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剣呪のウルティマ  作者: くつかけ
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第一章-2 怨念の山下公園

時は経ち、夕方の山下公園。


「ねえ、これ本当に大丈夫なの?」


深夜の「バイト」の様子を見かねたアイシャが噴水の淵に座りながらけだるげに聞く。深夜は対峙するものを見て心中をあらわにこう漏らした。

「だ…ダメかもしんね…」

「なっさけないわねぇ」

アイシャの容赦ない言葉に深夜は何も返すことができない。


水の守護神像と呼ばれるモニュメントが祀られる噴水の前。深夜の「バイト」そして「異能バトル」の調査のために向かった場所だ。だが、公園の様相は横浜沿岸の有名観光地とはお世辞にも言えない状況に瀕していた。


「ニクイ…ニクイ…」


公園中に怨念の声が響き渡る。それは深夜とアイシャ、ではなくその二人の前に立ちはだかるもう「一人」から発せられていた。

「………ノロッテヤル!」

そこに現れたのはずぶ濡れの幽女。あたりに磯臭い水の臭いをまき散らしながらうめき声を上げ続ける。ぼろぼろの服、乱れる髪。遠目に見たらごみの塊にしか見えないだろう。それは何をするでもなく呪詛を吐き続けていた。

「生霊か…いや、肉体は健在…これは屍人か」 

深夜は脂汗を垂らしながら目の前に対峙する「モノ」を見定める。


そう。これが深夜の『バイト』、有体に言えば化け物退治であった。


東京、神奈川といった都市部は意外なことに超常現象の巣窟。人が多ければ、その生き血を求めて魑魅魍魎が寄り付く。そうでなくとも大量の人々の間に極稀に突然変異で異能者が生まれることもある。おのずと超常現象-つまり問題が発生することもあるのだ。


だがそんな超常現象にであった人々がこれに対処するとなるとそれは非常に骨が折れる。近隣を荒らす不良や家に湧く害虫とちがって自分では対処できない。餅は餅屋、超常現象ならば異能者に頼めばいいかというとそういうわけでもない。東京にも横浜にもそれぞれ、異能の名門がある。だが一回当たり数億円とも呼ばれる破格の依頼料金はおいそれと出せない。警察にも異能管理局という秘密部門があるがこれは大勢の人命にかかわらない限りめったに動かない。


そんなときこそ、深夜の出番なのだ。金はあまり出せない。しかし警察は動かない。そんなとき、そこそこの金で動くフットワークの軽い異能者。つまり深夜のようなお尋ね者にお鉢が回ってくるのだ。

で、今回の依頼。それは「山下公園の騒音問題解決」なのであった。そして…目の前で怨嗟の声をまき散らす怪物こそがその原因なのだ。


話は戻り、

「屍人?聞いたことないわね?」

アイシャが首をかしげる。深夜は目の前の幽女から目を離さずに答える。

「死にかけの人間、簡単に言えばゾンビだ」

「へえ、ゾンビなんて実在するのね」

「まあ、日本じゃ肉体が腐るからあまり見ないな」

「じゃ…さっさと始末すればいいんじゃない?」

だが深夜の表情はかわらなかった。

「いや…わからない!」

「はぁ?なんでよ」

アイシャが不満げに言う。言葉の裏に「さっさと私の要件に移りなさい」とでも言わんばかりだ。

「この事件に対応したのは俺が初めてじゃないんだ。先週、別の異能者がこいつを討伐している。だが、こいつはいまだにここにいるんだ」

「不死ってこと?」

「その可能性はある。そしてもう一つ、前任者の話だとこいつは『言葉を発していなかった』」

アイシャとて「一般人」ではない。その情報に徐々にこの問題の深刻さが伝わっていく。通常、魑魅魍魎の類は成長することができない。なぜならばそれぞれが完成した存在だからだ。だが、ときに例外は存在する。例えば…

「生きた人間を基にした怪異、なんてのは成長することがある」

「つまりこいつってことね…」

成長する怪物、それは虫のような存在でも脅威だ。放っておけば天災にもなりうる。

「下手に刺激を与えれば成長を促進する可能性すらあるぞ…」

だが気遣いをよそにその進化は今なお進んでいた。


「ゆ…う…くん…」


ふだんなら聞き逃すようなうめき声に二人の間に衝撃が走る。

「『ゆうくん』って…今、名前を呼んだ?」

「ああ…まずいな。知性がついてきている。」

名前を呼ぶ行為、それは怪異が意図を持った証拠である。意図があれば、ただそこに存在するだけだったものが明確な悪意となって危害を及ぼすのだ。そうすれば、これはただの騒音問題とは一線を画するものになるだろう。業を煮やしたアイシャがどこからともかく呪符を取り出す。出すや否や呪符に妖気がまとわりつく。

「ったく、一先ずここは叩き潰すわよ!後片付けはほかのだれかに任せなさい!」

だが深夜はそれを力づくで押しとどめた。

「やめろ!」

「なにすんのよ!」

深夜はそのままアイシャととどめる。

「なんか…いい案あるんでしょうね…」

深夜はうなずいた。

「ああ、恨みがあってこの世に生き残ってるんだ。やるべきことは一つだろ」

「それって…」

何かに気づいたアイシャをよそに深夜は屍人の女に近づいていく。そして、ぎりぎりのところまで近づいた深夜はこういった。


「俺が…お前の無念を晴らしてやるよ」

「…!」

その瞬間、幽女がびくりとした。それを見たアイシャが慌てる。

「あんた何言ってんの!?死者との約束なんて解除不能の呪いも同然よ!」

だが深夜はそれを手で制した。

「わかってる…でもアイシャ、こいつはこれまでも何度も異能者に殺されてきたはずんだんだ。それでもこうやって必至でよみがえり続けてる…俺は化け物だからって無下に殺したくないんだ。」

その言葉にアイシャは押し黙ってしまう。深夜は突然沈黙した幽女に向き直った。

「その『ゆうくん』ってやつ、お前の恋人かなんかだろ」

「……」

ずぶ濡れの幽女は無言のまま何も言わない。だが、それを肯定と受け取った深夜はそのまま畳みかける。

「その…恋とか愛とか詳しくないんだけどさ、そんな姿になってまで生きてるんだ。さぞかし恨みがあるんだろ」

「…」

果たしても無言の屍人に深夜は近づく。「ちょっと!」とアイシャが警告するが深夜は「大丈夫だ」と声だけで返事をするとそのまま屍人を抱き留めた。死臭を気にもせず、体をこわばらせる屍人を深夜は強く抱きしめる。

「……!?」

「まあ、復讐なんて面倒なことは俺にまかせろって。さっさと成仏しなって」

そう深夜が言うと、一瞬屍人の体が緩む。そして屍人は耳元でささやいた。


「じゃ、その言葉…信じるよ?」


瞬間巨大な水しぶきが二人を襲った。

「そんな…」

アイシャが驚愕する。そこにいたのは…深夜に抱き留められていたのは屍人ではなく一人の美女だったのだ。すれ違えばだれもが振り返るような和風美人。髪は乱れ、服はぼろぼろだが、その魅力は健在だ。

「え、マジで!?」

女性免疫のない深夜が慌てふためく。だが、幽女はそんな深夜を気にも留めず徐々に消えていく。

「言っておくけど…約束、果たさなかったら呪い殺すぞ?」

最後に、いたずらっぽくそう残すと、気が付くと影も形もなくなり、そこには大きな水たまりがあるだけだった。


二人はそれを暫くぼうっと眺めていたが、徐々に口を開く。

「大丈夫なの?」

「ああ、今回の依頼は『山下公園の騒音問題解決』。あいつを殺すことじゃない。」

深夜はほっと溜息をついた。本当に解決したかどうかはわからない。しかし、これでしばらくは問題は起きないだろう。あとは…

「『ゆうくん』探すしかないよなぁ…」

屍人の恨みを晴らすだけだ。アイシャが口をとがらせる。

「いっておくけど…」

深夜は苦笑を浮かべながらアイシャの肩をたたく。

「『異能バトル』の調査だろ?忘れてないって」

「ちょっと!そうじゃないって…」

だが、なおも不満げなアイシャの言葉は無遠慮な介入者によって差えぎられた。


「今日の『挑戦者』は二人組ですかぁ?」


不死路から響いたその軽薄な掛け声とともに風の刃が二人を襲う。

「「!?」」

間一髪で避けたアイシャと深夜が振り返るとそこにいたのは…


「死神!?」


その姿をみた深夜の口から自然と漏れる名称。フード付きの外套に身をつつみ、身の丈より大きな鎌を抱えるその姿は正に死神というほかない。

「さっき、『挑戦者』とかなんとか言ってたけどあれって…」

「多分あなたの思っているとおりよ…バトルなんだから『プレイヤー』ってとこかしら…」

アイシャは先ほどまでとは打って変わって楽しそうに答える。深夜はため息を付いた。どうやら「異能バトル」の調査対象は自分のほうからのこのこやってきてくれたようだった。


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