第三章-26 停止の呪剣
死を悟ったピラニアは声にならない呻きを上げた。
ピラニアの首に向かって1cm、また1cmと落ちていく斧。
それは誰の目にもそのままピラニアの首を断ち切ってしまうように見えた。
だが、そのとき暗闇から一筋の刃が飛び出した。
「仲間割れはよくないぞ」
その声と共に斧が刀によってガキンと食い止められる。
「何者だ」
邪魔者の正体を確かめた老魔術師は驚きの声を上げた。
そこにいたのはピラニアのだまし討ちによって致命傷を与えられた深夜だったのだ。
深夜は無事だ。すくなくとも生きている。それをしったアイシャがうれしさに悲鳴を上げた。
「深夜……あんた大丈夫なの!?」
「そう簡単に死んだことにしないでくれ」
折れた呪剣百禍日で食い止める深夜はそんなアイシャにため息交じりに突っ込みを入れると力づくで斧を押しのける。そして間髪入れずに横一閃に薙ぎ払う。老魔術師のドッペルゲンガーは見た目に合わない軽さでそれを飛んでかわした。
地面に降り立つ老魔術師は斧を構えた。
「敵だろう?おとなしく見殺しにしておけばよいものを」
「こいつにはまだ用があるからな。死なれては困るのさ」
そう言いながら深夜も呪剣を八相に構える。その刀身には深夜の妖力が流れ込み火の力を宿している。
その姿をみた老魔術師は一つ目の前の敵について重要なことを思い出していた。
深夜が持っている呪剣百禍日は元々故郷で剣呪の姫君の武器だ。いまあるのはそれを奪ったもので本来は別の武器が獲物だったはず。その顛末は老魔術師にとっては関係のないことだ。だが一度でも敵を斬れば確実の殺すことができる必殺の呪剣の名前は聞いたことがあった。
見た限り構えている呪剣以外に得物があるようには見えない。だが老魔術師は無性にそれが気になった。
「ときにお前は……傷つけるものすべてを停止させる呪剣の使い手だと聞いたが。」
「ああ、ウルティマのことか」
「そんな名前だったか」
「あれは……使う対価が大きいんだ。一度でもその力を発揮すれば例外なく使い手の命を奪う」
「なるほど。それでは中々、使う気にはなれんなぁ。」
老魔術師は少し安堵した。
「いや、今さっき使ったぞ?」
「な……に?」
なんでもないような深夜の発言に老魔術師は凍り付いた。
「ふ、ふざけるな。であればなぜおまえは生きているのだ」
「さあな。気になるならもう一回やってみるか?」
ハッタリだ。老魔術師の体はどこも切られていない。
「ただの時間稼ぎか……ならこちらから行かせてもらうぞ!!」
そういって斧で深夜に切りかかろうと踏み込む老魔術師。だが得物の斧から感じる違和感が老魔術師の足を止めた。まるで斧が見えない何かに押しとどめられているかのように前に進まない。
「なぜ……動かぬ……?」
それだけではなかった。何故か斧は前にも後ろにも右にも左にも動かない。試しに手を放してみると驚いたことに斧は空中に浮いたまま何かに縛り付けられたようにとどまっている。
「まさか……これは剣呪ウルティマの停止の力だというのか?」
そのまさかであった。そして老魔術師の意識が深夜から外れたその隙はすべての命取りとなった。
「次はお前の体で試してみるか?」
その声が耳に入ると同時に老魔術師の腹部に衝撃と激痛が走る。それが深夜の呪剣が己を貫いたのだと察するに時間はいらなかった。




