第二章-1 アイシャのムービートラップ
ところで深夜の偽りの兄妹であり、同時に陰陽師でもあるアイシャがいったいなんだって深夜を使って悪人退治をしようとしているのかというと、別に慈善事業を展開しているわけではない。れっきとした商売である。端的に言えば、アイシャは式神を使った情報収集能力と本人の類まれなる営業能力によって生計をたてる「情報屋」なのだ。
異能者が主に集中するのは旧八句のような地方に点在する集落であることが多い。とはいえ、人として生きる上の利便性や「表の」仕事の都合上都心部へ越してくることが多いのがこのころの世情だ。だが、そんなときに一つの問題が生じる。それは異能者の人口密度の低さゆえの情報獲得手段の不足だ。海外からの移住者が相互連絡を必要とするように、異能者の情報が必要なのだ。
しかし、異能者とは常に世をはばかる存在。故郷から離れてはそうやすやすと情報が手に入らない。そんなときにアイシャのような情報屋の需要が生まれるのだ。
それは深夜とて例外ではない。もちろん逃亡中に異能関係のトラブル対処で収入を得ていたこともあり、自分自身で依頼を受けることもあるがもっぱらアイシャが集めてきた依頼の中から優先的に請け負うことがもっぱらだ。
アイシャという情報通から受けた依頼だけに比較的依頼に関する…つまり妖怪や物の怪の類の事前情報が得やすく対処しやすい、つまり楽な依頼を得られる深夜のメリット。そして指名手配犯と言えど近年の異能者の中ではたぐいまれなる実戦特化型の剣呪使いである深夜を手駒として使えるアイシャのメリット。今のところはお互いのメリットがうまく絡み合って良好な「援助兄妹」の関係を築けている。
築けているのだが……
「(あんのクソ女っ!)」
次の日、素知らぬ顔で登校した深夜は学校中で駆け巡っている「情報」を知って内心憎々しげに悪態をついていた。
『山下公園で超能力者が戦っていたので隠し撮りしてみた』
深夜は目にしたのはネット上に投稿されたそんな動画だった。それが生徒たちの間でで流行し(バズって)ていたのだ。最初は無名の動画主の投稿だったらしいのだがその動画の余りにもリアルっぷりに話題に上がったらしい。そして山下公園から比較的近い位置に立地するこの界隈の高校では火が付いたように流行しているのだ。それはもちろん深夜とアイシャが通うここ、藤山記念高校でも同じだった。
もっともクラスメイトの反応は信じるもの、作り話だと思うもの多種多様だ。
「すげえ、まじで魔法ってあったんだな」
「どうせ作りだろーそういうアプリ流行ってんもんなー」
「いやまじでYoutubeみてみろ?絶対本物だぜ」
すっげーこれ絶対本物じゃねーかーいやいややっぱり作りもんだろー……
深夜はまだその動画を見てはいないものの、様々にとびかう感想の中で共通していることがただ一つあった。それは、「どっからどう見ても本物にしか見えない異能バトル」だということ。
「(そりゃ本当に異能で戦ってるんだから当然だろうよ……)」
ネッシー発見の第一報が新聞ではなくネット配信動画だったらこんな感じだったろうか、そんな刺激に飢えた心を束の間のオカルトで潤す生徒たちとは裏腹に深夜はため息を付くのだった。
「異能力バトル…ねぇ…」
正直心当たりしかない。その心当たりとは自分だ。
登校した深夜が教室に入るなり目にしたその動画は「日本刀を使う高校生ぐらいの少年が死神の装束を纏った敵と戦う動画」であったらしい……つまり昨日の深夜の動画だ。あれを目撃していたのは自分とアイシャと黒浦たち異能管理局の人間しかいない。
「ま、どうでもいいな。」
と口ではそういうと別に自分が写った動画が人気になってるのがうれしいわけじゃないんだぞと自分にも言い聞かせると、深夜は手元のスマートフォンに目を移す。そこにもやはり件の異能力バトル動画が流れていた。
「これが噂の異能バトル…」
正直なところ、異能者の深夜が見ても、本物と言われれば本物だともいえる。でもうーむ。これだと偽物だと言われれば偽物だと思ってしまう。顔も映らないようになっているし、肝心の技の応酬のシーンでは「惜しくも」ピントがずれてしまっているのでアイシャも絶妙なところで編集を入れたものだ。
しかし、見知った顔の闖入者が深夜の動画閲覧を邪魔した。
「おやおやぁ、深夜も例の超能力者の動画に夢中ですねぇ!」
馬鹿にするような声が聞こえるや否や、深夜の頭上から伸びてきた細腕がスマートフォンを奪っていった。深夜が振り返ると真後ろには嫌らしい笑みを浮かべるアイシャが立っていた。深夜の顔が嫌悪にゆがむ。
「アイシャ……どういうつもりだ」
深夜がそういうとアイシャは露骨に目を反らした。
「なんのことかしら」
「ふざけるなっ!お前ユーチューバーにでもなったつもりか」
深夜がひそひそ声でそう問い詰めるとアイシャはクツクツと笑った。
「よくわかってるじゃない……これもあたしの『小銭稼ぎ』よ」
そういうとアイシャは深夜から奪った端末の画面を動かして見せた。そこには『アシュリーのUMApedia』という動画のチャンネルが表示されていた。深夜は画面に目を走らせ素直に驚きの声を上げた。
「チャンネル登録者数……20万人!?」
ひとかどの動画主ではないか。
「ほらぁ、最近じゃ変わった動画を上げるとそれだけで話題になるでしょ?情報を異能者に売るだけだともったいないから最近じゃ『リアル系超能力動画』として配信してるわけ」
画面を流してみているとかつて深夜がアイシャの依頼で対峙したときの動画も上がっていた。もっとも怪物が地味だったせいでそこだけ再生回数が少ないが。「いいね」なんて一個しかついていない。
「なるほど……それで?お前は動画配信の広告費のために俺の仕事を邪魔するのか?」
「いーえ?」
深夜は怪訝な顔をする。そういうとアイシャはかぶりをふった。
「この動画は確実に『ピラニア』の目にも入るはず。これまで秘匿してきた異能バトルが白昼のもとにさらされそうになっていると知れば動かざるを得ないはずよ」
そこまで聞いてことの全容を察した深夜の顔が青ざめる。
「まさかお前……」
「そう、そのまさかよ」
そこまでいうとアイシャは肉食獣のような笑みを浮かべてこう言った。
「『ピラニア』は必ずここに乗り込んでくる。罠にかけるわよ」




