第三章-13 拘束と交渉
中に入るとすかさずアイシャも中に入って戸をぴしゃりと閉めてしまう。そしてガチャリと鍵を閉めてしまった。空き教室の机や椅子やらが端っこに寄せられてできた中央のスペースに相変わらず大吾と千尋は縛られたままで……やはり記憶喪失の少女もそこに所在なさげに立っていた。
「えーっと……怪我はないか?」
「特に」
「そうか」
話が終わってしまった。そういえばこいつの名前まだ聞いてなかったな、と思いながら深夜は縛り付けられている大吾たちに意識を移した。大吾は憔悴しきった様子でこちらを見向きもしない。千尋の方にいたっては俯いてしまっていて髪で顔が隠れて表情が見て取れない。
「気分はどうだ」
「……」
とりあえず適当に声をかけてみたものの何も反応がない。まるでこっちが悪役みたいな気分になりながら深夜は二人を刺激しないように徐々に近づいていく。ここでパニックなど起こされたシャレにならない。深夜は二人から3メートルくらいのところまで歩み寄ると適当に椅子を引っ張ってきて座る。
「よ、よう」
そう深夜が切り出すと、大吾はこちらにちらりと視線を動かし、そして口を動かした。
「答えられることなら答えよう」
別にそこまで追い詰める気はないのだが。だがまあ聞きたいことはたくさんある。
「言っておくが変な気は起こすなよ」
試しにそういうと大吾は力なく笑った。
「安心してくれたまえ。何もしない。それが君の女との約束だ」
アイシャが何か言い含めたのだろうか。
「なんだ俺の女って」
「ちがうのか。あの悪魔のような女を手籠めにするとは仇ながらあっぱれと思っていたのだが」
「別にそういうのじゃない。あいつは雇い主で、そして妹だ。そういうことにしてここではやってる」
悪魔のようなって……。自分がいない間にアイシャになにかされたのだろうか。余り想像はしたくないがきっとあの手この手で脅し続けられたのだろう。憔悴しているのも納得だ。
と、ここまでで深夜は考えをめぐらせた。すでにいくつか分かったことがある。一つは大吾が深夜に対して明確に敵のスタンスをとっていることだ。「仇」という言葉が明確にそれを表している。一方で大吾はここまで深夜との意思疎通を拒んではいない。「あっぱれ」という言葉まで飛び出す。つい数時間前に交戦したのにも関わらずだ。
深夜は考えた。経験上、人の敵愾心は二種類ある。一つは個人的な因縁。これは強く根深く長く続く。そしてもう一つは組織間の因縁によるものだ。これは個人の恨みと比べれば軽く、時間が解決する場合もある。どっちの恨みがつよいか、それによってこの後の何を話すべきかが大きく変わる。脅すか、協力を申し出るかのどちらを選ぶかだ。
「協力してくれ。鋸刺鮭を倒すぞ」
大吾は深夜の方を見てぎょっと目を見開いた。深夜は賭けに出たのだ。深夜は大吾の心中で自分に対する恨みがどれだけのものなのか結局判断がつかなかった。深夜が背負う旧八句の異能者虐殺の濡れ衣はそれだけに大きなものだ。だがしかし、大吾と……そしてそのバックに控える旧八句の剣呪使いは鋸刺鮭と現在進行形で敵対している。目先の問題の解決だけを考えればいったんは協力してくれるかもしれない。
だが大吾はすぐにふいっと目をそらしてしまい、気まずそうに眼を泳がせる。気まずい沈黙が部屋中に流れる。拒まれれば口を封じなければならない。鋸刺鮭との戦いよりも深夜との敵対のほうが程度の差はあれ重要だということ。それは大吾たちを生かせば深夜の居場所がほかの剣呪使い達に露見するということなのだ。
「こんどは僕にも協力させて……殺すつもりなのか。」
「そ、それは……」
まずい。思ったよりも気色の悪い返答だ。これは外れをひいたか。そう深夜が焦った瞬間、思いもよらぬところから助っ人は現れた。
「大吾、あたしたちだけじゃ無理だよ」
「千尋!?」
突然口を開き、そして深夜の協力の申し出を受け入れるようにいう千尋に大吾が悲鳴を上げる。
「こいつと協力?里にバレたら何を言われるか分かったものじゃないぞ!?」
「じゃあどうやって鋸刺鮭を追い詰めるの?」
「それは……僕が……」
「絶対無理!だって2回も戦ったけどボコボコにされたじゃん。今回なんか深夜たちがいなかったら助からなかったかもしれないんだよ!?もう何人もさらわれてるんだよ!?」
そういわれて大吾が黙りこくる。なるほど今回が初めてではなかったわけか。それに……今の話を聞くにこれはただの異能者の火遊びじゃない。千尋が言う通りなら異能者たちが何人もさらわれている。一度挑み、彼我の戦力差が分かったうえでそれでもやらなければいけない理由があるというわけだ。
「大吾、一つだけ言わせてくれ。あいつらは決して強くはない。でもお前らが突っ込んでいっても嬲り殺しにされるだけだぞ」
鋸刺鮭たちの強みはその頭数だ。このまま行けばさながら、川に落ちた牛をピラニアの大群が食い尽くすように、完膚なきまでに叩きのめされるだろう。双方からその事実を突きつけられる大吾がうなだれる。深夜は「だが、」といって話をつづけた。
「それは、お前らに実戦経験がないからだ。それはあいつらも同じだ。」
「それは……どうしようもないだろう。異能者同士が戦っていたのなんてもう数十年前、第二次世界大戦までの話じゃないか」
そう主張する大吾に深夜はニヤリと笑って見せた。
「それはどうかな。この国に、この国の異能者たちに安寧が訪れたことなんてない。それはお前たちや……昔の俺が旧八句という異能の里に引きこもっていたかだ。だが、一歩外にでればいまだに俺たち異能者は血で血を洗う戦いを繰り広げているんだ。」
「なんだって!?」
地方に点在する異能者のコミュニティから零れ落ちた異能者たちはその日の糧を求め、そして追手をくらますために都会へと歩みを進める。そこであるものは反社会勢力の一員となり悪事に身を染め、あるものは公権力の駒となり同じ異能者を狩るものとなり、死ぬまで闘いを強いられるのだ。もちろんそこにはフリーランスで動く深夜やアイシャも含まれる。
「もう一度言うぞ、俺たちと組め。それが嫌なら依頼を……そこのアイシャに出してくれ。お前が金と情報を出せば、俺の実戦経験がお前の問題を片付けてやる」
「そ、それは……」
大吾は一瞬躊躇するような表情を浮かべる。するとそこにアイシャも加勢に加わる。
「今だったらお金のほうは情報量ってことで只にしてもいいわ。」
「な、何が狙いだ」
「べつにぃ?こっちの本命はあくまで『異能バトル』を止めること。そのための情報源が『たまたま』目の前に現れたってだけよ?」
「あれを止められるというのか……」
「そうよ?」
自分を叩きのめした鋸刺鮭たちを平然と止めるというアイシャに大吾は愕然とする。大吾はしばらく煩悶としていたが、ふとため息をついた。それと同時に深夜たちに対する拒絶するようなとげとげしい雰囲気が霧散する。
「なるほど……あいつらを止めるのか。」
それを事実上の肯定と受け取った深夜は近づくと大吾を拘束していた縄をほどいた。続いて千尋を縛っている縄もほどく。
「交渉は成立だな。」
戒めを解かれた大吾はそのまま立ち上がり、そして深夜と向き合った。
「ああ、成立だ。少なくとも今は……君の過去には目をつむろう」
「それじゃとりあえず知ってることは全部教えてくれ。まず、『異能バトル』ってのは……鋸刺鮭たちがやろうとしていることは一体何なんだ」
『異能バトル』その言葉を聞いた瞬間、大吾は眉をしかめた。
「『異能バトル』?そんな生易しい子供の遊びだったらどんなに良かったことか……」
そして大吾が憎々し気にこう吐き出したのだった。
「奴らがやろうとしていることは異能者の生産。いや、繫殖活動だ」