第三章-23 具現の幻術
『突然水の中に落ちた』アイシャがお漏れもがきながらつかんだのは幸運にも藁ではなく、白く細い女の腕だった。その女の手はアイシャの腕をとらえるとその見た目に似合わぬ力でグイっとアイシャを持ち上げた。
水中から急に身を起こすときの独特の感覚と共に新鮮な空気がアイシャの体にいきわたる。うずくまり、せき込みながらあたりを見回すとそこは先ほどと何も変わらない公園が広がっていた。おかしなことに水の中にいたはずが水滴一つ体についていない。これはどうしたことかと思ったところで救いの主が背後から声をかけた。
「とりあえず、半分減らしてあげましたわ」
思わずしりもちをつきながら振り向くとそこには珊瑚色の髪の美少女、彩八がしゃがみながらこちらの様子をにこにこと見ていた。半分減らしたという意味が理解できずに改めて周りを見てみると先ほどまで自分たちを取り囲んでいたドッペルゲンガーたちがアイシャと同じようにうずくまったり、あるいは状況を飲み込めずにあたりを見回していた。何よりも驚いたのがその数を大きく減らしていたことだ。半分などという次元ではない。アイシャの目測でしかないが、五分の一程度までは減っているようだ。
「ただの幻術です。驚きましたか?」
「……それなりに。」
などと強がっては見せたものの、アイシャは内心で舌を巻いていた。ただの幻術で地面を一時的に消して見せることは可能だろう。だが普通の幻術で人を消すことができない。これは幻術を具現化するより高次元の幻術か、それとも全く別の妖術かだろう。
「で、いなくなった残り半分はどうしたわけ?」
「くすくす……さぁ?」
わざわざ彩八がアイシャを土に戻る前の『水』から引っ張り上げたことを考えるとあのまま溺れ続けていたらどうなるかはわかっていたのだろう。正直アイシャも消えてしまったドッペルゲンガーたちがどうなってしまったかは余り想像したくない。アイシャは先ほどまで自分が『溺れていた』公園の地面ををじっと見ながらそう思った。と、そこでアイシャはどこにも深夜の姿が見当たらないことに気づいた。
「深夜は?無事なの!?」
「さあ……」
気のない返事に拍子抜けるアイシャ。まさか、消え失せたドッペルゲンガーたちを運命を共にさせたなどというはこの彩八がするようには思えないくらいには信用しているアイシャだったが重傷を負ったままではいずれ取り返しがつかなくなるのは時間の問題だろう。
「って、さっき抱き起そうとしてたの貴方じゃない!?」
「そういわれましても、幻術が終わったときには姿見当たりませんでしたの」
「あんたねぇ……」
呆れるアイシャ。だが彩八はクスリと笑った。
「あの方は、多分大丈夫ですわよ?」
「なんか根拠があるわけ?」
怪訝そうに問うアイシャに彩八はうっとりしながらこう言った。
「私たち、『愛』で繋がっておりますの。」
「へ、へぇ……」
頬を引きつらせるアイシャ。無数のナイフが襲い掛かった。だが、アイシャを取り囲むように現れた人型の式神が飛んでくるナイフをからめとるように纏わりつく。無数のナイフは標的をとらえらえないまま地面に転がった。
「へえ、てっきりあんたも消えたのかと思った」
そういってアイシャが振り向くとそこには憤怒の形相を浮かべるピラニアこと、深夜の旧友である風美土里大吾を姿をしたドッペルゲンガーが立っていた。
「ずいぶんと、面白い手品ですねぇ。お嬢さん、貴方たちもぜひ我々の『一部』となって頂けませんかねぇ?」




