第三章-25 断罪の斧
一瞬で大吾との戦いを制し、少し得意げな表情をするアイシャ。そんな予想外のラフプレイを見た彩八はこめかみのところが痛くなるのを感じた。
「今しがた蹴り飛ばしたのも何かの妖術ですの?」
「これは陰陽師の聖なる奥義、退魔キックね。」
「そんな技、聞いたことありませんわ」
こんな不良のような蹴りに聖なるもクソもあってたまるか。彩八の頭痛がさらにひどくなるが取り合えず現実に注意を戻す。
「で、これからどうするんですの?」
「そうね……とりあえず、聞くこと聞いておかないとってとこかしら。」
そういうとアイシャは数メートル先に倒れる大吾の下へ歩み寄る。こんどは何をするのだろうと彩八がハラハラしながら見ていると、アイシャはおもむろに足先で大吾の顎を持ち上げて気道を確保してやった。
「ゲッ、ゲホッッッッ!?」
それまでピクリとも動かなかった大吾が勢いよく血を吐き出す。先ほどの爆発やアイシャに足蹴にされたせいで肺を負傷して空気の通り道に血が溜まっていたのだろうか。
「まだ息はあるようねぇ」
「温情のつもりか……」
大吾は徐々に意識が戻ってきたのか仰向けのまま己を見下ろすアイシャを睨みつけた。
「どうせ長くは持たないさ。敵を助けるとは随分と余裕だな……ぐっ!?」
憎まれ口をたたく大吾の息が再び止まる。アイシャが大吾ののど元を踏みつけたのだ。
「口の利き方には気を付けた方がいいわ。どうせ死ぬにしても苦しむのは嫌でしょう?」
「き、貴様……ただで済むとは思うなよ」
気道をこじ開けるように声を絞り出す大吾。アイシャは薄笑いを浮かべると大吾ののどを踏みつける足にさらに体重をかけた。そこから声にならない悲鳴が漏れる。
「聞きたいことは一つだけよ。どうして姿を偽ってまで私たちに近づいたのかしら?目的は?」
そういうとアイシャは大吾を踏みつける足を少し緩める。
「……命令された。それだけのことさ」
「命令?あなたが一番偉いのだと思っていたけれど」
大吾は、否、ドッペルゲンガーの長ピラニアは自嘲気味に笑った。
「それはこの界隈のドッペルゲンガーに限っての話……ですねぇ」
もはや隠す必要もないからか姿かたちは大吾のままだが口調だけはピラニアとして深夜たちと対峙していた時のそれに戻っている。
「我々は人の姿をした人ならざる者のひとつ。人間がクニを作るように我々もまたクニを作る。ドッペルゲンガーはそこにひしめく勢力の末端に過ぎない」
「人外風情がどうしようと興味ないわね。」
「少しは聞いてくれてもよいのでは?」
「ならば早く教えてちょうだい。いったい誰が、なんの目的で命令したのかしら」
アイシャが足に力を込めて『言わねば殺す』と暗に言わんばかりに態度を示す。そんな状況にピラニアは観念して口を割ろうとしたそのとき、
「!?」
アイシャと大吾のいるあたりが陰に覆われる。
何かが自分たちの上空を覆っている。そう感じて上を見たアイシャの目に入ったのは己を屠ろうと飛び掛かる死神装束のドッペルゲンガーたちだった。奇襲だ。
「くっ、卑怯じゃないかしら!?」
よく見てみればそれぞれが全く違う顔をしている。
恐らくそれぞれがこれまで『奪ってきた』異能者の能力で傍で見ている彩八にも気づかれないように迫っていたのだろう。まんまと時間稼ぎをさせてしまった。そんなことを考えながら飛びのく。幸い無傷だ。アイシャは式を取り出すといつでも放てるように呪力を込めて構えた。だがドッペルゲンガーたちはが見ているのはアイシャではなかった。ちょうどよい、すぐに仕掛けようとアイシャが動こうとしてその時だった。
「ぐぁぁぁああああああ!!!」
悲鳴が鳴り響く。それはピラニアの声だった。いったい何が起きているのか。
「貴方達……いったい何を……」
思わずそう漏らすアイシャの目の前では飛び掛かるドッペルゲンガーの得物の切っ先がピラニアの腹部に深々と突き立てられていたのだ。
そうしているうちにまた一人、また一人とピラニアに飛び掛かり、そして刃を突き立てていく。襲い来るドッペルゲンガーたちの標的はピラニアだったのだ。
「お前たち……裏切ったのかぁぁぁぁぁぁっ!」
痛みに顔を歪ませながらピラニアは絶叫した。
「君はもう終わりだ」
その声の方向をビクリと怯えるように向くピラニア。その声の主は最初にピラニアに剣を突き立てたドッペルゲンガーだった。今は遠い西洋の魔術師のものだろうか、骨ばった老人の姿をしている。
「な、なんだと……?」
「ピラニアよ、お前はもうじき死ぬ。だが死ぬ前に最後の務めを果たしてもらおう」
最後の務めという言葉を聞いたピラニアは俄かに慌てだす。
「ま、待ってくれ。僕は、まだやれる。ここまでお膳立てしてやったのだ他でもない、僕だぞ」
「ああ、ご苦労だったな」
老人のドッペルゲンガーはそれだけいうと魔術で虚空から巨大な斧を取り出し、そして大上段に構える。
「この斧がお前を重責から解放してくれよう。」
「ま、まて、殺す必要はないだろ……」
「いや、お前が手に入れた剣呪の力。これはまたとない珍しい力だ。お前の死で失うわけにはいかない。我々が『引き継ぐ』のだ。お前がこれまでそうしてきたようにな」
ピラニアはなんとか逃げようとするが深手を負っていて動くことができない。できることは、これまでピラニアが襲ってきた犠牲者がそうしてきたように
「やめてくれぇぇぇぇ!!!」
悲鳴を上げることだけだった。
「これからは我々の中で生きるがよい」
そういうと老人は無慈悲に斧を振り下ろした。