第三章-1 旧知の恩人、あるいは仇敵
深夜とアイシャが二人の剣呪使い、大吾と千尋と対峙してから数時間後。藤山記念高校は午前の授業が終わり昼休みの時間になっていた。多くの生徒たちが教室や食堂で思い思いの食事をとる傍ら、深夜はというと……校外に抜け出していた。理由はただ一つ、なぜ大吾たちが旧八句から出てきたかを知るため。
「(でもって、なんであいつらが犯罪者まがいのことをしているか……だな)」
己の見立てが正しければ、だが。深夜は先日自分達を襲った『ピラニア』と名乗った異能者、そしてこの周辺で『異能バトル』とやらを少年少女に行わせている張本人が大吾と千尋だろうと踏んでいた。深夜は学校から最寄りの駅を通り過ぎ、さらに学校とは反対側に向かいながら巡らす。
『異能バトル』……今のところ分かっていることは異能者ではない普通の少年少女が何らかの方法で異能の力を得、そしてそれで戦う「遊び」を繰り広げているということのみ。方法はいくつかあるが、どうやって異能の力を「受け渡して」いるかも不明だ。軽々しい名前はついているが、そこで行われていることは拳銃や刃物を無差別にばらまくに等しい。
「(今は遊びでもいずれは、そうじゃ済まなくなる。取り返しがつかなくなるのは時間の問題だ)」
いや、と深夜は頭を振った。すでに自分の知らないところで取り返しがつかないことにはなっているのかもしれない。目的も分からず、警察も動いていないと思われる。この状況で動けるのは自分だけだ。正直、話の発端ではあるがアイシャにはこの件には深く突っ込んでほしくはない。式神の使役など護身の心得はあるものの剣呪使いとはいえ大吾に後れをとるようでは、現状相手が何者なのかまったくわからない中でまともに戦えないだろう。
「(正直、気が乗らないけどやるしかないよな……)」
戦力的にも、そして心情的にもあまり大吾たちとはことを構えたくないというのが深夜の本音だった。大吾たちだけならば深夜にとっては取るに足らないが、その裏にはいまだ旧八区で生き残り復興しつつある剣呪使いたちのバックアップがあるとみて間違いない。追われる身の深夜としてはそんな事態は避けたい。
「ま、何はともあれまずは調査、調査だな。」
そう自分に言い聞かせる深夜はそのまましばらく進んで商店街を抜けて住宅街まで足をすすめる。そしてその住宅街にあるある建物の前で足を止めた。
『木月内科クリニック』
この商店街に数年前にできたことで何かと話題になった病院、そして深夜が学校を抜け出してまできた目的地だ。しかし、今日は休診日らしく扉にCLOSEDの札がかけられている。本来ならば引き返すところだが……
「ま、診察に来たわけじゃないし関係ないな」
そう強引に言い訳すると深夜は周囲に誰もいないことを確認してから扉に手をかけた。
「お、開いてんじゃん」
まあ開かないだろうと思いつつもいつもの癖でドアノブを開くと、意外なことにかカギはかかってなかった。ま、かかっていなかったらいなかったで抉じ開けるつもりではあったが。
中に入るとやはりというか、そこには誰もいなかった。深夜は鼻にツンと来る病院特有のこもった臭いを感じながら待ち受け室に入る。
「ま、誰もいないよな」
受付をのぞいてみるがやはり誰もいないようだ。人がいる気配もない。さて、どうしたものか。ここの主に用があったのではいないのでは仕方がない。深夜は待合室の壁にかかった時計をみやった。
「休み時間はあと残り15分か……」
今から走って学校に戻れば午後の授業には間に合いそうだ。会えれば無断欠席してでも話をしようと思っていたがいないのでは仕方がない。そんなことを考えながら待合室のソファーに腰を下ろしたその時だ。
「次のかたーどうぞー」
受付の奥、さらに言うと診察室と書かれた部屋から声が響いた。虚を突かれた深夜は一瞬びくりと固まっていたが、先ほどまではなかった人の気配がいつの間にか生まれていることを感じとると迷うことなく診察室の扉を開けた。中にはいると一人の白衣の医者がカルテをいじっていた。
「で、今日はどこが悪いですか?」
診察室にいた先ほどの声の主、つまり目の前の医者がそういう。
「そうだな、聞きたいことが大量にある」
深夜が入り口から動かずにそういうと医者は鼻で笑って体を深夜の方に向けた。その医者の姿が明らかになる。年にして40程度の長身の男だ。なによりも目に付くのはその顔だ。明らかにアジア人とは一線を画るラテン系の深い掘りのある顔立ち。というか日本人ではない。くすんだ金髪を後ろに撫でつけたその男は、口を取り囲むように伸ばされた髭を撫でながらにやりと笑った。
「内科でこたえられることだといいがなぁ。ひとまず座ったらどうだ。」
促されるままに深夜も患者用の椅子に座る。
「安心しろ、内科じゃ答えられないかもしれないが、お前ならこたえられるはずだ」
それを聞いた医者がさも楽しそうに笑った。
「それは、かなり面倒そうな話だな……。ま、ひとまずはこう言っておこうか。久しぶりだ、私の最高傑作の一人であり、私が最も恨む男であり、そして親愛にして最強のソードマジシャンよ」
「そうだな……俺は会いたくなかったぞ、イサーク先生」
イサーク医師、それがこの男の名前である。そして深夜のかつての恩人であり仇敵でもある。遠慮なく悪態をつく深夜をイサーク医師はなおいとおしそうに微笑む。
「はは、いってくれるな。だが、お互いこの街に出入りしている以上、どこかでまた会うこともあったろう。すべては時間の問題だった。必要に駆られるたびに我々は敵として、味方として交差する運命にあるのだよ」
簡単に言うと、深夜の来訪は薄々わかっていたということだ。回りくどく演技臭くそういうイサーク医師に深夜はかるく頭痛を覚えながらも話を進める。
「あまり時間がない、これでも学生をやってる身分なんでな。じゃあ俺が来た理由も知ってるわけか」
「ああ、知ってるとも。それを知った時から必ずお前は私のもとにたどり着きと信じてたからね」
そこまで言うとイサーク医師は先ほどまでとは打って変わって不敵な笑みを浮かべた。
「今巷を騒がせている、『異能バトル』のことだろう?」
更新が遅れましたがここから新章開始です。
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