第三章-27 それは力の差にあらず
「ぐ……これしきのことでやられるとは……」
老魔術師は苦悶の表情でそうつぶやくと、ドウっとその場に倒れ伏した。
「簡単には死んでくれるなよ」
「ふん、これでも化生の端くれ。なめてもらっちゃぁこまるね」
倒れ伏す老魔術師が顔だけで見上げるとそこには深夜が立ち見下ろしていた。
「伝説の呪術兵器も随分、ちんけな使い方をするものだな?おかげで不意を突かれたぞ。」
悔し紛れにそういう老魔術師に深夜はばつが悪そうに笑う。
「ちんけ?まあ確かに。だけど……今のお前は異能者じゃなくても倒せたろうさ」
苦笑交じりにそういう深夜に老魔術師は顔を歪めた。
「なんだと……?」
深夜は宙に向けた。
「言葉通りの意味さ。」
深夜の視線の先……いまのいまままで老魔術師が立っていたところにはまだ巨大な斧が空中にとどまっていた。
「『ものを空中に固定する』なんて超初歩的な念力でもできることだ。」
そういって深夜は空中にとどまっていた斧を手に取るとそのまま手元に引き寄せる。
「おまえの『本物だったら』こうはいかない。」
そういいながら深夜が手に取った斧は老魔術師が使っていた先ほどのように固定されてはいなかった。
「いわせておけばいい気になり追って……」
本物、という言葉にプライド傷ついたのだろうか。
ドッペルゲンガーである老魔術師は激し怒りをあらわにした。
「黙れ!私はこの体を完璧に複製している!貴様のような青二才が到底たどり着けないような境地をこの能力でっ!手に入れたのだ!」
瀕死の体に鞭打ってそう捲し立てる老魔術師。
だが深夜はそんな老魔術師の首元に無慈悲に斧を振り下ろした。
「ひっ!?」
その斧は老魔術師の首と胴を完全に分かつと思われたが実際にはあと数センチというところをかすめるように振り下ろしていた。
「きっとこんな斧はさっさと捨てて、次の武器なり魔術なりを生み出すはずだ。」
そういうと深夜は持っていた斧を遠くのほうへ放り投げた。
「想定外のことが常に起こり続ける。それが魔術師の戦いだからさ。」
手の届かないところに転がったことを見届けると深夜は話をつづけた。
「なぜそうしなかったか。それは経験不足としか言いようがない」
「経験……不足だと……?」
これまで力を奪うだけだったドッペルゲンガーには理解できないのか老魔術師はあっけにとられる。
「経験、結局それこそが戦いに勝つための本質。姿も、力も奪っても、骨身にしみた戦い方だけは奪うことはできない。」
老魔術師は悔し気に地面をたたいた。それはドッペルゲンガーとしての強さの否定であるからだろうか。
だが敗北という事実は冷酷なまでに変わらないらしい。老魔術師の体は限界を迎えたのか足のほうから徐々に溶け出し醜い肉の塊と化していた。
「……負けは受け入れるしかないようだ」
人間としての形を徐々に失う己の体をみながら悟るようにそういう老魔術師はそれでも最後に「認めたくないな」といい残すとそのまま物言わぬ肉会になり果てたのだった。
しばらく放置してすみませんでした。
あと一話で完結させようと思います。




