第三章-2 亡者の再会
「もう知っているのか?」
「当然だろう」
なら話は早そうだ。そう思ったのもつかの間先にイサークのほうから話を切り出してきた。
「君はこういいたいんだろう。今起きている『異能バトル』には私がかかわっている、とね。」
イサーク、40過ぎのスペイン人医師だ。それ以上でも以下でもない。異能者でもない。しかし、イサーク医師はある技能をもって異能者たちの世界に大きくかかわる存在となっていた。
「ああ、異能の力をバラまくなんてイサーク先生以外には不可能だろ」
「そうかそうか。そうだろうな。」
イサーク医師はくつくつと笑った。深夜も苦笑する。
「『異能バトル』……何者かが何らかの方法で異能者を作り出して互いに戦わせているんだったな」
「そうだ。いろいろあってそいつを追いかけることになってな」
「いろいろあって?どうせ飼い主の陰陽師に命じられたんだろ?」
アイシャのことを指摘されて図星の深夜は何も返すことができない。そっぽを向いて頭をかく。
「ま、君が考える通りだ。確かに『異能者を生み出す』ことができる手段は限られている。そのなかでもゾンビ(zombie)のような形だけの異能者ではなく、正常な自我を持った異能者を無から作り出すことができるのはここらでは私しかいないだろうな」
イサーク医師は異能者ではない。しかし、類いまれなる能力を有していた。それは『異能者を外科手術によって生み出す』という技術だ。かつて深夜とイサーク医師が協力関係を築き上げたのもその能力を巡ってイサーク医師とはひと悶着あったところから始まる。
「で、実際どうなんだ。先生はこの件にかかわっているのか?」
単刀直入にそう聞く深夜にイサーク医師は首を横に振った。
「期待に沿えないようで悪いがこの件に私は無関係だ。そもそも私の異能者を生み出すプロセスは有体に言えば移植だ。人間の一部の臓器を魔物や妖怪といったたぐいのそれと交換することで異能の力を与える。一人の処置だけでも数週間かかるというのに『異能バトル』なんてものが開催できるほどの人数をそろえるのは……まあ無理だな」
「……そうか。ま、俺が受けた処置もそんなだったかな。」
明らかに落胆する深夜。イサーク医師はそんな様子をみて鼻でわらった。
「失礼な話だ。そもそも私はすでに悪事からは足を洗った身。あんな移植の技術も封印してしまったよ」
「わるいわるい。ま、そうなんだけどな……」
「わざわざ、来たのにあてが外れてしまったか?せっかくだ、お茶でも飲んでいくといい。ちょうど君に紹介したい人がいる。寛いで語り合うといい」
そういうとイサーク医師は立ち上がった。
「い、いや。これでも学校をさぼっているからな……わるいけど遠慮しておく。」
そういう深夜にイサーク医師は笑って返した。
「ま、そういうな。どうせさぼりならもう数時間程度大して変わらないだろう。それに……一度はあったこともある相手だぞ?」
「あったことがある……?誰だ。」
と、そのとき部屋の外から届いた一人の女の声が二人の会話を遮った。
「せんせ、話長すぎ」
深夜とイサーク医師は思わずこの方向に首を向けた。
「ふ、待ちきれなくなったか……」
イサーク医師はそういうと深夜のほうを見た。
「さあこい。女を待たせるもんじゃない。」
そういうと診察室の奥へとすたすたと歩いて行ったしまった。
「おいまてっ!」
深夜もあわててイサーク医師の後を追う。木月内科クリニックは非常に小さな町医者だ診察室の奥は居住スペース、つまり普通の民家になっていた。手近な扉を開けるとそこはリビングになっていた。すでにソファーにどっしり腰を掛けたイサーク医師が手を上げる。
「遅いぞ深夜。」
呼ばれた深夜はおずおずと中に入り、そしてイサーク医師の反対側に腰を掛けた。
「スペインはもっとのんびり屋だと思っていたが」
「ときと場合によるさ」
そういうとイサークは指を鳴らした。茶でも出させる合図だろうか。
「使用人でも雇ってるのか」
「まあまて、せっかくだから驚かせてやるよ。」
イサーク医師がそういった瞬間。
「お茶、持ってきた」
突然深夜の背後でまるで湧くかのように人の気配が生まれる。深夜がバッと後ろを振り向くと、そこにいたのは白髪の少女だ。はかなげながらも和風美人。大和撫子。
「お前は……!?」
髪の色が白いから最初はなかったが確かにあったことがあった。徐々に深夜の記憶が掘り起こされていく。
「久しぶり……らしいね」
そういってその少女は微笑んだ。
「なんで……なんでお前、生きてるんだ!?」
深夜の口からは自然とそんな言葉が漏れ出る。そこに立っていたのは。いつぞや対峙した少女。山下公園で深夜が除霊した屍人だったのだ。




