6話「混乱と混乱」
続きます。
戦闘が行われているのは、ヴィーセの術式で出現したクレータの中央付近だったが、ふらついたとしても腐ってもウィンクルム。
ものすごいスピードであっという間にすぐ近くまで駆けつけるヴィーセ。
だが、この事実に彼女は戸惑っていた。
『私の機動力は、こんなになかったはず・・・。』
あからさまに意識を取り戻してからのフィジカルが向上している気がするのだ。
一体どうして?
考えるもよくわからず、とにかく今は事態の打破を最優先とするべく戦闘に加わろうと構えたのだが、その一連の動きは先ほどとは違う声に止められてしまう。
「動いても大丈夫なのですか?マスター?」
・・・うん?スヴァット、か?多分。
黒い髪の細身の涼やかで上品そうな青年が気づいて振り返る。
「・・・いや、戦闘に集中してくれ。参加するから。」
思わず突っ込みを入れるが、破意を横から蹴っ飛ばしてこちらを向いた、白くて長い髪に3人で1番長身の大人びた青年が続けて振り向く。
多分、セフィド。
「マスター、先程はすまない。」
恐らく先ほどの衝撃波の刃のことだろうが、あそこまで鋭い刃を構成するとはと内心感心していたヴィーセにしてみれば「戦闘に集中してくれ」と言うのが最もなのだが・・・。
「お前が何も考えずに術を使うからだろうが!」
破意に氷の剣を叩きつけながらセフィド(?)の髪をグイっと引っ張る青い髪の真面目そうな青年。
ああ、たぶんコイツはアルスだな。
「あと、マスター。とどめをお願いします。」
律儀にお辞儀をするアルス。
本当に、今は戦闘中なんだが・・・。
考えながらもあの破意だと思われる相手に目をやる。
ああ、結構ボロボロだな。
これ、私がとどめ刺さなくてもいいんじゃないだろうか?と思いつつ、武器を出すとなぜか今は勝てる気がしていることに気付く。
先程とは違い、眷属が大きくなったからかと思ったが、フィジカルの変化以外の何かが体を駆け巡っているのだ。
同時にブラックボックスから言葉がいくつも飛び出してくる。
―――破意への耐性。武装への無条件の耐性能力付与。解析内容。―――
「・・・。」
”あの人”が自分に与えた新たな力。
そんな言葉が胸に沸き起こってきた。
それが、おそらくあの術式を発動したタイミングで目覚めたのだ。
まさに”敵”を倒す為の力であり、これから研究する力だ。
ならばその第1回目の実験を始めようか?
実験タイトルは、破意への耐性効果実験と言ったところ?
考えながら無意識に力が流れ込む剣を構える。
破意も自分を害する相手に気付いたのか「バッ」と向き直る。
ああ、見事にボロボロ。
ヴィーセが意識を取り戻すまでにどのくらいの時間がかかったかは不明だが、3匹に相当痛めつけられたのだろうと、若干微妙な気分になりつつも同時に術式を武器に流し込む。
弱った破意は最後の咆哮とばかりに1度吠え突進してくる。
今までの視力よりもよくなった為か、よく見える事。
そのままゆっくり流れるかぎ爪を頭上にかわし、破意のどてっぱらに剣を叩きこんだのであった。
「ああ、耳としっぽはなくなるのか。」
倒れて消えた破意を見届けて振り向くと、立っている3匹にどう声を掛けたらいいのか分からずに口から出たのがこのセリフだった。
何を言っているのかと言われそうだったが、彼らの対応は全く別のものだった。
「マスター、大丈夫か!?」
アルスが慌てて駆け寄り寸前で止まって頭の先からつま先まで視線を巡らせてくる。
小さい時のままならしがみついてくるかとも思っていた分、大きくなったのだとなぜか母親の心境になってしまった。
「すぐさま拠点に戻りお休みになった方がいいでしょう。」
歩み寄ってきたスヴァットも心配そうにそのきれいな眉を寄せて傍らには立つが、以前の様にしがみついてはこない。
ああ、本当に大人になったようだ。
何故か父親のような気分で思わずうなずこうとしていたヴィーセだったが、次の瞬間地面から体が浮いた。
驚いて少し上を見るとセフィドの顔がある。
・・・おそらく、俗にいうお姫様抱っこ。
ブラックボックスから意味の分からない文書が飛び出してきたので首をかしげていたが、「彼はどうやら身体機能に重大な疲労が加わったヴィーセを搬送する気なのだな」と妙に冷静に考え大きくなったなとまたもや親の心境で内心頷いていたら、横から他の2人が声を上げた。
「セフィド、貴様先程マスターに傷をつけたな!だと言うのに堂々と何をしている!」
いや、あれは私がうっかり顔を出したタイミングと重なっただけなのだけど・・・。
内心「落ち着け」と思っていたらさらに横からスヴァットの非難じみた声がする。
「そうですよ。あなたのパワーは認めますが、先程の戦闘は何ですか?連携も何もないではないですか?」
連携・・・そういえばアルスとスヴァットはいい感じに交互に弱点を突いていたかもしれない、と思い返す。
だが、セフィドはセフィドで他の眷属が術式を展開するまでの時間稼ぎになるように暴れていたのだし、悪くはない気がする。
要するに、意図した連携と、無意識の連携だろうと考えていたが3匹の声が頭の上でワンワン(にゃんにゃん?)しているので口を開く。
「あれはもういい。3人とも無事でよかった。立派に成長してくれてうれしいよ。」
まさに親の心境で感無量だ。
その言葉を聞くと、ヴィーセを抱き上げていたセフィドと目が合った。
そして次の瞬間思いっきり、それこそ骨がきしむほどに抱きしめられて息が詰まり、他の2匹が止める為にどつくのであった。
「へー、縮めるのか・・・。」
城壁都市へと戻り、夕食の支度を始めたのだが出がけまではヴィーセと”小さな”眷属3匹だった場所にいきなり4人である。
それはもう狭い。
正確には台所スペースに4人は狭いのだが。
そうすると、調理をするのを手伝っていたアルスがいきなり光だし、「ポンッ」と小さくなってしまったのだ。
猫耳しっぽ復活だ。
内心「おお!」とか思いながらも顔の前まで持ち上げて目線を合わせる。
「はい、ここだと寝る時は縮まなければ困るので。」
そうかそうかと考えながらも今までの癖で耳を指で撫でていると、くすぐったそうにアルスが「ニャッ」とか言っているので手を止める。
「悪いな、もう大きいのに。」
戻っていいぞと手を放そうとするが、今度はアルスが指をつかんでもじもじしている。
どうしたのだろうと首をかしげていると上目遣いの視線と目が合った。
「あ、あの、縮んでいるときは今まで通りで、お願いします。」
「あ、ああ。」
どうやら、縮むと猫のような本能のようなものがのぞくらしいとその後の夕食の時にスヴァットに説明された。
何より彼らは一気に契約者であるヴィーセの能力覚醒に伴い大きくなっただけで、実際の年齢はまだ子猫なのだ。
言われてみればそうだと持ったが、それでも今までとは違い縮んでも自我もあり言葉もしゃべれるということを指摘すると、縮むと実際の年齢と獣のような本能に引きずられるため、完全に大きくなっているときとは違うのだという。
つまり、縮むと子供になるらしい。
そこまで聞くと、食べ終わったセフィドが「ポンッ」と縮んでヴィーセの前に走ってきて見上げてきた。
「どうしたんだ?」
「アルスは耳を撫ぜられた。」
「・・・。」
あ、と言う感じにアルスが固まってしまう。
同時にスヴァットも縮んでセフィドの横に、彼の場合は「ご機嫌伺」の様におずおずと歩み出てきて上目遣い。
「・・・。」
ああ、大きくなったと感慨深く感じていたが、まだまだ子供なんだな。
思いながらも、目の前の2匹の耳を撫でるのであった。
食事が終わり就寝前。
3匹はまだ眠らないのか居間にいた。
その間に祈りの間で”あの人”へ祈りを捧げるヴィーセ。
今日は色々な事があった。
3匹の自我の覚醒と成長。
ヴィーセの能力覚醒。
そして、今まで閉じていたブラックボックスの閲覧が可能になったこと。
あの場で3匹を逃がして”あの人”に後続を送ってもらおうと考えた事への自身の甘さ。
ヴィーセが託された力は、ヴィーセにしか適性がなかった。
他のウィンクルムではダメで、後続などいなかったのだ。
あの場で覚醒したことに意味があった。
後は、同じ特性を持つものを集めて、その覚醒のきっかけを『通常の生命』で可能にする研究が必要になる。
同時に自信が得たもう1つの事についても考える。
「・・・これが、感情。」
今までの濁って映った世界が鮮やかになって目の前にある。
あの目覚めた時に見た空はまさにそれだった。
今まで管理システムの一部として扱われて殻に覆われてしまっていた感情。
それが解放されたことにより、目覚めたのだった。
「まさか破意に対抗するための力の条件が”特性と感情”だったなんて・・・。」
1度祈りと思案を止めて、祈る為に組まれた手を見つめる。
―――この能力は”感情で使う”もの―――
ブラックボックスから飛び出してきた文章に驚いたのは言うまでもない。
力を使うのに感情任せなんてというウィンクルムの考えの真逆なのであった。
眠る3匹は再び小さくなって、しかし、以前の様に布団の中に潜り込んだりはしてこず別の掛布を用意して寝台の上でもヴィーセの隣のスペースに固まって眠っている。
その様子を見つめながら天井を見つめる。
本当に今日はあれこれ混乱していた気がする。
破意と対峙して、生きていた事に。
目覚めた鮮やかな世界に。
大きくなった3匹に。
感情で使う力に。
そして、自身の感情に。
「私は、人になれているのだろうか?」
響く声に気付いた様に「ニャ・・・」と声を出す3匹に「あら?」と思いながらも、次には微笑んで耳を撫でてやると、ヴィーセも眠りにつくのであった。
大きな3人。
でも、微妙に子供のままでした。
ちなみに、3人は仲は悪くはないのです。
ただその時だけ「フーッ」っていう感じの猫の喧嘩です。
そしてまた一緒に走り回ってじゃれているみたいな・・・。
要するにまだ子供です。
そういう描写が今後も出ます。