プロローグ1-1 虐殺の姫君と剣呪
少年は愛を告げた。目の前の少女に、盛大に。有体に言うと告白という。
「俺はお前のことが、」
全身全霊を込めて、
「好きだぁぁぁぁ!!!」
その声があたり一面に広がると共に、二人の時が止まる。
「あんた何言ってんの!?」
告白を受けた少女の顔面が一気に沸騰した。
「お、聞こえなかったなか、ならもう一度いうけど」
「もう十分よ!」
何のことはない、まったくもって青春らしい。
まあ、二人が殺し合いをするという場でなければだが。
ともあれこの状況を理解するにはすこし言葉が足りないだろう。そのためには少し話を遡らなければならない。
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剣を以って超常の力を生み出す異能「剣呪」の使い手、秋嶋哀歌は黒セーラー服が好きだ。どんなに返り血を浴びても汚れが目立たないという理由で。
「斬り足りない…もっと殺したい…」
恐らく中学生だろうか。指定の黒セーラーを身にまとったその少女は何かに思い焦がれるように切なげな表情で、おぼつかない足取りで歩いている。どこへともなくふらふらと歩いているようだが、獲物を追い求める確固たる意志、妄執ともいえるような情念が体からあふれていた。
地獄、というものがこの世にあったなら、それは正に今そこにあるものを指すのであろう。ここは旧八句村。世間一般では関東郊外の農村。そしてその正体は日本有数の「異能者」によって構成される集落だ。その力はたとえ銃火器などで武装しなくとも旧八句を事実上の治外法権にするほどの……つまり日本政府では太刀打ちできないほどの武力をあたえていた。
だが、郊外の田園風景が今では凄惨な殺戮の餌食となっていた。道のあちらこちらには無残に切り刻まれた骸が折り重なっており、そしていたるところで火の手が上がっている。さながら悪霊の軍勢が通り過ぎたかのようなありさまだ。
そんな阿鼻叫喚の地獄のなか、まるで放課後に遊んだ学友たちと別れるかのように。
少女は死体に手を振る。
「ごきげんよう。少しだけ楽しかったわ。」
そうつぶやくと残忍な笑みを浮かべて目の前に右手を差し出た。するとどこからともなく豪奢な鞘に収まった太刀が現れ、哀歌の手元に収まる。
「灰燼に塵れ…百禍日!」
そう哀歌が「剣呪」の詠唱を刻むとまるでその声に呼応するかのように刀身が赤熱する。その熱は光となり、鞘がまるでないかのように太刀を輝かせた。異能のために鍛え上げられた霊鋼に少女の呪力が流れ込み、「剣呪」が発動しようとしているのだ。
「こんなんで十分かしら」
太刀に流れる呪力を確認すると無造作に抜き放つ。すると燃え上がった。刀ではなく、あたり一面のすべてがである。切り刻まれた死骸が、周囲の家屋が、そして地面すらもまるでそれ自身が可燃性を持った物質であるかのように轟轟と燃え盛る。すべてが燃えきるのに30秒とはかからなかった。
「いかがだったからしら、この世で最後に味わうあたしの剣呪は」
試し切りにもならないかも。心の奥ではそうおもいつつ、己の「剣呪」の威力をひとしきり楽しみ終わった哀歌は自分が殺め、塵に返した者たちには興味を無くしその場を立ち去った。
次の獲物を見つけるまではさして時間は要さなかった。
「次はどんな人を切れるかしら…女のは手ごたえがないから、男の人を切りたいわ…」
そう呟きながら進む哀歌の前に、図ったかのように望み通りの獲物が現れる。
「暴走個体を発見っ、総員戦闘態勢に移れ!!」
統率のとれた動きでおびただしい数の重装備の警察官達が哀歌を取り囲む。彼らの奇妙なのはその武装だ。ホルスターと警棒をもっているはずの彼らは、哀歌と同じ日本刀や戦斧、呪符など、独自の武装をしている。そしてその誰もが魔力を帯びてそのオーラを陽炎のように揺らめかせていた。それもそのはず、彼らは警察庁超常現象管理局。異能使いで構成される公安部隊だ。
「来たわね、管理局」
取り囲まれたのにもかかわらず哀歌は期待のまなざしを向ける。
「いいかお前ら!こいつは第4種異能者に認定された。油断するな!」
隊長と思しき中年男性が告げる事実に隊員たちに衝撃が走る。近くに控えていた若手隊員が思わず聞き返した。
「第4種?自然災害レベルの暴走じゃないですか…まだ子供ですよ隊長!」
「理由はわからん!」
隊長自身、このイレギュラーに対応しきれていなかった。かつて宮内庁の陰陽師やGHQのサイキッカーが殲滅しようと束になってかかっても歯が立たなかった関東有数の異能力者の里。それが一夜で壊滅。犯人と思しき対象はたったの一名。しかも中学生の少女だ。
「だがお前たちもここまで来る途中に被害を見ただろう…そういうことだ!」
「り、了解…」
超常現象管理局の警察たちが、じりじりと哀歌との距離を詰めていく。すでに隊員たちはいつでも異能の力を放てるように術式を完成させている。
「おとなしく投降しろ、貴様に逃げ場はない」
隊長が拳銃を構えつつ警告するが、哀歌は笑って切り捨てる。
「もちろん。逃げるつもりなんかないもの。精々楽しませてちょうだい」
「後悔しても知らんぞ」
これが最後通牒だとばかりに隊長が殺気立つ。
「もはや言葉は通じないようだな…お前らやるぞ!」
そう叫ぶや否や、隊員たちもつられて殺気立ち、身にまとう魔力が一気に増幅する。剣呪を発動しようとする気配すらない。哀歌のほうと言えば刀は抜いたものの、まともに
「秋嶋哀歌、殺人罪でお前を逮捕する、総員突撃ぃ!」
猛々しき号令と共に隊員たちの異能が咆哮を上げた。




