第三章-17 絡みつく悪女
それまで傍にいたはかなげな少女は気が付くと全く別人になっていた。あっけにとられていた深夜だが、これまで培ってきた経験だろうか、頭は動かなくとも目が情報を把握しようと深夜をじっと見つめる少女をつぶさに観察する。
まず顔。目に付くのは前述のサンゴ色の鮮やかで長い、後ろは腰まで届かんというばかりのウェービーヘアーだ。前髪はポンパドウル、つまりまとめて後ろに束ねられている。顔の造形は尖鋭的なアイシャと比較するとかなり柔らかい。おっとりとした顔立ちは多くの男を魅了するだろう。つまりは美少女だ。が、それをぶち壊す不協和音が色は自身の表情だ。いったい内面にはどれほどの毒が潜んでいるのかと言わんばかりの悪い笑みを浮かべる口元目元はその美貌と相まって狂気を仄めかしている。
そこまで観察したところで深夜は突然の再会で記憶が追い付かなかったものの彩八という少女のことを思い出した。そしてその女の危険極まりない本性も思い出した。そんな深夜の心中を察したのだろうか、
「お会いしとうございましたぁ~!」
突然姿を変えた幽霊少女、否、彩八はそう言うと我慢の限界とばかりに深夜にむかってガバッと抱き着いてきた。
「お、お久しぶり」
そう言いながら体で受け止める形になった深夜は後ろに逃れようとするが、いつのまにか背中に回された彩八の腕がそれを阻む。
「うふふっ、本当の姿をお見せできるのを待ち望んでおりましたのよ~?」
彩八と名乗った少女はそう言うと腕を深夜の背に回したままぬるりと密着させるようにすり寄ってくる。
ところで、この彩八という女、体のパーツにもう一つ大きな特徴がある。端的にいえば胸が、とても大きい。アイシャもあるにはあるが、それはあくまで日本人の女子高校生としてはというレベルである。が、この彩八に至っては顔は(髪の色は除いては)純和風のくせに肢体は世界レベルの凶暴さを有している。そんな彩八がすり寄れば必然的に胸が押し付けられ、一方の深夜が体をこわばらせる以上に体の一部が固くなってしまうわけで、
「あらぁ、深夜さん?」
彩八は微笑みを浮かべると深夜の「それ」をツッと指先でなでた。そして、その感触を察するや否やその表情は歓喜と感激に染まった。
「彩八とまた会えて、嬉しいのですねぇ!?『こちら』はとても喜んでらっしゃいますもの」
そういう彩八から深夜は逃れるように目を反らす。というかそっちの「深夜」は彩八には「会った」ことすらないので再会もない。一方でそんな光景をまるで盛った飼い犬の痴態を冷え冷えと見つめるかのような視線が深夜を貫いた。絡みつく彩八の肩越しに感じるその視線に恐る恐る視線を動かした深夜はその視線の主の怒りの形相にヒッと男らしからぬ悲鳴を上げた。何を隠そう、深夜の妹君、木瀬アイシャ様である。
「誰この女」
極冷気で発せられるその言葉を聞くや否や深夜は本能的に彩八を押しやって距離を置いた。その際彩八が「あんっ」と妙に色っぽい声を上げて名残惜しそうな表情をしたがそれは忘れることにした。というかこの女とはそんなやましいことは一度もした覚えはない。
「誰、その、女」
突然現れた彩八になぜか激しい敵愾心を抱いているように見えるアイシャは再びそのセリフを繰り返した。その手に陰陽道の呪符を握りながら。