プロローグ1-3深夜と哀歌
「哀歌!!」
突然の己の名を呼ぶ声に思わず、その手が止まってしまう。声の方向に振り向くと、そこには一人の少年が息を切らして立ち尽くしていた。
「深夜、いいとこにきたわね」
まるでいたずらをとがめられたのような顔の哀歌だが、深夜と呼ばれた少年は悲壮な表情を浮かべている。彼もまた異能者なのだろう。同じ中学校の詰襟を切る彼は、哀歌よりも一回り小さいその体躯にやはり鞘に収まった日本刀を提げている。
「君!だめだっ早く逃げなさい…」
「だまってなさい!!」
突然の爆風。警察官という元来の職務への忠誠心からか、突然現れた少年を慌てて逃げるようにしかりつけるが、話に割って入られた哀歌が邪魔だとばかりに爆風を起こし沈黙させる。
「今はなしているのは私と深夜なのよ。邪魔すると殺すわよ」
そんな暴力に少年は顔をしかめる。
「これ…みんなお前が、哀歌がやったのか…」
その少年の問う声は目の前に転がるいくつもの死体という事実を前にして、まだそれを受け入れられたくないというかすかな希望が残っていた。しかしその縋るような思いすら狂気の少女に踏みにじられる。
「よくできたでしょ。」
「お前なにやってんだよ…もうやめてくれよ、もう気は済んだだろ!」
深夜には哀歌の事情を知っていた。これは復讐だ。深夜も加担したのだ。だがその様相は深夜と哀歌が計画していたものから外れていた。そもそも、当初の計画は「いたずら」程度のものだったはずだ。少年は凶行を止めんと訴えかけるが、その答えは剣呪によって生み出された爆風だった。哀歌の膨大な呪力によって生み出された炎が深夜を襲い、その身を大地にたたきつける。
「がはっ…」
まともな受け身も取れず、深夜は肺からあらん限りの空気を吐き出してしまう。
「すまないわよっ!」
哀歌が憎しみあふれんばかりに絶叫する。
深夜は先ほどの隊長同様、驚愕した。なんだこの力は。これが同い年の少女の力なのか。余りにも馬鹿げている。
「なんでだよ!」
「理由なんてないわ!全部、全部殺してやるのよ!」
その時、深夜は気づいた。もう哀歌は自分の知っている少女ではないのだ。理由はわからない。しかし、なんとしてでも止めなければならないということだけはよくわかった。
「お前は、俺が止めてやる」