プロローグ1-5 告白された乙女
それから幾ばくかたったろうか。ひとしきり哀歌も恥ずかしがりきった。少しばかり落ち着きを取り戻している。深夜もそれに気づいたようだが、少女はの方はと言えばツンとそっぽを向く。
「…で、好きってのはほんとなの」
随分疑われたもんだ。
「あ、うん…本当。好き。」
深夜がうつむく。唐突に哀歌が少年に体を押し付けた。後ずさるが、木によって追いつめられる。
「え、哀歌!?」
少年は戸惑いを隠せない。顔をそむける。哀歌の吐息が頬にかかる。
「いいから教えなさいよ。」
「な、なにを?」
問い詰め始める。
「どこが好きなの」
「う、うーん。なんとなく」
「なにそれ。なんとなくで告っちゃうわけ?」
「じゃあ顔とか」
哀歌は深夜の顎をつかむ。ぐいと、その顔を自分へ向ける。目と鼻の先にある顔は困惑と羞恥だった。少女は尋問を続ける。
「へー、でも体は貧相よ」
「それは…あんまり気にしてないっていうか…」
「そうなの。いっつも姉さまの達の胸見てたくせに」
「そ、それはーなんというか」
不可抗力だ。なのだが、それが通用するほど甘くはない。
「えっち」
その言葉は世界の男子の殺し文句だ。あまつさえ好きな女の子に言われた深夜に取っては必殺である。まあ、実際はただの焼きもちなのだが。
「そ、そこまで言うことないって…」
「じゃあほかに私の好きなところは?」
「えーっと…性格?」
「わたし、暴力的だけど」
「あー。それはやだな…」
「じゃあやっぱり信じられないわ」
「あいちゃん…」
えー、と深夜が困り果てる。極度に追い詰められたせいか、呼び方が幼いころのそれになっている。一方、中学生頃の少年の特権ともいうべきあまりにも素直で直線的な感情に、哀歌は喜びを隠しえない。人のことをこんなにもドキドキさせて。少女は少年よりも少し成長が早い。早熟な少女にはその無邪気がひどく刺激的だ。
「まあいいわ、信じてあげる。」
「ほんとに!?」
「お姉さまたちの胸見てたのは許さないけど」
「ぐ…」
哀歌が押し込むように深夜へ体重をかける。
「わかってると思うけど、私を裏切ったら承知しないわよ」
「は…はい。」
「一日に3回は褒め称えること」
「わかった」
「ほかの人の胸見たら許さないから」
「もちろんです」
「というか、ほかの女を5秒以上見たら殺す」
「それは難しいんじゃないかな『何か問題?』いえ、ナンデモゴザイマセン」
哀歌が次々に誓いを立てさせていく。なんとも随分重い女であるが、惚れてしまった手前誓わないわけにはいかないのであった。とはいえ、深夜にも聞くべきことがあった。もはや確信はあるが、それでも聞きたかった。己を追い詰める少女の手首を握ると問うた。
「哀歌は僕のこと好きなの?」
「へっ!?」
哀歌は完全にカウンターを取られた。哀歌は再び顔を赤く染め、深夜から離れようとするが手首を握られているせいで離れることができない。
「ちょっと…何が聞きたいの」
少女の頭が混乱する。混然雑多とした物事が頭を駆け巡る。ただ、深夜が意外と力強いんだなということはよくわかった。
「ま、まああれね。私が好きなのは認めてあげる。許してあげるわ」
「そうじゃなくて」
「じゃ、じゃあ毎日どこかに行くくらいなら付き合ってあげてもいいわ」
「哀歌」
深夜はその腕で哀歌を引き寄せた。なんとか話をそらそうとしていた哀歌の顔が近くなる。心臓が抑えられないほど高鳴る。
「!?」
「そうじゃなくて、哀歌は僕のこと好きなの?」
「それは…大事なのことなのかしら」
「うん」
「ぬう…」
「ほ、保留ってことで…」
「毎日褒めるし、姉さんたちのことは二度とえっちな目で見ないから教えて」
哀歌の目のすぐ先に、深夜の目がある。不安げで、緊張した頼りない目だ。しかし、その目には告白してしまったからには絶対に返事を聞きたいという覚悟があった。哀歌はその目を見つめたまま小さく息を吸って、吐いた。そして口を開いた。
「深夜、わ…わたしは、深夜のことが」
少女は羞恥で震える声を絞り出す。
「あなたのことが!」
しかし、その返答を深夜が得ることはできなかった。