第二章-5 逆巻く気流の中心
3体の武者人形の攻勢を前に大吾は呪剣を構えながら荒く息を付いた。
「……気に食わないな」
そういう大吾をアイシャは見下すような視線で舐め上げる。
「あらぁ?まだ一回だけなのにもう疲れちゃったのかしら。深夜なら何回でも『付き合って』くれるわよ?」
挑発であることを理解してる大吾は真には受けずに微笑んだ
「いやぁ?」
大吾の微笑みが凶悪なそれに代わる。
「かすり傷でもつけてやれば観念すると思ったんだけどねぇ」
そういうと大吾は構えていた日本刀をカチャリと鞘に納めた。アイシャは一瞬の降参の意思表示かと思ったが態度を見るにそういうわけではなさそうだ。
「僕の力及ばずその程度で済ましてやることは難しそうだ」
その瞬間、周囲の気流が流れを変え始めた。アイシャが眉を顰める。
「……風?残念だけど、スカート捲れたって隙は見せないわよ?」
だが、そんな風に余裕をみせるアイシャをよそにその流れは徐々に強まり、乱気流とも呼べるような威力となっていく。日頃の戦闘の勘でその異変の『やばさ』に気づいたのは深夜だった。
「アイシャ!大吾は何かする気だ!すぐにそこから離れろ」
「え、なんですって!?」
アイシャはなんとかその声を聞き取ろうとしたもののその呼び声は気流にかき消されてしまう。それが命取りだった。ついにアイシャを襲う乱気流はその場では直立できないようなものになっていった。風圧でアイシャが地面に押し付けられる。その暴風の中、一人悠然と立つものがいた。大吾だ。
「都会の女ってのはやだなぁ、恥じらいと慎みってものがない」
誰に言うとでもなく大吾がそういうと同時にアイシャを取り巻く風の流れが一つの方角に向かって動き出す。それは大吾を中心に逆巻く風の渦となっていた。気が付くとアイシャはアリジゴクにとらわれた蟻のようにズルズルと中央へ引きずり込まれた。哀れな獲物となったアイシャを中央で待ち受けるのは大吾の日本刀だ。
「な!?」
大吾の狙いに気づいたアイシャだが既に手遅れだった。なんとか体を動かして引き下がろうとするがそうもいかない。体を少しでも起こすと体が浮き上がってしまい、逆に大吾のほうへ引きずり込まれてしまう。
「くっ『千代紙具足』!行きなさい!」
回避できないことをさとったアイシャは武者人形を繰り出した。己が刃の餌食になる前に蹴りをつけようというのだ。だが……、
「おやおや?ご自慢の式神はこんなそよ風に負けるほどやわなのかい?」
アイシャの武者人形は大吾の方向に向かっては行くものの渦の中でバランスを崩し大吾に襲い掛かることができない。なんとか槍をもった一体が大吾に得物を繰り出すが、突き出したのは明後日の方向だった。
「か……風でコントロールが効かない?」
風に巻き込まれているアイシャがそれを見て焦りを浮かべる。アイシャの武者人形だけでなく陰陽師が使う式神の膂力や精度は使役者である陰陽師本人に依存する。豪風の中で引きずられまいと全精神を傾けているアイシャには武者人形に異能の力を割く余裕も集中力も残っていないのだ。そうこうしているうちに紙でできた武者人形はその姿を維持できなくなり元の式札へもどってどこかへと飛んで行ってしまった。
「ふん、裏切り者をかくまってるからどれほどかと思ったが大したことはなかったなぁ」
そう大吾がほくそ笑む。もはや形勢は一気に逆転していた。あとは身動きが取れないアイシャがレストランよろしく己の前に運ばれてくるのを待つだけだ。
「さて、さっきの傷の分をしっかりかえさないとなぁ」
大吾は先ほどうけた傷をさすりながら風の力を強めた。その瞬間、ついにアイシャは風に耐えられなくなりふわりと、
宙に浮かんだ。
「きゃっ」
慌てたアイシャは手足をばたつかせるがそれも空しく、気流と共に流されていく。その先にはまるで居合のように納刀した刀を構えた大吾が待ち構えていた。そのままアイシャを一刀両断にする気だ。大吾は叫んだ。
「これが異能の名家を馬鹿にするってことだ!」
勝ちを確信した、否、確定したことに大吾は満足しながらまるで風で飛ばされるアイシャを待ち受ける。あとは簀巻きのように一刀両断してやればこの女も黙るだろう。
「来世では気を付けるんだな!」
そういうと大吾は十分アイシャを引き寄せたことを見切ると刀を抜きはらった。だが、その瞬間一つの影が飛び込んだ。アイシャを真っ二つにすると見えたその日本刀はとっさに飛び込んだその陰によってガギンッ!と鈍い音を立てて受け止められてしまった。
「終わりだ」
「「深夜!?」」
大吾とアイシャが驚きの声を上げる。二人の間に折れた刀を構えた深夜が割っていったのだった。