プロローグ1-8 開戦
苦しみのたうちまわっていた哀歌が回復している。実に喜ばしいことなのだが深夜は素直に喜ぶことができない。なぜならば余りにもそれが不自然だったからだ。
「もー心配しなくても大丈夫よぉ?」
そういう哀歌に、深夜は目の前のすべてに疑問を感じずにはいられない。
「哀歌…なのか?」
多分違うと深夜は感じた。いや、確かに見た目は哀歌そのものなのだが、何かがおかしい。そんな深夜の内心を知らず哀歌がさも当然かのように返す。
「もちろん。深夜君の大好きな哀歌ちゃんですよ―」
直感的に、深夜はそれを嘘だと感じた。
そしてその瞬間、深夜は刀を抜きはらった。
直感的に目の前の少女を切らなければならないと感じたのだ。
『次私がおかしくなったら』
『これで私を斬ってちょうだい』
それが今だ。少年はその決断を生涯後悔し続けることになるのだが、しかし深夜はそんなことはつゆ知らず酷薄に微笑む少女に向かって猛進した。
「嘘をつくなぁぁぁぁ!!」
しかし、哀歌はその火が付いたかのような突進に構えるどころか、ひるむ様子すらみせない。
「うぉぉぉぉぉ!」
深夜はその全身全霊で刃を哀歌にたたきつける。あたりに血が飛び散り、一瞬静寂があたりを満たす。切り伏せられた少女の亡骸が地に倒れ伏す―
「はずだったのにねぇ、ざぁんねん。」
「な…ん!?」
目の前の光景が与える未知の恐怖に深夜は凍り付いた。哀歌はその刀を造作もなく、素手で受け止めていた。刃に触れた肉をいとも簡単に切り裂き、骨まで断ち切るはずだった深夜の刀は哀歌の掌の薄皮を裂いた程度のところでいとも簡単にとどめられてしまっていた。なんとかその先まで切り進もうと深夜は腕に力を籠めるが切り進むどころか刀がびくともしない。
「刀で直接切りかかるなんて、異能者の戦いぶりとしては最低最悪ねぇ…」
哀歌がため息交じりにそう呟く。
「剣呪を使わない剣呪使いなんて期待外れもいいところよ。こっちだって地球よりも重い命を刈り取ろうっていうんだから、せめて楽しませて頂戴」
言葉のわりに人の命などどうでもよいと思ってそうな言いっぷりの哀歌に深夜は何も返すことができない。異能者と言えども常軌を逸した事態に深夜の頭が真っ白になる。それは一瞬だったが、哀歌にとっては十分すぎる隙だった。
刃を受け止める哀歌の手にのみ視線を集中させていた深夜の視界の端で何かが動いている。それに気づいた瞬間、深夜は哀歌かから飛びのこうとした。が、すべては手遅れだった。それを逃がさんとばかりに哀歌の掌から生み出された超高温の爆風が深夜を襲った。