第二章-2 旧友か刺客か
アイシャが明かした罠に深夜は頭を抱えた。
「まじかよ…」
下手に『ピラニア』を追い詰めれば被害が拡大する可能性がある。アイシャの言うように学校にでも乗り込まれでもすればシャレにならない。なによりも……
「アイシャ、お前が心配だ」
深夜がそういうとアイシャは目をぱちくりさせて頬を赤らめた。
「し、心配してくれるのね…」
「当然だ」
アイシャは表情をみせまいと顔をそっぽに向ける。
「『お兄ちゃん』にしては自分と殊勝なことじゃない……」
そんなアイシャに深夜は頷きながらこういった。
「ああ、お前に何かあると俺この界隈で生きていけないからな。」
「……は?」
その言葉をきくやいなや、アイシャは真顔に戻りため息を付く。
「ま、薄々だけどそんなところだろうと思ったわ…」
「ん?何がだ?」
深夜が聞き返すがアイシャはそれについては何も言わずに話を進める。
「残念だけど……もう状況は動き始めてるのよ」
それ言われると深夜は反論できなくなった。
「昨日捕まえた風使い……」
結局最初に戦闘した風使いの死神は記憶が混濁しており何も情報を得ることができなかった。だが、一つだけ語るまでもないことがある。
「そう。あの子はもともと異能じゃなかったのよ。」
しかし、現実に異能を使ってた。それも完全では何にせよ一つの技として。それはつまり……
「『ピラニア』の力は私たちが思っている以上に及んでるってことよ」
そうだ。深夜は見落としていた。いや、その最悪な事態を意図的に考えないようにしていた。
「こっちから誘い込んだから被害が増えるってことじゃない。もうすでに手遅れかもしれないってことか……。」
アイシャはうなずいて肯定した。深夜は苛立たしく頭を振った。
「くそっ、こっちは『ピラニア』の手のうちさえ知らないっていうのに…」
「そうねぇ……状況は十分、いえ十二分に不利ってところねぇ…」
アイシャも眉間にしわを寄せる。確かに罠を張った。しかしそこに引っかかってくれるという確証は?そもそも人気急上昇とはいえその動画にたどり着かなかったら…?だが深夜はそんな心配事を一先ず頭の片隅に追いやった。
「ま、一先ずは待ちってことだな」
「あら、腹は決まったのかしら」
「いや?正直ごめんだね。でもアウェーな状態で戦うよりかはましだな」
待つことは得意だ。それこそ深夜が旧八句を離れてこれまで「対人」で自分から戦いを挑んだことはほぼない。一先ずは様子をみて相手の力量を図ってから戦うのが逃亡者のセオリーだからだ。そんなことを知ってか知らずがアイシャはクスリと笑った。
「アウェーねぇ……」
「……なんだよ」
いぶかしげにする深夜。アイシャはそんな深夜の顎を微笑みながらスッと撫でた。突然のスキンシップに慌てる深夜。
「ここをホームだって思えるくらいには安心してくれてるのねぇ」
「にっ二年もいればそうなるだろ!」
アイシャがくすくすと笑い続ける。
「そうね……一先ずは様子を見ましょうか。案外ひょっこりやってくるかもしれないわよ……?」
深夜は苦笑した。
「まさか。精々調査しないとな。」
直接こちらに接触してくることはなくとも何かしらの動きはあるはずだ。
「それまでは依頼こなして小銭稼ぎでもするかな……」
それを聞いて手を引っ込めたアイシャがきらりと目を光らせる。
「あら、また金欠?じゃ、いくつか依頼回してあげようかしら」
「……面倒ごとはよしてくれよ」
「ふふふ……とびっきりの依頼よ」
だが二人がそんな話をしている最中、『案外ひょっこりやってくるかもしれない』そんなアイシャの予感は早々と的中することとなった。
教室に一人の教師が入ってきて教壇に立つ。林崎芳子。26歳。社会科教諭でありこのクラスの担任だ。
「はーい。それじゃ朝礼を始めますよー」
おっとりとした声にそそくさと生徒たちが席に着き、クラス委員長が号令をかけようとする。だが林崎はそれを制した。
「実は―今日は……転校生がいます!なんと二人も!さぁ入ってきてください」
その呼び声と共に二人の転校生が教室に入ってくる。一人はいかにも優等生然とした眼鏡の少年。もう一人はピンクブロンドの髪をサイドテールに結んだきつめの美少女だ。普段とは一味違ったイベントに教室がざわつく。そして深夜は……。
「(……なっ、あいつら!?)」
凍り付く深夜をよそに転校生は自己紹介をする。どうしてあいつらが。赤の他人か?そんな深夜の希望的観測はたやすく打ち砕かれた。
「旧八句から引っ越してきました風美土里 大吾です」
「同じく、旧八句から引っ越してきました梅ケ谷千尋。」
旧八句、間違いない。突然の事態に動くことができない深夜。そんな深夜を見たアイシャが心配そうに声をかける。深夜は項垂れたままこういった。
「あいつら、俺と同い年の剣呪使いだ。なんでこんなところにいるのかはしらないが」
その言葉にアイシャも凍り付く。もしかしたら、いやもしかしなくても逃亡者である深夜に追手が追い付いてしまったのだ。まったく喜べない再会にアイシャは嵐の予感を感じずにはいられなかった。