第二章-4 風の使い手と紙の使い手
「奇遇だね。」
剣呪の名門の末裔、風美土里大吾が深夜をにらみつけながら憎々し気に口を開いた。それは仇敵に向けるそれだ。一方、千尋のほうはというと入り口近くの壁を背もたれにしてスマートフォンをずっといじり続けている。
「なんか言ったらどうだい?運命の再会だ。お互い積もる話もあるじゃないか」
「……」
大仰に手を広げてそういう大吾に深夜は何も返すことができない。先に反応したのはアイシャの方だった。
「運命の再会?気取った言い方が好きなのねぇ……おやまから降りてくるときにテレビでお勉強したのかしら?」
アイシャはそういうとけらけら笑った。大吾は深夜に向けるような敵愾心こそ見せないものの、明らかに嫌悪感を示しているようだ。
「深夜、お前の女か」
女、つまり彼女なのかそういうことなのか。いやまあありのままに話すと『契約を結んだ兄妹関係』なのだがそれを話すとややこしくなる。と答えに悩んでいるとあっという間にアイシャが答えをかっさらっていった。
「主従が逆ね。これは私の男よ。」
大吾はそんなアイシャには何も返さずに深夜に失望のまなざしを向けた。
「なるほど。こんな屑女に飼われているとは思わなかったぞ。」
「……」
「やはり何も話してくれない……か。仕方がない。正直ここでお前に会うとは思ってなかったが、風美土里家の人間としては見逃しておくこともできん。」
そういうと大吾は虚空に右を伸ばし、何かをつかむようなしぐさをとる。その瞬間、一陣の風が大吾の周囲を通りすぎた。気が付くとその手には一本の日本刀が握られていた。深夜は身構えた。
「やるのか」
「せめてもの情けだ。おとなしく捕まってくれれば旧八句に帰るまでの身の安全は保障しよう」
二人の間に緊迫した空気が漂う。だがその瞬間縄跳びが風を切るような音が鳴り、バリィ!!と二人のの間の地面……というか屋上の校舎が裂けた。予想外の攻撃に大吾が悲鳴を上げる。
「なんだ!」
よく見るとそこには日本刀がささっていた。
「日本刀…?」
大吾が日本刀をなげつけた下手人を探し、飛んできた方向に視線を動かす。そこにいたのは一体の紙でできた武者人形が立っていた。
「これは……式神か」
その武者人形は大きさに見合わない軽々とした動きでヒラリヒラリと舞飛び……そしてアイシャのそばに降り立った。
「いったでしょ。深夜は私のものよ」
大吾が驚いたような声をあげる。
「お前が出したのか」
アイシャはそれには答えない。代わりに式神が咆哮をとどろかせた。
「なるほど。式神使い、陰陽師か。こんなところに地盤があるとは聞いたことはないな…一代限り偶発的に覚醒した後天的異能者ってところか。」
大吾が刀に呪力を溜めながらアイシャの実力を測る。取るに足りないと判断したのだろうか。大吾が苦笑しながら警告する。
「ぽっとでの陰陽師ごとき、焼けどでは済まないぞ?」
だがアイシャも引かない。
「なんども言わせないで頂戴?私のものを奪おうというならそれ相応の報いを受けてもらうわ」
二人とも完全にやる気だ。見かねた深夜が悲鳴を上げる。
「お前らやめろ!何してるかわかってんのか!?千尋、お前も大吾になんかいってやれ!」
だが、二人とも聞く耳を持つ様子はない。最後の頼みの綱で、ずっと傍で傍観していたもう一人の転校生、千尋にも助けをもとめるが。帰ってきたのはつれない返事だった。
「……ち、千尋に何かいわれても困るんですけどぉ。というかダイ君がこうなってるのって深夜君のせいだし?だいたい千尋だって深夜君のこと恨んでるしぃ?」
スマートフォンをずっといじりながら我関せずとそういう千尋に深夜はうなだれる。そんなこんなしているうちに今にも大吾とアイシャとの間で戦いの火ぶたが切られようとしていた。
既に戦闘態勢を整えた大吾があたりにつむじ風を散らしながら刀を構える。
「名門、風美土里の剣呪使いだといえば大体の異能者は逃げるんだが……こうして君を手にかけなければいけないのが悲しいよ」
そんな大吾にアイシャは一笑に付した。
「それはそれは、残念ね。生憎、そんな田舎侍の評判はここまでは届いていなかったみたいね」
そんなアイシャの前には先ほどの武者人形の式神があと2体生み出されており、それぞれ弓と槍をかまえている。遠距離、中距離、近距離すべての間合いに対応できる備えだ。二人の間に先ほどとは比べ物にならないくらいのさっきが溢れ……先に動いたのは大吾のほうだった。
「折角だっ名家の人間に対する口のきき方をおしえてやる!」
そういうと体に風をまとわりつけ凡そ人知をこえた速さでアイシャに襲い掛かる。
「楽しみねぇ!じっくり楽しませて頂戴、『千代紙具足』!」
アイシャは楽しそうにそういうと3体の武者人形…『千代紙具足』と呼んだ式神を繰り出した。そしてその次の瞬間、ガギンッ!!!と音をたてて大吾の日本刀と武者人形が持っていた紙でできた日本刀が激突した。己の斬撃を耐えた紙の日本刀に大吾の目が見開かれた。その隙を縫うように残り2体の武者人形が大吾の左右から襲い掛かる。
「くっ!?」
槍の武者人形の穂先が大吾の肩をかすめるが、すんでの判断で大吾が後ろに下がり致命傷にはいたらない。だがアイシャは獲物を逃そうとはしない。
「追いなさい!」
だが大吾がそれをさせまいと引きながらつむじ風を繰り出す。主の命令に忠実に大吾にまっすく進んでいった式神の1体がそこにとらわれ、ばらばらに切り裂かれた。のこりの武者人形も引きずり込まれるかとみたが、すんでのところでアイシャはひっこめる。
追撃を阻止しながら間合いをとった大吾が冷や汗を流す。
「(なんだこいつ!?式神使いはただの紙切れのはずでは…)」
だが、その式神をよく見ると切り結んだ部分だけが黒く変色している。アイシャがただの紙人形を使役していたのではない。陰陽師の力とは別の異能、錬金術でその組成を瞬時に変えたのだ。
「私がいつ、『ただの』陰陽師だといったかしら?」
「れ、錬金術の類まで使えるのか……厄介だな」
紙という素材で極限まで軽量化され、機動力を高めた式神。しかし必要に応じて主がその中身を作り変えてしまう。これ以上に面倒な敵はなかなかいないだろう。しかもそれらを倒したところで本体であるアイシャには傷一つつかないのだ。そんなアイシャを大吾は憎々しげに睨み付ける。
「おかげで長く楽しめそうでしょ、田舎侍さん?」
アイシャはその視線を受けながら歌うように大吾をあおり、その傍らセーラー服の胸元から式札を取り出すともう一体武者人形を生み出した。そして……
「だれか、どうにか止めてくれ……」
諍いの原因となった男……つまり深夜は途方に暮れながらそういうのだった。残念なことに戦いは終わりそうになかった。




