第三章-9 亜音速の投擲剣
剣呪とは剣を持つことによって異能を行使する術である。せめて刃物がないことには何もできない。つまり、剣を持たない剣呪使いは普通の人間と大差ないわけで
「(まずいまずいまずい!)」
無防備な体を鋸刺鮭の攻撃の前にさらすことになった深夜はいきなり窮地に陥っていたように見えた。控えていた46番と呼ばれた少女がこの世の終わりのような顔をしている。深夜は一応「こんなのどうってことない」とでもいうようににやりと笑って見せた。
「(つってもどうするかねこれ)」
迫りくる無数のナイフ。このまま何もできなければコンマ数秒後には深夜は体中からナイフをはやす羽目になるだろう。
前からは鋸刺鮭が波状にナイフを投擲してきている。鋸刺鮭は何度でも狙いを変えてナイフを出してくるだろうし、配下の死神装束たちは徐々にこちらを追い詰めてくるだろう。一先ずは当面の問題であるナイフに対応しよう。これは直線的な動きだから避けることが可能だろう。
戦闘に慣れた深夜の思考が刹那に状況を判断する。
弾道を見切った深夜はナイフから逃げ……るのではなくその中の一つに右腕を伸ばした。同時に無数のナイフが通り過ぎ、腕を切り裂いていくが深夜は気にも留めない。そしてナイフの一本がちょうど深夜の手元を通り過ぎようとした瞬間……
「こいつはもらうぞ!」
鮎でもつかみ取るようにそのナイフの柄を握り取る。そして右腕をぐいっと引き寄せた。血だらけになったその腕にはしっかりとナイフが一本収まっていた。と、同時に深夜は手に入れたナイフの構造、材質、強度を確かめる。……あまり期待はしていなかったがどうも安物っぽい。まあ暫くは耐えてくれると思おう。
深夜は気合を入れると手にしたナイフに呪力を流し込んだ。刀身に呪いがかかりメキメキと音が鳴る。
「(あーやっぱ無理そうか……)」
呪いによる状態の変化が刀身そのものの限度を超えてしまっているようだ。ナイフを使って忍者みたいに攻撃を全部叩き落とそうと思っていたがそれは無理そうだ。ならばこのナイフは持ち主のところへ返してやろう。深夜はナイフの刃のほうを親指と人差し指で持つと投げナイフの要領で鋸刺鮭に投擲した……その瞬間。
ズッガァァァァァン!!!!
とそのナイフが耳をつんざくような爆発音を立てた。それだけではない、戦車の主砲のような轟音を上げて深夜の腕から飛び出した一本のナイフはその衝撃波で深夜に向かって投擲されていた無数のナイフ達を吹き飛ばしながらぐいぐいと鋸刺鮭に迫っていく。
「なっ!?」
鋸刺鮭はあっけにとられたのかその場で固まる。配下の死神装束も驚いたのかその場で釘図家になった。恐らく緒戦は深夜の防戦一方だろうと高をくくっていた鋸刺鮭は虚を突かれたのだろう。迫りくるナイフに棒立ちで対応することができない。深夜が「投げた」ナイフは減速することなく猛スピードで飛んでいく。そして鋸刺鮭の肩口に深々と突き刺さり、その身を吹きとばした。
「ぐぅ!!!」
3メートルほど突き飛ばされた鋸刺鮭は苦悶の声を上げた。なんとか立ち上がると刺さったナイフを見る。何も変わった様子はない。今しがた自分が深夜に向かって仕掛けたナイフだ。深くは刺さっていないので少しの痛みをこらえて抜くと驚いたことにナイフはボロボロと折れ、柄を残した崩れ去ってしまった。その現状を目を見開いて整理していると、
「これで前の借りは返したぜ。どうだ、剣呪の味は」
とそれを引き起こした張本人が煽りつける。鋸刺鮭は深夜をにらみつけた。いったいどうやったのだ。
「剣呪使いに刃物を投げつけた時点でお前の負けだ」
剣呪とは別に剣から光線や火の玉をだすような術ではない。あくまでその本質は呪い、まじないによる武器の状態変化である。深夜は呪いで一時的にナイフから空気抵抗と重力を奪い、それを鋸刺鮭に向かって投げたのだ。野球ボールにせよ、砲丸にせよそのスピードを阻むのは重力と空気抵抗だ。結果、阻むものがなくなり、通常ではありえない豪速で飛び出したナイフは戦車の主砲のごとき威力をもって鋸刺鮭に襲い掛かったのだ。
「な、なるほど……これはなかなか厄介ですねぇ。」
思い付きだったがここまでうまくいくとは思っていなかった深夜は心の中でガッツポーズをした。
「降参してくれてもいいんだぞ。お前の攻撃は俺を相性が悪すぎる。」
以前は偽物か本物かわからなかったから虚を突かれたがもうそれは通用しない。決定打を深夜に打つことができないのだ。だが、鋸刺鮭は対峙の姿勢を崩さなかった。
「いえいえ、その心配には及びません……要はあなたに武器を与えなければいいわけでしょう?」
そう鋸刺鮭が言った瞬間、深夜の反撃でその場にくぎ付けになっていた死神装束たちが動き出した。
「!?」
ついに仕掛けてくるか。今度ばかりはただのナイフのようにはいくまい。深夜は身構えた。




