第三章-16 白き少女の偽り
「異能バトル」について一通りの事情を聴き終えた深夜とアイシャは問題の解決に取り掛かることを約束し大吾と千尋を解放した。教室に残っているのは深夜とアイシャ、それに異能バトルからの生還者の少女の3人だけだ。
最初に口を開いたのはアイシャだった。
「なるほど……大体全容が見えてきたようねぇ」
アイシャは満足げに頷く。が、反対に深夜は大きくため息を付いた。
「確かに奴らが何者なのかは分かったが……結局あいつらは何をしたいんだ?いつ、何をしようとしているんだ?大体どうやってあんなに人を集めた?」
アイシャは待ってましたとばかりに答えた。
「そんなの、あんたが拾ってきたこの女に聞けばいいんじゃないかしら」
そういってアイシャはしばらく一言も発しない「異能バトル」の生き残りの少女を指さす。
「おいおい、まさか記憶喪失の人間から情報を聞き出そうってのか?」
確かにこの少女はこの中では一番問題に深くかかわっている。しかし、記憶がないのでは聞きようがない。半ば呆れるような反応を示す深夜にアイシャは不敵な笑みを浮かべて見せた。
「記憶がない、ねぇ……」
そういうとアイシャは無造作にミニスカートの裾をまくり上げ(そしてとっさに深夜は目を反らした)、そして一枚の札を取り出すとそれを一振りのレイピアに変え……
切っ先を、少女の方に向けた。
「おいっお前何をするつもりだ!?」
目を反らしていたせいで一瞬気づくのが遅れたものの、突然敵でもない人間に刃を向けるアイシャに深夜は殺気立つ。だが、アイシャはそんなことは構わず少女を舐めるように睨め付ける。
「あなた……いつまでそうやってるつもりかしら?」
だが深夜と初めて会った時から感情が希薄だった少女の方は驚くように目を見開くものの特に慌てふためく様子はない。静かに口を開いてこういった。
「何を言ってるのか全く分からない」
「そう……あくまでしらばっくれるわけね。早く正体を明かした方が身のためよ?私は深夜と違って敵じゃ無い人間に対して遠慮はしないわよ?」
そういうや否や、アイシャが突き出しているレイピアに不吉な金属音を発し始めた。アイシャは武器を使って戦う異能者ではなく陰陽師だ。つまりこのレイピアもアイシャによって使役される式神なのだろう。アイシャが少女を殺すと念じた瞬間、レイピアはアイシャが振るわなくとも独りでに飛び出し少女を貫くくらいのことはするだろう。
「いいことを教えてあげる。みんなイサークも深夜も非日常を生きすぎて忘れてるみたいだけどね、基本的に死んだ人間は生き返らないのよ?だから山下公園であった死霊の女の子は二度と生き返ることはない。あなたがあの時あったあの子なわけはないのよ?」
そういうアイシャに少女は首をふって否定の意を示した。
「違う、私は山下公園で死んだ。そしてあなたたちが成仏した……」
お互いに平行線の状況に深夜は割って入ることができない。だが続くアイシャの言葉が決着をつけた。
「じゃあこうしましょ?ここで剣呪の力を使ってちょうだい?」
「……」
「『異能バトル』の参加者がさっき風美土里大吾がいったことによれば全員剣呪使い。つまりあなたもその元参加者であるのならば剣呪をつかえるはずよね?」
「それは……」
ついに少女が言いよどむ。アイシャはそれを逃さんとばかりに畳みかける。
「ほら、早く見せて頂戴?別に大技を出せなんて言ってないじゃない?」
そう圧するアイシャ。言いよどむ少女暫く何も発さなかったが観念したように俯き……
「ふ、フフフフっ……」
とまるでこれまでの無感情な振る舞いが嘘であるかのように嗤い始めたのだ。
突然の変貌に深夜とアイシャは身構えた。そんな二人を前に少女は顔を上げる。そこにあったのは先ほどまでの能面のような表情とは打って変わって不敵に微笑む少女だった。顔のパーツは同じなのにまるで別人のようだ。
「もしバレるとしたら女の方ではなく……深夜さんのほうだと思ってたんですけどねぇ……」
「なぜだ?」
「あら……私のこと忘れてしまうなんて酷いお方。何度も肌を重ねたというのに……」
その言葉を聞くや否やアイシャが深夜をまるでゴミを見るように睨みつける。だが深夜にもそんな覚えはない。哀しいかな、女性経験など皆無だ。
と、その瞬間少女の顔のパーツがぐにゃりと揺らいだ。まるでホログラムをが崩れるように顔の輪郭の中の目、鼻、口ありとあらゆる要素がが変化していき……そして徐々に一つの形にまとまっていく。そこに現れたのは長く美しいサンゴ色の髪をした陰鬱な笑みを浮かべる少女だった。
「お久しぶりです深夜さん。彩八のこと、忘れたりしてないですよねぇ」