プロローグ1-13 炎舞繚乱
神と少年の戦いは思いのほか拮抗していた。
偽哀歌が宙を舞いながら呪刀をふるう。剣呪を纏った刀身から火柱が上がり、刀の軌道に沿って地面を薙ぎ払う。一瞬遅れて地面がめくれ上がる。一瞬で、一帯が戦車に蹂躙されたかのような惨状を呈する。
「くっ、すげえ…」
爆発に巻き込まれた深夜が感嘆と苦悶に歪む…が、深夜は意外なことにほぼ無傷だった。
「ちょこまかとうざったいわねぇ!」
地面に降り立った偽哀歌が憤りながら再び刀を振るう。今度は剣先から5m大の火の玉だ。剣先から生まれ、唸りを上げながら深夜に襲い掛かる。寸分たがわず標的に向かって直進する火の玉。
「うっ、ぐっ!」
しかし、見切った深夜は態勢を前かがみにするだけで苦も無く避けてしまう。
「…なかなかやるのねぇ」
一通り、術を出し切った偽哀歌がいったん呪力を抑え、無傷の深夜を称賛する。
「このちんけな里で会った異能者たちの中で、一番長く生き残っているわよ?」
「そりゃ、どうも…」
戦いが始まって早数分、偽哀歌は深夜を屠れずにいた。火の剣も、光線も、火の玉も深夜は悉く避けてしまう。
「いったいどんな術を使ったら、小虫のように逃げ回れるのかしらねぇ…」
深夜は肩をすくめる。
「別に?なんの技も使ってないけどね。お前、なんか思い上がってんじゃないの?」
「な、なんですって!?」
思いもよらぬ深夜の挑発に偽哀歌が激高する。しかし、深夜のいうことは本当だ。確かに難なくよけられてしまうのだ。だがそれは深夜の能力、素質といったものとは全くの無関係だった。
「こんな頭ごなしの攻撃、当たるほうがムズイっての…」
そう、偽哀歌の繰り出す剣呪は強力だ。しかし、それ以上の何者でもない。
「馬鹿の一つ覚えみたいに火の玉とかボンボン出しやがって。」
「あなたを殺すのにはそれで十分だと思うけど」
「まあね、だけど当たらないと意味ないでしょ?」
「その内当たるでしょうねぇ。あなたが火だるまになるのも時間の問題よ?」
そういって怒りを取り繕う偽哀歌を深夜は嘲笑する。
「どうだろねぇ。っていうか、まだその体に慣れていないでしょ?」
「…それが、何か問題かしら…」
口ではそういう偽哀歌も深夜の言わんとしていることを心では理解していた。
哀歌を手に入れてからまださほど時間が立っていない偽哀歌はまだ肉体と魂が「馴染んでいない」のだ。
「まだ哀歌の体をものにできていないでしょ。いくら器が天才だからって、そんなんじゃ力使い果たしちゃうよ」
偽哀歌の繰り出す剣呪は強い。それこそ異能の小隊程度なら片手間でも一掃できるだろう。だが、それは多数を相手にした場合だ。たった一人の敵を倒すのに必要なのは精密さ。どんな高威力な攻撃も当たらなければどうということはない。
「(おそらく…まだ哀歌の本当の力を知らないはず。ただの火の異能だと思っていてくれれば…)」
現状、深夜は一撃も哀歌に攻撃を与えていない。少しでも近づけば攻撃を避けることができなくなるからだ。しかし、偽哀歌が呪力を使い呪力を使い果たせば状況は打開される。そしてその瞬間は刻一刻と近づいていた。
「いい加減、くたばりなさい…百禍日!これで終わらせなさいっ!」
痺れを切らした哀歌が深夜を切り刻まんと呪剣に号令を下す。刀から湧き出る炎が大蛇ののにしなりあたりを薙ぎ払わんとする。
「さあ…これで逃げられないでしょう?」
炎の鞭を振りかざす哀歌。しかし、深夜は避けようともしない。偽哀歌はその様子に満足げな表情を浮かべる。
「やっとあきらめたのね…さぁ!これで終わらせてあげる!」
ついに炎の鞭が振り下ろされる。
チェーンソーのような金切り声を上げながら炎の刃がどんどん深夜に迫ってくる。そしてついに頭から一刀両断にしようとしたその瞬間だ。
炎の鞭がブスリと音を立てて立ち消えた。