第三章-12 尋問部屋の向こうで
ちょうど鋸刺鮭たちが退散したころ……
鋸刺鮭の目をまんまと目くらましさせた四人はとりあえずの応急処置を大吾に施すといったん藤山記念高校にもどった。無関係の学生がいるここであればそうそう手出しはされないだろうという判断だ。
放課後の藤山記念高校職員室。残務をこなす教師陣、質問を請う勉強熱心な生徒たち。そして……
「はあ。長かった……」
一握りの教師から折檻を受けた生徒。憔悴しきった顔で職員室から解放された深夜はそんな駄目生徒の一人と相成っていた。なんとか逃げ延び、大吾を問い詰めようとした矢先、担任の林崎に捕まったのだった。原因は当然、課業中に学校を抜け出した咎である。いくら異能者とはいえ学校を抜け出したことは教師陣にバレないわけもなく、教科担当の教師から担任の林崎に伝わり、そして小1時間程度事情徴収という名のもとに拘束されていたわけである。もっとも正直に事情を話せばよかったのかもしれないが、「異能者の軍団に襲われていました」などということができるはずもなく、嘘でごまかそうにもすぐにばれ不信感だけがつのりだらだらと時間が過ぎてしまったという面もあるのだが。
「遅かったじゃない」
精神疲労をほぐすように伸びをしていた深夜が慌てて声の方を見ると扉のすぐそばの壁にアイシャがよりかかるように立っていた。
「待っててくれたのか」
そう深夜がいうやいなや、アイシャは無表情で詰め寄ってきた。いつもだったら「は?随分調子にのってるのねぇ」とかいって過剰にスキンシップしてくるアイシャが無言で、である。これはアイシャが本気で怒っているときのしぐさだ。
「なんで何も言わずに抜け出したの」
「す……すまん。あそこで助けてくれたのは本当に助かった」
「謝ってなんていってないでしょ?あなたは、理由を話してくれればいいの。」
「……話さないとダメか」
「ええそうねぇ、まさか学校抜け出した理由が記憶喪失の美少女をナンパしにいってました、ってことでもないんでしょう?」
イサークのところからついてきてしまった少女のことを言っているのか。
「落ち着け、あの子はああ見えて大きな成果だ。」
「そうね。あの子、なーんでもいうこと聞いてくれそうよね。」
「何の話だ……」
ちがう、そうじゃないといいたいところだがどうにも取り付く島がない。因みに本音でいえばもっと強気な女の方が好きなのだが。
「その……歩きながら話さないか?」
気づくと周囲の視線を一手に引き受けてしまってる。まあ当然だ。はたから見ると「兄妹」が痴話げんかしているというあまりにも倒錯的な風景にしか見えない。アイシャもそれについては納得してくれたらしい。こっちよ、と先に歩き出す。
「で、どこにいっていたの」
「イサーク先生のところに」
そういうとアイシャは明らかに顔をしかめた。
「いくべきじゃなかったわ。危険人物よ」
「ま、あまり頼りにはしたくはないんだけどな」
というか元敵で宿敵だ。だが一方で頼もしい味方になったのも事実だ。そうやって暫く校舎を歩いていくと一つの空き教室のところでアイシャは歩みを止めた。
「さ、ここよ」
誘われるままに深夜がガラリと戸をあけ教室に入る。そこには椅子に縛り付けられた大吾と千尋がいた。近くにはイサークのところからついてきた少女もいる……
「おいぃぃぃ!?」
慌てて再び教室の外に舞い戻りアイシャの肩をつかんで問い詰める。壁際に追い詰めるとアイシャはなぜか頬を染めて横を向いた。
「な……なによ、何もこんなところでシなくたって。」
「うるせぇ!何かシてるのはおまえだろ!」
「シたいんじゃなくて、シてほしいってことかしら……」
アイシャの顔をよく見てみると口角が微妙に持ち上がっている。どうもからかっているように見える。こいつ覚えてろよ……いつかのようにヒイヒイ泣かせてやるぞ。と思いつつも話は元に戻さなければ。
「で、どうして奴らはしばられてるんだ?」
まさか自分で縛られたなどということはあるまい。
「だって危険じゃない。」
「何が!」
むしろ襲われていたのはこいつらだ。
「それは彼らの話でしょう。私たちにとっては敵よ、再開するやいなやあなたを襲ってきた。どれだけ仲が良かったかは知らないけど……今のあなたにとっては厄介な追手なんじゃないかしら?」
そういわれて深夜は黙りこくる。確かにアイシャの言うとおりだ。
「……俺に話させてくれないか」
そういうとアイシャは苦笑しながら快諾した。
「仕方がないわねぇ……」
深夜は安どして教室に戻る……だがその瞬間。アイシャは深夜の肩を後ろからそっと抱き、そして耳元でささやいた。
「人の友情も、憎しみもすべて移ろうものよ。あの人たちが貴方のしっているままだと思わないことね」
「……わかってる。容赦する気はない。」
必要ならば、自分たちが生き残るためならば、最悪あの鋸刺鮭にこいつらを引き渡した方が得かもしれない。だがそれは……
「今は敵だからな。でもこれから話せば仲間になるかもしれない。少なくとも一時的に利害の一致はあるかも、だろ?」
そういうと深夜は耳元でささやくアイシャににやりと笑って見せて教室の中に入っていった。




