プロローグ1-12 魅力的な提案・悲劇的な決断
「魅力的な提案だと思わない?」
「…な、なにがだよ?」
「だって新しい私を受け入れてしまった方が楽よ?」
戸惑う深夜と対照的に偽哀歌は楽しげだ。「私を受け入れれば、」と両手を広げまるで演説するかのように語り掛ける。
「せっかく勇気を出して告白したんだし、このまま恋人になってあげる。」
「えっ!?」
「好きなんでしょ?なんなら夜は慰めてあげてもよいわよ?」
「い、慰めって何言ってんだよ!」
羞恥心で深夜の声が裏返る。
「あら?そういうのはまだ早かったかしら?」
「いや別にぃ!?全然慣れっこですけど!」
「そう?じゃあいいじゃない。恋人になっちゃいましょ?手始めにここで抱かせてあげる」
「ばっ、別にそんなことしなくたって恋人にはなれんだろ!」
慌てる深夜。しかし頭の冷静な部分でその話の正しさを悟っていた。哀歌は深夜に畳みかける。
「それに何よりもあなたの愛した哀歌はもうどこにもいないのよ。」
「っ!」
深夜の胸に現実が深く突き刺さる。もしこれまで話してきたこと通りならば、すでに深夜が知っている哀歌はすでに消滅してしまっている。この世にはいないのだ。
「あなたが欲しいものを半分でも手に入れて幸せになるか、それともすべてを失って命まで失うか。どちらを選ぶかはあなたが決めて頂戴」
そう、偽哀歌の言うことはもっともだ。相手は過去に神とまで言われた異能力者。まともに戦っては万に一つも生き残れる保証はないのだから。だがしかし…
「やっぱり受け入れられないよ」
「なんですって!?」
予想外の回答に偽哀歌がうろたえる。
「あなた…死にたいわけ?」
「…ぜんぜん?」
「じゃあなんでよ!?こっちは折角生かしてあげましょうって言ってんのよ?」
その選択は間違いなく非合理的だ。圧倒的な異能の暴力で人々を屈服してきた偽哀歌、いや名もなき旧き神にはその思考が理解できない。
「でもさ、やっぱり哀歌のことが好きなんだ」
「だからっ!もうあなたの知っている哀歌はもういないって―」
「違う!」
深夜の叫び声に偽哀歌はビクリと言葉を止める。
「それでも…哀歌を奪った奴なんかを好きにはなれねえよ」
「なによ…結局ヤケを起こしてるだけじゃない」
深夜が意思を翻すことはなさそうだ。偽哀歌はため息をつく。ならばやることは一つ。少年を殺す。己は神、不信心者には血をもって償わせるのだ。
「そう…結局受け入れてはもらえないのね…」
一瞬、偽哀歌が悲し気に呟いた。幸運なことにその言葉は深夜までは届かなかったようだ。偽哀歌はまたすぐに元の余裕の表情を取り繕う。
「あなたのこと、私自身も結構気に入っていたのよ?」
そういうと哀歌は呪刀百禍日を右手で構えた。そのまま大リーガーのバッターのように深夜に向かって突き出す。
「眷属にしてやろうと思ってたの。出世のチャンスを逃しちゃったわね」
再び刀が輝き始める。その光は先ほどのものよりも強く、毒々しく赤熱している。哀歌の肉体から注がれる剣呪の力と、神にも喩えられた古き異能の力が融合し莫大なエネルギーが迸るのだ。対する深夜もなお戦意がみなぎっていく。
「それは残念」
そう言ってにやりと顔を歪める。そうやって恐怖で崩れそうな顔をなんとか押さえていた。
「こっちは哀歌一筋なんでね。」
そこまで言うと深夜もまた刀を構えなおす。
もう、後戻りはできない。




