第三章-20 山下公園再び、そして裏切り
アイシャと彩八が再会したその晩、深夜たち三人は大吾たちから別途伝えられた情報をもとにピラニアとその取り巻きが出没するという場所を訪れていた。
「……というかまたここか」
その出没場所というのは人里離れた集落とかそんな怪しげなことはなく、以前深夜とピラニアが初めて遭遇した場所にして市民の憩いの場山下公園だった。どうやらこのまえ深夜とアイシャが遭遇したのがここだったのはただの偶然ということではないらしい。
「あんまりこういうところはガラじゃないんだけどなぁ」
そういって深夜はあたりの気配をうかがったがいまのところ何か超常の気配を感じることはなかった。念のためにいつもは服の中隠匿している呪剣百禍日も取り出していつでも戦える準備はしているが見渡す限り人の気配もない。有名なデートスポットなのだが平日だからだろうか……それとも……
「人払いの結界でも敷かれてるのでしょうか」
そういうとなぜか一緒についてきた彩八が深夜に腕を絡ませてきた。
「もしそうなら私たちが来るのもお見通しなのかもしれませんわね」
何か考えながらそういう彩八がそういう。確かに、と深夜も思った。もし、深夜たちが来ることが分かっていなければ公園に近づくことはできなかっただろう。ピラニアたちはあえて深夜たちだけは通れるような結界を敷いたのだろう。
「……てかあんたなんで付いてきてるわけ?」
そんな彩八に明らかな嫌悪感を示すのはアイシャだ。このふたりはほとほと相性が悪いらしい。
「あとあんまり深夜に近づかないでくれる?ここぞというときに動けなかったら困るじゃない」
「あら、そういえばおりましたのね」
さも今まで存在に気付かなかったかのような彩八のいいぶりだが、もはや慣れてしまってようでアイシャの方も負けてはいない。
「周囲の気配も読めないようならさっさと帰った方が良いんじゃないかしら?足手まといよ。」
今にも一戦かましそうな空気になるのをみた深夜が慌てて割っている。
「アイシャ、彩八とりあえずお互い矛を収めてくれ。」
「何よ、色気にほだされたってわけ?」
「色気って……違う違う。こいつの幻術はお前も見ただろ。いざというときの戦力になる」
「へえ、実戦でこの女のまやかしが通じるのかしら?」
納得できていないアイシャだが、自分自身そのまやかしに騙された記憶からそれ以上は追及してこなかった。そのときだった。
「誰だっ!?」
深夜の目の端の方で何者かの影が動く。ほかの二人も同時によからぬ気配を察したようで緊張が走った。だが影の正体は特に怪しげな動きをするまでもなく街灯の下に身を晒した。
「遅かったな」
現れたのは今回の依頼主にして深夜の同郷、大吾だった。
「……来てたのか。」
「これは僕の一族の問題だ。君にだけ任せるわけにはいかない」
「危うく斬るところだったぞ」
すまないと苦笑しながら近づいてくる大吾に深夜は緊張をほどいた。ピラニアの戦力はいまだ未知数だ。多少なりとも戦える異能者は何人いても困らないだろう。
「千尋は来てないのか。」
「ああ、別のところに潜ませている。あれで結構頼りになるやつさ。……まだやつらはいないのかい?」
「ああ、だが何かあれば戦う準備はできている」
「そうか……そういえば、君に教えなくてはならないことがあったんだ。」
そんな風に突然雑談を振る大吾に深夜が怪訝な顔をする。
「今話さないといけないことなのか」
「ああ、僕はこの件が片付いたらまた戻らなくてはならないからね。それにこれは……君の家族の話だ」
家族という言葉を聞いて深夜は体をこわばらせた。深夜は逃亡の身のうえ、旧八句から逃れた後は全く家族と連絡をとれていなかった。というより例の異能者の虐殺の一軒から生き延びたのかも定かではない。喉から手が出るほどほしい情報に思わず前のめりになる。
「内密の話なんだ、悪いけど深夜以外には話せない」
そういって大吾はアイシャと彩八に距離を置くように目くばせをし、そして深夜に身振りで耳を貸すように示す。しぶしぶそれに従う美少女二人。そして大吾のほうに顔を寄せる深夜。大吾はその耳元に口を寄せて小声でこういったのだった。
「死んでもらえませんかねぇ」
はた、と深夜が顔を向けたその瞬間だった。
「大吾、お前なにを……うぐっ!?」
深夜が言葉を言い切らないうちに腹部にドスリと衝撃が走った。おそるおそる目を向けるとそこにはナイフが一本、垂直に突き立っていた。そしてそこから夜闇のようにどす黒い血の色がじわじわと広がっていき、そして力が抜けていく。
「無防備がすぎますねぇ」
理解できないという顔で見つめてくる深夜に、大吾はにんまりと笑みを浮かべてそういった。
「お前……なん、で」
足元から崩れ落ちる深夜。視覚、聴覚、すべてがスローモーションで流れる中で意識が薄れていく直前の深夜の目に映ったのは裏切りに気づき駆け寄ってくるアイシャの顔だった




