第三章-22 水没
「親切心から申し上げますと……無駄な抵抗せずにここで殺されることをお勧めします。我が一族が50人は集めました。そしてその全員が名うての異能者たちを『引き継いだ』者たちです。寄ってたかって嬲り殺しにされるよりも、せめて苦しまずに死にたいとは思いませんか?」
そうピラニアが最後通牒を告げる合間も死神装束……否、ドッペルゲンガーたちの包囲網は徐々に狭まっていく。アイシャが改めてその装束に隠された顔を注意深く見てみると、確かに自分があったこともないような魔術の世界の悪い意味での有名人が勢ぞろいしている。恐らくドッペルゲンガーの力で殺し、そして奪ってきた顔なのだろう。アイシャはその面々を見るになんとなく違和感を感じた。だがすぐに違和感の正体に気づいた。不思議なことにその異能者たちは今となっては現役を退いた古い世代の異能者たちばかりなのだ。
「『飢砂のヌビア』に『魅毒のアレッシオ』……随分古臭い人選ね。ドッペルゲンガーも懐古趣味に走ったりするわけ?」
「わかりますか。まあ、実際のことろは襲われて死にかけになっているところとか、老いて寝たきりになっているところに忍び寄ってグサり、なーんてハイエナまがいの方法でやってきたというのが理由ですね。でも結構大変でしてねぇ、世界中駆けずり回って異能者殺して回るというのも。おかげで今を生きる我々からすれば一回りも二回りも世代の違う異能者ばかりになってしまいましたよ。」
「そうやって強くなっていくのが貴方達の流儀なのね」
「ええ、まあ。ですがこうやって長い間『力を集めて』いるとだんだんハズレを引いてしまうこともありましてねぇ。ときおり同族で戦いあって使い物になるものを選別するようにしているのですよ。そういえばあなたたちが最初に解決しようとしていたのは正体不明の異能者たちの戦闘行為でしたね……なんでも人間は我々の行為を『異能バトル』とか読んでいるらしいですが」
「なるほど、『異能バトル』もあながち出まかせではなかったわけね。……それにしてもむごいことをするのね」
そうアイシャが指摘するとピラニアはさも悲しそうなそぶりを見せる。
「ええ、せめて生き残った同胞たちには長生きしてほしいものです」
「そう思うなら、そこの深夜ともども返してくれるとお互い幸せになれるとおもわないかしら?」
かすかな平和的解決の選択肢であったがピラニアは一笑に付す。
「くくく、我々の正体、そして私たちが何をしてきたかも知ってしまったあなたたちを生かしておくわけにはいきませんねぇ?」
アイシャ達を取り巻くドッペルゲンガーたちがピラニアの言葉に呼応するかのようにザっと音を立ててて一歩踏み出す。
「ちょっと長く話過ぎましたかね……残念ですがここでお別れの時間です。」
そういってピラニアは右手には大吾に化けた時に持っていた日本刀、そして左手にはピラニア自身として戦っていた時の短剣を持つとそれを十字に構えた。
「ご安心を。あなたも、そしてここにいる深夜さんも、後ろにいるお嬢さんもすぐに我々の一部になる。」
「それ……全然うれしくないんだけど」
そういいながらアイシャは周囲をうかがう。できるだけ状況を変えるために時間を稼ごうとしたがほとんど状況は帰られていない。アイシャの頬に嫌な汗が流れ落ちる。だがピラニアはそんなことはお構いなしに配下の者たちに号令をかけようとする。それまで静観を決め込んでいた彩八が口を開いたのはその時だった。
「まったく、見てられませんわぁ……」
「「!?」」
アイシャもピラニアも思わず声がした方向をみるとそれまで彩八がいたはずの場所には誰にもいない。慌てて視線を動かすと彩八はピラニアの近く……つまり深夜のすぐそばにいた。
「敵も三流なら見方も三流……まあ見方であることに免じて二流としましょうか。これでは深夜様をお任せすることはできませんわね。」
あっけにとられるピラニアとアイシャの目の前で彩八は深夜を抱き起す。ピラニアは慌てて止めようするが声が出せないことに気づいた。それはアイシャとて同じだった。そしてその原因にもすぐに気づいた。それまで地上にいたはずのアイシャとピラニア、そしてドッペルゲンガーたちは水の中に沈んでいたのだ。