8話「断章1・甘い赤~アルス視点~」
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
投稿の間隔があいてしまい、
大変申し訳ありません。
少し進みます。
ぼんやりと覚えている最初の記憶は、自身が光から解放されて踏みしめた地面の草の感触と純白の主の姿だった。
その時俺はまだしっかりとした自我を持っていた訳でもなく、本当にほとんどの感覚がないままでただマスターの言葉に従っていた。
しかし、それを俺は嫌だとは思ってはおらず、むしろその心地よい声をもっと聴いていたいと思っていたので特に何の不満もなかった。
始めて俺が口にしたのは赤い液体。
マスターの指から滴った血だった。
俺以外にも俺と同じ立場の者はおり、彼らとともに口にしたのを覚えている。
何故マスターの血に群がっていってしまったのだろうかと言われれば、何だか甘い香りがした気がしたのだった。
実際、血が甘いという事はなくむしろ鉛の味がするのはその後に自身の身を持って体験するのだが、その時口にしたマスターの血はとても甘いと思った。
同時にした先が触れて味がしたかと思った瞬間に体に力があふれ出してきたのも覚えてる。
そうして理解できない感動を味わった後はマスターにじゃれ付いたりしていた。
そうしてマスターに触れていると、とても暖かくてやはり気持ちが良かったのだ。
最初に口にしたのはマスターの血で、それ以降は他の物を口にした。
どれもそれなりにおいしいとは思ったが、あの甘さにはどれも叶わなかった。
それでもマスターの声やぬくもりに触れて過ごす時間は至高のものと感じられた。
その後、俺達はマスターの仕事を手伝うべく自身の力を駆使していった。
仕事を手伝いマスターに褒められるたびに満たされて行き、このままずっとこうしていられないだろうかと思った。
マスターはそのうち別の仕事を始めたようで、俺達も後をついて回った。
途中で綺麗な花を見つけて渡した。
他の者と探したそれを渡した時のマスターの顔に胸が満たされたのは言うまでもない。
そして、今日も何か新しいことが始まると胸が高鳴った。
珍妙な姿の―――『破意』と呼ばれる敵を何体も倒して、俺達は森に足を踏み入れた。
そして、俺は赤と鉛の味に沈むこととなる。
衝撃が起き転がった際に口の中にそれが広がったのだ。
何事かと手を口に入れてみると、マスターの指から流れたそれと同じような。
しかし、まったく甘くないものが手にこびりついた。
俺の血は何でこんなにまずいのだろう?
そんな事を考えながらもマスターの前にいる相手をにらみつける。
俺達のマスターに触れるな!
そう思いながら毛を逆立てたが、マスターは俺達に下がるよう言う。
どうして?俺達じゃ役に立たないの?俺、頑張るから!
そんな思いを抱きつつも後ろに下がった俺達。
しかし、マスターの前の大きな破意がこちらに突進してきて慌てて間に入るように飛び出す俺達。
そして気が付くとマスターの背中が視界を覆い、弾き飛ばされた俺達は地面で鉛の味を感じていた。
破意が前から刺した武器か何かがマスターの背中から飛び出し血が滴り落ちている。
これはいけない!
そう思ってよろよろと立ち上がるとマスターが少し振り向いたので、走り寄ろうと足に力を入れる。
でも、聞こえてきたのは違う言葉だった。
「アルス・・・スヴァット、セフィド・・・。森を出て拠点に戻って、祈りの間で”あの人”に指示を仰げ・・・!」
こんな風に声を荒げるマスターは初めて見たが、それよりもマスターは何を言っているのだろうか?
ここを離れろという意味の言葉だとは分かる。
でも・・・。
どうしてマスターを置いていくの?
意味が分からない。
俺達はマスターのモノで、血肉の一片、一滴。
全てマスターのモノなのに。
しかし、なおマスターの強い声が響く。
「・・・お前達!祈りの間へ走れ!この事を”あの人”に報告しろ!こいつは私が何とかする!」
誰だろうか?”あの人”とは?
でも祈りの間は分かる。
そこで”あの人”に言えばマスターとまた一緒にいられるのだろうか?
そんな事を考えながらその光景を見ていた。
そうして光に包まれ、刹那。
”俺は俺”になった。
気付いたらマスターは倒れていた。
大量の出血があり地面が真っ赤になっていた。
慌てて駆け寄る。
その間、俺達の体は最初に意識が目覚めた時と似ていた。
光から解放された感覚。
「マスター!」
俺も他の2人も慌ててその人の名を呼び抱き起す。
暖かい。
まだ、暖かい。
生きている。
そう思い、破意に貫かれた部分を調べる。
「・・・?」
傷はある。
しかし、それが目の前で瞬く間に塞がっていき最後には消えてしまったのだ。
何がどうなった?
「一体・・・これは?・・・?」
同時に別の違和感を感じた。
今、俺は何か喋ってる。
マスターと同じような言葉を?
俺は、こんな風にしゃべることが出来ただろうか?
それ以前に・・・。
「・・・これは、俺?」
小さな俺達では今の様にマスターを抱き起せるはずはない。
しかし、今俺の腕はマスターを抱き起し、半ば膝に乗せたような形を取っている。
大きくなった?
そうだろう。
他の2人にも目を向けると同じような反応をしている。
耳もしっぽもなく、思考ははっきりしており、体は力がみなぎっている。
成長したのだ。
どうしてだ?
「・・・う、ん。」
「・・・マスター!」
腕の中で声がしたので、俺達は慌ててのぞき込む。
ああ、大丈夫だ。
少し体制を変えれば楽になる。
マスターをとりあえず寝かせて両手を見る。
間違いなく成長しており、目の前のマスターにも今までにない力を感じる。
「・・・俺達は成長したんだな。」
呟いてみる。
低めの声。
獣の言葉しかしゃべれず、意思の疎通のできなかったマスターとこれでしゃべることが出来る。
そう思うとうれしくなって口の端が持ち上がる。
しかし、そんな俺達の耳にあの嫌な咆哮が響く。
「・・・あいつ、まだいたのか?」
セフィドが立ち上がり大きな穴を見つめる。
マスターの力で明いた大穴の中から狂ったような叫び声がする。
あいつがマスターに傷をつけた・・・。
腹から熱く淀んだ魔力がわいてくる感じがして俺も立ち上がる。
「マスターが目を覚ます前に、あれを倒してしまいましょう。」
反対側に立ったスヴァットが涼やか、いや冷ややかな視線を向けたまま口を開く。
そうだな。
俺達のマスターに傷をつけたあいつを倒し、マスターの憂いを払っておく事にしよう。
俺もうなずき立ち上がり、そちらの方に歩き出した。
大穴に一気に飛び降りた俺達は、マスターに傷をつけた破意を視界にとらえた。
その後は3人で破意のせん滅を開始した。
途中で目覚めたマスターがクレーターの端に顔を出した際、セフィドの放った衝撃波がかすめて行ったり、連携が取れなかったり。
拠点に戻って大きくはなったが再び縮める事についてや、その場合についてと言った話をして、食事に祈りとマスターに付き添い、夜遅くに眠りにつくことになった。
小さくなるととくに獣の本能などが向上するからかマスターの臭いが濃くて心地いい。
流石に以前の様にマスターにくっついて眠る事は出来ないが、近くに別の掛布を用意してもらい眠りにつく。
本当は以前の様に・・・、いや、もっとくっついていたかったし、もっと耳やしっぽにも触れてもらいたいとも思ったが、せっかく成長したと喜んでくれたのだ。
これからは、マスターに頼られる存在となりたい。
そうしたら・・・。
そうしたら、マスターは俺を見てくれるだろうか?
そんな事を考えながら、俺は瞼を閉じる。
そして、朝目を覚ますと、大きくなったセフィドが。
セフィドが、セフィドが!
まったくもってマスターを独り占めしていて腹が立ったが、俺はそんな無礼は働かない。
無礼は働かないが、いつかは・・・。
何話ごとかにこんな感じで、
さらに病んでいくような・・・。
いや、まあ、暖かい目でよろしくお願いいたします。