第三章-3 人肌の温度
驚き固まる深夜の目の前で死んだはずの少女が無感情に首をかしげる。
「どうした……の?」
深夜は頭を抱えた。
「それはこっちのセリフだ……」
死んだはずの人間(正しくは自分が成仏させたはずの屍人なのだが)が目の前でまるで
死んだことが冗談であるかのようにふるまっている。
「おどろいたかい?その反応を見る限り君はそのこと依然あったことがあるようだね」
一通り深夜の反応を楽しんだイサーク医師がしたり顔でそういうと、深夜はそれを訝し気に睨みつけた。
「これは……ネクロマンシーのたぐいか。」
ネクロマンシー、つまり死者の魂を肉体をつかった魔術は古来より禁忌とされている。もっとも一から十まで潔白とはいかない身の上の深夜としてはそのことをとやかく言うつもりもない。
「ネクロマンシー?残念だがそんな野蛮で醜悪なものではないな」
「ちがうのか?」
「フフ……、残念だがこれは立派な医療行為、これも移植ってやつだよ」
なるほど、と深夜は納得した。思えばイサーク医師が一般人に異能を付与する手術も魔物の臓器を人体に移植である。
「いったい何を移植したら死体が蘇るのさ……」
「そんな当たり前の発想だと永遠に真実には辿り着けないな。君なら身近に知ってそうなものだが」
そんなものが身近にいてたまるか。深夜は改めてその少女を見た。つくづく一度死んだようには見えない。と突然その少女が口を開いた。
「あなたが……私を『終わらせて』くれたらしいわね」
「らしい……?もしかして覚えてないのか」
「ごめんなさいね。死ぬ前の記憶はあいまいなの。今の私には死んだ後の記憶がおぼろげながら残っているだけ」
「そうか……」
まあそれもいいかもしれない。屍人になる人間なんてよほど生前に無念があるようなケースしかない。思い出さないほうが幸せかもしれない。どんな方法にせよこうして蘇ってしまった以上これから第二の人生を歩まなければならないのだ。
「それにしても……こうしているのを見ても信じられないな。」
「そう……?」
すると突然少女は深夜の顔に腕を伸ばした。
「ん、どうした?」
予想外の行動に反応が遅れる深夜をよそに少女は深夜の顔を引き寄せ……そのまま少女の胸に押し当てた。
「なっなななななん!?」
「生きてること、わかるでしょ」
顔いっぱいに少女の胸の感触が伝わる。温かく……そして患者福の上からはわからなかったが意外とふくよかだった。
「(ああ……こいつぁ、生きてるぜ)」
間違いない。この触れているだけで人を幸せにする温もりは死者には出すことができない。そこはまるで桃源郷だ。
「じゃなくてぇ!!」
一瞬、快楽でトリップしかけたものの正気に戻った深夜はがバッと少女を引き離す。
「わ、わかった。確かに生きてるな」
その様子を見たイサークが口をはさんだ。
「ああ、言い忘れていたが蘇生は完了したが、まだ感情の形成までいたってなくてね。少し常識外れたことをするかもしれない」
「言うのが遅いんだよ!!」
「まあ美味しい目にはあっただろ。感情が再生するまでだったらなんでもやらせてくれるかもしれないぞ」
下卑た顔でそんな冗談をいうイサーク医師を深夜はにらみつける。
「で、どうしてこの子をよみがえらせた。まさか『そういう』目的じゃないだろうな」
イサークは笑った。
「残念だが君みたいなお子様と違って、『そういう』ものは別に事足りているからねぇ」
「そりゃどーも。で、なんでなんだ」
「簡単な話さ」
そういって発したイサーク医師の次の言葉は深夜が学校を抜け出してここまで来る対価として初めて見合う報酬だった。
「その子が、『異能バトル』の参加者、そして脱落者らしいからだ」