第三章-6 三つ巴の邂逅
なんでそうなったかは分からない。何をされるかもわからない。相手が誰かもわからない。だが襲われているということだけはわかる。つまり奇襲をうけたときにできることはたいがい限られている。
「さけろっ!」
深夜はそう叫ぶや否や少女を突き飛ばし、そして自身もそこに覆いかぶさるように倒れこんだ。瞬間、深夜の頭があった位置に棒状の何かがズドン!と音を立てて音速で通り抜けていく。
「ひっ!?」
情けない声を上げて頭をさらに下げようとする深夜。次の顔のすぐそばでバリィ!!と何かが裂けるような音が鳴る。音のほうに目を向けた深夜は青ざめた。顔の真横のアスファルトには工事現場で使うような鉄パイプが深々と刺さっていたのだ。一歩間違えば深夜は理科室の昆虫標本が如く頭を道路に縫い付けられ夕方の住宅街に脳漿と悪夢をまき散らしていただろう。
「あっぶねぇ……」
まだ人気はないとはいえこんな住宅街で夕方に奇襲をかけるなんてどんな了見だ。よしんば仕留めるのに成功しても下校中の小学生にでも見つかったらどうするつもりだ。だがまあそんな文句はともかく奇襲の初手を無傷で回避した。これは大きい。深夜は少女を下にかばったまま首を動かした。初手を乗り切ったら次の行動に移らなければいけない。
「(どこだ……どこにいる!)」
一旦は攻撃を避けたが二度目を喰らわないとは限らない。相手が狙いを定める前に敵の位置を突き止めたい、というかそうでないとまずい。しかし、住宅地という遮蔽物がおおいエリアの特性上、一度伏せてしまうと未知の前後しか見通すことができない。不思議なことに次の攻撃が来る気配は一向にない。恐らくあちらも深夜たちを見失っているのだろう。
「(いたっ!)」
襲われることには慣れてる深夜が深夜がなんとか視界を広めようと頭を上げるとその目が襲撃者をとらえる。商店街エリアの雑居ビルの一つの屋上に襲撃者は陣取っていた。
「(大吾……!)」
やはりというかそこにいたのは深夜の同郷の剣呪の使い手、大吾だった。呪剣を手に彼あちこちに視線を動かしている。視界から逃れた深夜を見つけようとしているのだろうか。学校を抜け出した深夜が何をしようとしているかは恐らく察しているのだろう。深夜がイサーク医師のところにいる間、まさか医者の所にいるとは思わずで探していたに違いない。そしてついに今捕捉されてしまったわけだ。さてどうするか。
「重い」
ずっと深夜が押し倒したままになっていた少女が口を開く。本人としてはいたってまじめだったのだがはたから見ると襲われているようにも見えない。そのいかがわしさに深夜は軽くまごついた。
「わ、わるい……」
「それでどうする?」
深夜いったん思案するとこう言った。
「まだ距離があるうちに逃げるぞ」
「わかった」
少女がそういって頷く。
「よし。簡単だ。この道をまっすぐ行けば商店街、駅まで最短距離だ」
さすがに人目が多いところまで行けば何も手出しはしまい。三十六計逃げるに如かず。深夜はこれまでそうやって追手をかわしてきた。これからも同じだ。
「行くぞ、全速力だ!」
そういって急いで、しかし隠密に駅へと足を進めようとする。だが、その瞬間だった。深夜の目が地面に何か影が広がっているのを見つけた。反射的に上を向く。その目に映ったのは何か黒い大きなかたまりが深夜たちの前に降ってくるところだった。もう見つかったのか。
「くっ!」
自身も一歩引きながら少女を引き寄せていつでもかばえる体制に移る。黒い影はそのまま重力に逆らうことなくどさりと大きな音をたてて二人の目の前に落ち、そして静止した。
「な、なんなんだ……?」
攻撃にしては先ほどのような激しさはない。むしろ適当に放り投げられたような感じさえする。深夜はその正体を探るべく少女をその場にとどめてじりじりと近づいた。爆発物だったりしたらことだ。放っておくわけにもいかない。だがそれは深夜の予想を大きく外れていた。
「だ、大吾……!?」
深夜の目が見開かれる。そこに転がっていたのは先ほどまで深夜を奇襲し、追跡していたはずの風美土里大吾だったのだ。先ほどまでの健在っぷりが嘘のようにボロ屑のようにされている。いったいこの一瞬に何があったのか。
深夜は自分が剣呪使いにとっての仇敵であることを忘れ、大吾を助け起こした。幸い、息はあった。
「おい、しっかりしろ!何があったんだ!?」
激しく揺らされ意識を取り戻した大吾が息も絶え絶えながら口を開いた。
「に……にげろ…」
深夜はそれ以上大吾を問い詰めることができなかった。深夜は己の背中に無数の視線が刺さっているのを感じたのだ。振り向くとそこにいたのはかつて山下公園で対峙した死神姿の何者かだった。だが、前回とはわけが違った。
「(なんだこの人数は……)」
深夜は周囲を見渡しながら戦慄した。一人二人ではない。住宅街の屋根、電柱、そして路上いたるところどころに彼らはいた。その数あわせて20人といったところか。
『囲まれている』
深夜は先ほどの少女の焦りの言葉を思い出した。
「こいつらのことを言ってたのか…」
てっきり大吾のことだと思っていたがそうではなかったらしい。さて囲まれているうえに多勢に無勢、難易度が大きく跳ね上がった。どう切り抜けるか深夜が必死に考えをめぐらしていると、聞き覚えのある声が背後から深夜に呼び掛けた。
「そいつをここに置いてってくれれば、今日は見逃してあげますよ」
軽薄で人を見透かしたような不快な物言い。深夜が振り向くと死神たちの包囲網から一人の死神が前に進み出ていた。顔はわからないが深夜は前に会ったことがあるとなんとなく直感した。
「やあやあ、お久しぶりです。」
そこにいたのは陰気で嫌らしい笑みをフードの中に感じさせる、恐らく男。かつて山下公園で深夜と対峙し圧倒した異能者、「鋸刺鮭」だったのだ。




