけど、さいしょはなんのことかわかんなかったんだ。


 ママがおなかをなでてたの、おぼえてる。やさしくやさしくね。



 わたしがしょうがっこうのいちねんせいのときに、パパとママがよくけんかしてた。


「しゅうちゃん、しゃべらないのがおかしい」って。


 そういえば、しゅうちゃんあんまりなかないし、ぐずることもそんなにない。よくひとりでじーっとテレビをみてたり、ママがよんでたほんとかパラパラしてる。でも、みんなのみてないときにはぶつぶつなんかしゃべってる。


 けんかするのをやめてほしいから、わたしはそういったんだけどしんじてもらえなかった。



 私が小学校の二年生のおわりごろ、いよいよママがおこりだした。


「しゅうちゃん、しゅうちゃん、どうしてしゃべってくれないの? お話してくれないの? ママやパパのこときらいなの? どうしてどうして」って。


 しゅうちゃんのことブンブンするから、パパとわたしでとめた。そうしたらしゅうちゃんが、


「ごめんなさい、ママ。今までしゃべらなかったの、そんなにつらかったんだね。ぼくはもっといっぱい言葉をおぼえてから、たくさんお話ができるようになってからの方がいいのかなって思ってたんだ。でもそうじゃなかったんだね。だからごめんなさい。これからはきちんとおしゃべりするから、ゆるしてくれる?」


 つっかからないで、きちんとみんなにわかりやすくそう言った。二さいになったしゅうちゃんが、八さいの小学二年生の私なんかより、もっとしっかりうまくしゃべったの。


 それからはしゅうちゃん、しゃべるのがとまらなくなった。だれにでもあいさつするし、おさんぽしているおじいさんやおばあさんともお話ふつうにしてる。うたうのも大好きで、ようちえんに入ったあとは、先生やみんなをあつめてたいいくかんでリサイタルショーをひらいてた。みんなのパパママや、ごきんじょの人もいっぱいあつめて。よくお話しするおじいさんやおばあさんも、たのしみだって言っていつも見にきてくれてた。


 十才のお姉さんの私は、そんなしゅうちゃんがとってもほこらしくって、でも少しこわかった。


 だってほかのお友だちの弟、妹ってこんなかんじじゃないんだもん。うちのしゅうちゃん、すこしへんだ。ううん、かなりへんだ。でもわたしの弟だもん、へんだっていい。いじめられないよう、私がかばってあげるんだ。そう思った。




 おいおい、大丈夫か俺?


 今の姉貴の回想からするとガキの頃の俺、相当おかしいぞ?


 いや、言葉を発するようになるまで個人差があるから、二歳で初めてしゃべるなんてのは別に問題ではない。そこじゃなくて問題なのは、生まれて間もなく、おそらく首が座るようになってからじーっとテレビを見ているだとか、母親の本(うちはかなりの蔵書があり、俺はその本でもう一度勉強し直した過去があるんだが、それは今は良い)をパラパラめくってぶつぶつしゃべっていたんだと。


 首が座るようになって、二歳になるまでの間の子供がすることじゃないくらい、俺にだって分かる。どう考えても変だ、姉貴の言う通り。


 もしかしたら姉貴の記憶が正しくないのかもしれないし、弟可愛さ補正が入ってるのかも……いや、それはないだろう、この姉貴には。そんなことに労力を働かすのなら、もっと外でお客さんにアピールするとか、自分補正にお金を湯水のように使っているはずだ。たぶん。


「まああの頃の変さと、今のあんたの変さは少し違うかもね。昔のあんたは、あんた自身が変だったけど今は……」


「いや、もういい。もうそれ以上変だ変だと言われると、俺のグラスハートが粉々に砕け散りそうだ」


「だあれがグラスハートだって? え?」


 すいませんごめんなさい、俺はこの姉貴が苦手なんだった。ついうっかり忘れていたが、どうにもやりにくい。なんだか俺の知らない俺をよく知ってるっていうか、俺の本質を見抜いてるっていうか。とにかくこのままではよろしくないのは事実だ。なにか話を変えねば。


「そう言えば、姉貴はいつから俺のことをあんたっって言うようになったんだっけか? さっきの話っぷりじゃあ、しゅうちゃんと呼んでいたようだが?」


「っ! それを今ここで聞くかなあ。あんたね……ううん、修ちゃんね、修ちゃんが目を覚ましてなんにも覚えてなくって。それで私が修ちゃん修ちゃんって言ったら嫌がったんだよ?」


「そ、それは……悪いことをした。謝るよ」


 俺は素直に頭を下げた。確かにあれ以来、俺は自分のことばかり気にしすぎていて、周りに目がいってなかった。最近でこそ、いろいろ折り合いもつけられるようになってきたが。


「良いってことよ、えへへー♪ しゅうちゃん、修ちゃん。なんかちっちゃい頃のこと思い出したわ、いろんな遊びしたよね-、あんなことやこんなことや」


 まったく思い出さないが気になる。


「具体的にはどんな?」


「ん-、おままごとや着せ替え、ゴム弾にお医者さんごっことか」


 んおっ!? お医者さんごっこですと?


「あ、姉貴とお医者さんごっこ……」


「ちょっと、なに想像してんのよ! うわーきもーへんたいー」


 いかん。年相応の反応をしてしまった。迂闊。


「やっぱ、あんたでいいや。なんかイヤらしいし今さらだし」


 パンッと俺の頭をハタキながら、居間のソファーから立ち上がる。二階に上がる後ろ姿がなんとはなしに、弾んで見えるのは俺の見間違いだろうか。



 外の雨はまだ止む気配がない。


 それにしてもだ。お医者さんごっこでなにをしてたのか、思い出せないのが残念だ。いや変な意味ではなくてだ、もちろん。

 今はもういない姉貴へ捧げる。


 こんなん捧げられたら怒るべか? すまん、姉貴。

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