第三章-19 痴話喧嘩
「へえ、私と同じ深夜のオーナーなのね……。『昔の』」
「ええ、色々悩み事を解決してもらってましたの……。『恋人として』」
「あはは」
「うふふ」
色々あったが来歴をあらわにした彩八とアイシャは直前の流血沙汰がまるで嘘かのように腹を割って語り合っていた……多分。これからどうしようかと頭を抱える深夜をよそに二人の会話は朗らかに進んでいく。
「……それではアイシャさんは血縁を偽って深夜さんを匿っておられるのですね?」
「そういうことになるかしら。両親とか近所の人達を胡麻化すのはなかなか骨が折れたものよ?まあその分色々無茶はしてもらってるんだけどね」
案外こういうのは男が間にはいらずに女だけで話しているほうが良いのかもしれない。
「まあ!では私のことは気軽に『お義理姉様』と呼んでくださいね?」
「そうねぇ……親愛の念をこめて『桃色発情女』と呼ばせてもらうわ」
「あらあらまあまあ……深夜さんには阿婆擦れな口調の女は似あいませんわ」
「あんたにはそれぐらいがちょうどいいんじゃないかしらぁ?」
……少なくとも、表面上はにこやかに話している。気が付くと二人は額を突き合わせてじりじりと睨みあい、そして……
「お邪魔虫」
「ストーカー女」
その言葉の応酬を合図とするかのように二人はすっと間合いを取った。先に動いたのはアイシャだった。先ほど彩八を切り刻んだ日本刀を正中に構えた。
「斬られてもすぐに治るらしいけど、何度も痛い目にはあいたくないでしょう?」
だが必中の間合いにいるにも拘わらず彩八は眉一つ動かさない。
「いったいその『ものさし』で何をしようというんですの?」
口元を歪める彩八に言われるがままに己の手元を見たアイシャは目を見開いた。先ほどまで握っていたはずの日本刀が気が付くと三十センチ物差しに代わっていたのだ。
「隙あり、ですわ」
注意がそれた瞬間、己の髪を深夜に絡みついた時と同じようにぬるりと動かした彩八はそのまま動揺するアイシャの腕に巻き付ける。そして柔術の要領で『ものさし』を奪い取ってしまった。そして驚くことに彩八の手に収まることには『ものさし』は日本刀に戻っていた。
「こんな物騒なものを振り回す女、深夜さんにはふさわしくありませんわね」
そういって彩八が奪った日本刀を構えようとした瞬間だった、
「手癖が悪い女も考え物よ?」
そういうとアイシャは右手で指を鳴らす。その瞬間、彩八が奪った日本刀から白い煙があがり、バシュっとはじけ飛んだ。
「ぐっ!?」
爆発は小さかったものの至近距離でまともに爆風を受けた彩八は無傷とはいかない。煙が晴れると彩八は握っていた両腕から血を流しながら憎々し気にアイシャを睨みつけていた。
「あらぁ、片腕くらいは吹き飛ばすはずだったんだけれど、『人間ごとき』じゃ実力不足ねぇ」
にたぁっと嗤うアイシャはそういうと予備の呪符を胸元から取り出す。
「さっきは『あたしの』深夜に随分卑猥なちょっかい出してくれたじゃない……二度と手出しできないようにしてやるわ」
そういって迫るアイシャを前に彩八はすっとうつむいた。なにか新手の攻撃を仕掛けてくると踏んだアイシャだったが彩八の行動はその予想と全く違うものだった。
「ぐすっ……ぐすっ……」
彩八は突然泣き始めたのだ。そして驚き固まるアイシャから逃げるように蚊帳の外にいた深夜に向かって抱き着いた。
「深夜ざぁぁぁぁぁぁん!!!!」
「ちょっと淫乱!なにしてんのよ!」
硬直が解けたアイシャが彩八を深夜から引きはがそうとしたがどんなに踏ん張っても離れようとしない。
「この女いじめてきますわ゛ぁぁぁぁぁぁぁ」
「お、おう……」
「何受け止めてんのよ!あんた今の今まで見てたでしょ!?」
状況が呑み込めず、とりあえず彩八を抱き留めた深夜。そして抱き留めるのを見てさらに激昂するアイシャ。そして泣きわめく彩八と言えば深夜に抱き着きながら、アイシャの方を向くと
「(ぺろり)」
まるでそんな音が聞こえるように、深夜には見えない角度で舌を出した。ウソ泣きである。
「こいつ殺すぅ!」
この戦いの負けを悟った(と思った)アイシャはとりあえずそう叫ぶと彩八は一瞬だけにんまりと笑うとすぐさま怯えた表情で深夜の陰に隠れる。
「あぁっ深夜さん!こんな暴力女は捨てて彩八と逃げてくださいまし!熱く淫らな逃避行に堕ちましょう!」
怒り猛るアイシャ、怯える(嘘だが)彩八。二人の美少女をを前にした深夜と言えば……
「……とりあえず、二人とも落ち着いてくれ」
そういって事態の収拾を図るしかないのだった。




