第三章-4 異能付与のメゾット
深夜は途方に暮れた。目の前にいるのは屍人から人間に戻ることができた少女、そしていまだ正体がわからない「異能バトル」の参加者だと?どちらか片方が起きただけでも幸運が過ぎるというのにこれでは出来すぎというものだ。
「イサーク先生、それは……証拠があるのか」
そう深夜がいうとイサーク医師はどこからともなく黒いぼろきれを取り出して手渡してきた。
「これは……?」
手渡されたものの、それが何なのか分からない深夜。そのぼろを持て余していると傍に控えていた元屍人の少女が口をひらいた。
「私の遺体が羽織っていたものらしいわ……あなたなら何かわかるかも」
「な、なるほど?」
死んだ人間が自分の死体のことを話すという事態に超絶違和感を感じながら深夜は慎重にそのボロ布を開いていく。彼方此方が擦り切れ、破れているせいで元の形がどんなものだったのかがわからないが徐々にその正体があらわになっていく。
「これは……フードか?」
ファッション性などみじんも感じないような真っ黒いフードだ。こんなものを好んで着るのはよほどのもの好きだろうか。
「あれか、死に際にハロウィンのパレードでもやってたのか」
屍人になったのも体をはったドッキリなのかも。深夜がそういうと
「君は馬鹿なのか」「馬鹿じゃないの?」
と双方からキツイダメ出しを受けた。ごめんなさい、と深夜はうなだれる。
「わーかったよ。確かに見たことがある。」
そうだ。山下公園で遭遇した「異能バトル」のプレイヤーやピラニア―おそらく大吾か千尋が深夜と交戦していたときに着ていたものに酷似している。イサーク医師が得意げに口を開く。
「なるほどね。実物を見たことがなかったから判断できなかったが見知った人間が近くにいた良かったよ。調べたところではどうも『異能バトル』の参加者は押しなべて黒いフードを身にまとっているらしい」
「なるほど……だけど似てるってだけでは決めつけられないぞ。」
当然のことだが異能者がその程度の判断で動いていたらすぐに首が回らなくなる。ドンパチが絡むならなおさらだ。
「とはいえなぁ、これ以上には証拠がないからね。蘇生するときに体のほうも一通り調べてはみたが屍人でもなくなった体には異能に関する痕跡は一切見つからなかった」
「なんだと?じゃあこの子の体には何も処置が施されていないってことか?」
驚く深夜にイサーク医師はうなずいた。
「理屈では、そうなるな。」
なるほど、体に何の処置もしてないとなると一応ただの外科医でしかないイサークにはもう手が届かない。
「それじゃあ仕方ない……か?」
イサーク医師は自嘲気味に笑った。
「現状、手がかりなしだな。」
3人の間に沈黙が流れる。そもそも普通の人間に異能の力を付与するということ自体があり得ないこのなのだ。それを人体改造もなしに実現するなんてことは……
「いや、可能かもしれない」
沈黙をやぶったのは深夜だった。イサーク医師と少女が顔を向ける。
「何か思い当たることがあるのかね」
深夜は頷いた。
「ああ、もともと『異能を使えない人間』が異能を使えるようにすることができるようになったケースがある」
「ほう、それは興味深い。外科医としてはぜひ聞いておきたいな」
言葉通り興味津々の表情を浮かべるイサーク医師。
「教えてくれ、あれか。君の飼い主の陰陽師か」
深夜はかぶりを振った。
「いや違うさ。外科処置抜きで異能の力を付与されたことがあるのは……」
そこまでいうと深夜は人差し指を立て、そして―その指先を己のほうに向けた。
「俺だよ」




