第三章-5 少女、直感でついてくる
それから数分後、深夜はイサークの診療所から帰路についていた。ふと見ると日が暮れかかっていた。大分時間をつぶしてしまったらしい。だが、
「収穫はあった……かな?」
そう深夜は感じていた。少なくともここいらで何か悪だくみをしている連中の手の内はわかったのだ。そして恐らく、深夜の予想が正しければその下手人は深夜と同じ剣呪使い。そしてそれは大吾と千尋で間違いないだろう。なぜ、普通の人間がいとも簡単に異能の力を手にしているのか。その深夜の予測をその場で聞いたイサーク医師はというと
「なるほど……それが本当なら自分の研究ももはや用済みだな。」
己の過去の悪事を、つまり異能者を生み出す人体改造のことを寂しそうにそう語っていた。
「ま、もう未練などないのだがね」
そう付け足すことも忘れずに。だが気持ちはわかるような気がした。家庭を持つとか経済的成功とか普通の幸せを追い求めずに取り組んできたことが無駄となれば。そこまで考えて深夜は頭を振ってそれを隅に追いやった。
「一先ず、からくりの予想はついた。あとはそれで何をしようとしているかだな」
大吾たちの手のうちが分かれば対策はできる。これは問題ないだろう。あとは目的を把握すること。そして先回りして現場を押さえることだ。残念ながら警察でもない深夜にはたとえどんな凶悪な異能犯罪者でもその場で取り押さえることイコール暴行罪だ。というか深夜のほうが異能の界隈では凶悪犯だ。何も知らない下っ端の管理局の人間が見れば即、深夜のほうが無実の異能者を襲っているようにも見えなくはないだろう。
「大吾たちのほうが動いてくれればなぁ」
正直、異能の力を付与された本件で大勢を占める『異能バトル』のプレイヤーとなった人間をどんなに捕まえて意味はなさそうだ。問題の首謀者、つまり大吾をとらえなければ話は進まないだろう。しかし、プレイヤーではない大吾がそうそう表に出てくるとは……
「待てば海路の日和あり……よ」
隣に歩いていた屍人の少女が髪をたなびかせながらそういう。確かにそれは一理あるかもしれない。放っておいてもいずれ何かしらの動きはあるだろう。
「でもなぁ。そうこうしているうちに被害が拡大するわけには……」
と、言いかけたところで深夜は隣にいる少女をじっと見つめた。
「………」
少女が首をかしげる。
「どうかしたの?」
「……どうしてお前ついてきてるんだ?」
「……おかしい?」
「おかしいでしょ!?」
いやこれから学校にもどるし一緒に来られても困るのだが。なんでついてきたのかもわからないが学校を抜け出して女引っ提げて戻ってきたなんてことが露見したら社会的に死ぬ。
そんな反応をされるのは(少女としては)予想外だったらしく困ったように首をかしげている。
「うーん……心配だから?」
こっちのセリフだ。
「一応聞くが何が心配なんだ?」
「一人で帰るのが」
俺は乳飲み子か何かか。深夜がイサーク医師に電話をかけると瞬時につながった。これは電話がくることを予測していたな。
「どういうことだ」
単刀直入に聞く。
「ん、美人は嫌いか?」
「はぐらかすな」
美人は大好きだが。電話の向こうでイサーク医師が笑った。
「その子が自分からついていきたいといった。ただそれだけのことさ。」
「なぜだ。ほとんど記憶がないんだろ?」
深夜がそう問うとイサークは一瞬間をおいてこう答えた。
「案外それが理由なんじゃないかと思ったけどね。」
「記憶がないことがか?」
「というよりは記憶がないゆえに直感で判断しているんだろう。お前と一緒にいればいずれ記憶を取り戻せるってな、本能が訴えるんだろう」
本能と来たか、考えようによっては理屈で押し返せない厄介な相手だ。言い淀んでいるとイサーク医師のほうから畳みかけてくる。
「とにかく……だ、一緒にいてやったらどうだ。正直こっちもあまり長くは老いてやれんしな。」
そんな犬猫を預かるみたいに言われても困る。
「ま、まあ存外役に立つときもあるかもしれないぞ」
記憶喪失の女子一人が役立つなんてどんな状況だよ、などと思っていたらブツリと電話が切れてしまった。くそ、めんどうになって逃げたな。しかも何か隠してるみたいだ。
ふと見ると少女が所在なさげに立ちすくんでいた。そんな感情があるのかも分からないが。
「お前、本当に来るのか。」
少女はうなずいた。住むところとかどうするんだ。などと思っていると、少女はこんなことを言い出した。
「あなたと同じところに住む」
「まじか……」
「それ以上の役には立つ。それでも足りなければ」
そういうと少女は深夜の手を取った。
「好きなようにしていい」
「ばっ!?」
無表情から繰り出される非常に思わせぶりな言葉にたじろぐ。深夜の脳内で好きにする……とはいったいどんなことをしていいのかなどという思春期全開の自問自答が始まろうとする。だがその瞬間深夜の手を握る少女の握力がぐっと強まった。はっと我に帰った深夜が少女の顔を見るとその無表情のなかにかすかに焦りが浮かんでいた。
「どうした?」
そういう深夜に少女は一言、こういった。
「囲まれてる」
その言葉と深夜の首元に得も言われぬ悪寒が襲ったのは正に同時だった。