新入社員は悪魔?天使?
「こいつでどうだぁぁあああああ!」
『ふんっ!』
「あああああああ!!」
「叫ぶくらいならもっと働くです」
「イケメン、ぐふ、ぐふふぅ」
「もう実家に帰らしてもらいます!」
勇者襲撃から数日、アイテムの在庫は一週間徹夜することで何とか元に戻した。その過程で社チョーが逃亡するなど事件はあったものの、無事乗り切ることができた。それでも忙しいことには変わりなく、栄養ドリンクと医務室の扉を叩く日々が続いている。唯一の救いといえば、勇者は週一にしか来ないことだ。本音を言えば、もう金輪際来ないでほしい。ほんと切実に。
「というわけでお仕事の時間だ。おら、馬車馬のように働け」
「......あい」
「じゃあ、これがお前の分な。終わるまで飯はないからな?」
積み重なった書類。昼時まで残り3時間弱。慈悲はない。
「あ、ほ、本当に私だけで......?」
「......」
「えっと、え?」
「働け」
「ふぁい」
涙目で仕事に向き合う。うん、素晴らしい光景だ。今回は縄じゃなく鎖を巻き付け、南京錠を5つも付けた。絶対に抜けだせないはずだ。
客観的に見れば無理矢理仕事を押し付ける嫌な奴だろうが、元々こいつがサボったのが悪い。よってこれは罰であり矯正なのだ。よって俺は悪くない。というか、俺だってその倍くらいやらないといけないのだ、一々慈悲など与えてられん。
『連絡です。全社員に通達します。至急食堂に集まってください。もう一度繰り返します―――』
全員が手を止めず、耳を傾ける。また社チョーの変な思いつきかと思うが、そのことに関しては先日本気で叱ったはずだし、何やら重大なことがあるのは間違いないと思う。そう決断した俺は机からメガホンを取り出す。
「全員手を止めて、食堂に集合だ。...何?今やめると徹夜?じゃあ徹夜フィバーだ。今更一日くらい大丈夫だ。...よし納得したな、行くぞ」
式神達がぞろぞろと食堂に向かって歩みを始める。中には走り出す奴もいる。まだまだ元気があるみたいだし後で更に働いてもらおう。そう思いながら目線を式神達から天使へと向ける。
天使は 目を 輝かせた
天使の 目が 死んだ
「じゃあ、俺たちも行くか」
「ねえ待って、待てよ」
「何だよ?早く行かないと怒られるだろうが」
「じゃあ、この鎖取れよ」
手に持った鎖をしっかりと握る。その先を辿ると天使が鎖で簀巻きにしてある。もっと細かく言えば、肩から膝あたりまできつく縛ってある。つまり、天使が歩くには膝下からしか動かせないということだ。勿論、そのままだと遅れるが、考えていないわけではない。
「その羽は飾りか?」
パタパタと動く白く輝く羽。天使なのだし、飛ぶ位出来るだろう。
「いや、出来ないことはないけど......」
「じゃあ、やれよ。早くしないと、面倒だなことになるぞ」
「......分かった。―――というか鎖外せばいい話なのに」
ぶつくさ文句を言いながら羽を大きく動かす。すると、徐々に羽の動きが一定になり、空中に浮いたまま停止する。
「おお、初めて見たが結構すごいな」
「どやぁ」
「よしじゃあ、行くか」
「あ、いやちょ、ちょっと待って欲しいなぁ、何て」
慌てて呼び止める天使。先程のドヤ顔から打って変わって焦りが浮かんでいる。
「何だよ、もう時間ねえぞ」
「私、浮くだけで動けない」
「それを先に言え!」
◇■◇■◇
結局、ただ浮いてる天使を鎖で引っ張りながら食堂まで走ることになった。
「もうっ、遅いわよ~天使ちゃん、部長君」
「はぁ、ぜぁ、す、すいません」
「ハーイ、すいませーん」
式神がザワザワ騒いでいるが、社チョーの一睨みならぬ、一笑みで黙らせた。勿論俺も天使も無意識に背を伸ばしていた。
「え~と、皆忙しい中ごめんなさいね~。今日は一つ報告があるの」
「報告だって、何か聞いてる?」
「いや、俺は聞いてないぞ」
「はい、そこ~。内緒話はダメよ?」
地獄耳か。俺と天使が居るのは後ろの方だぞ。物理的に聞こえないはずなんだが。
この会社で俺が知らないことはほとんど無いと言っても過言ではない。大体社チョーと天使が仕事をやらなさすぎるのだ。つまり、その俺が知らないということは、今回の件は社チョーの思いつきということ。ただ、それが何時もと違いまともなのが気に掛かる。
「社チョー、報告って何ですかー?」
我慢出来なかったのか気になっていたことを、直接聞く式神。その問いに社チョーはうふふ、と笑って、
「良い報告と悪い報告、どちらから聞きたい?」
「良い報告ー」
「バッカおめえ、悪い方からに決まってるだろ」
「私は、私はッ!」
何故うちの式神はこうも全力なんだろう。この後徹夜なの分ってるのか?
大まかに見て、良い方から聞きたい式神が多く、個人的には早く言ってくれという意を込めて社チョーを見る。すると社ショーは、
「まあ、そんなのないんだけれどね」
とあっけらかんと言った。あんなんでも上司なので口には出さないが、素直にうざいとこの場全員が思った。
「ん~、えっとね~報告は―――」
このマジか、みたいな空気を感じたで上でなお突き進みその姿に感銘を受けたとかどうとか。
「え~このたび!新たな社員をわが社に配属することにしました~。はくしゅ~」
パチパチと静まり返った食堂に反響する。誰もが固まっている。かくゆう俺もそうだ。
一拍。
「いいいいやっふううううううう!」
「うぁぁぁぁぁああああああんん!」
「夢じゃ、夢じゃないんだね!」
「うへへえふへへへえええいいい!」
まさに狂喜乱舞。ある者は泣き、ある者は叫び、ある者は抱き合い、ある者は気絶した。
社員が増える。ということはつまり、休みが出来る!何度徹夜しただろう。何度気絶しかけただろう。何度医務室に運ばれただろう。だが、決して無駄ではなかったのだ。全てはそう、今日この日のために!
「俺は今まで社チョーのことをろくでなしのオタクニートだと思っていましたが、やるときはやる人だと信じていました!」
「え、そんな風に思われてたの私!?」
「私も概ね同じ気持ちです」
「天使ちゃんまで!?」
ガーンとショックを受けたようなリアクションをする社チョー。
「ほら、早く新しい天使を創ってくださいよ」
俺達が期待の目で見ると、社チョーは、
「うふふ、今回は一味違うのよ」
と、妖しく笑った。
『いや、そんなのいいから早くしろ』
と、全員が言った。
◇■◇■◇
「この書類お願い~」
「はわわ、ちょ、ちょっと待ってくださーい!」
「この書類の説明求」
「これはその、え~っと、えっと~」
「あ、そこワックスかけてるから気を付け―――」
「ふわぁ!」
「遅かったか」
「焼きそばパン、はよ」
「お前が行け、アホ」
新たに出来た新人がせっせと働いている中、パシらせようとした天使を叩く。そしたら恨みがましく睨んできた。
「私、先輩。あの子、後輩。つまり私の命令は絶対かつ最優先事項だから何の問題もない」
「あの子の方がお前より働いてるじゃねえか。あのな、こいつの言うことは基本聞かなくていいからな―――悪魔ちゃん」
悪魔。そう、新たな新入社員とは悪魔だった。
頭に小さな真っ黒い角が生え、背中で蝙蝠のような羽が小さく羽ばたいている。しかも優しい性格で欠点と言えばドジッ娘なだけで悪魔らしい要素はほとんどない。
神様が悪魔を創りだしていいのかと思ったが、元々悪魔は天使が堕ちた堕天使だという説もあるので問題ないのだとか。
まあ、重要なのは真面目に仕事をしているという点だ。どこぞの天使とは真反対の存在だ。それでも新人のため、天使が教育係になった。そのことに俺は勿論、天使も社チョーに抗議したが、却下された。ちなみに俺は天使を見本にさせないため、天使は単に面倒だったからだ。
そしてもう一集団、天使が式神を創れるのだから悪魔ちゃんが式神を創れないわけがない。ということで創り出された悪魔ちゃんの式神達。通称黒式神。人手が増えたことは喜ばしいのだが、黒式神達は悪魔ちゃんが創ったところで白式神達(天使が創った式神)と同じだった。式神はどうあがいても変わらないらしい。
「い、いえ!私は皆さんのお役に立つためならば何でもしますから!」
「じゃあ、焼きそばパンな」
「やっぱ、お前ら種族逆だろ」
とまあ、悪魔ちゃんは何だかんだで此処に馴染んでいた。
◇■◇■◇
「先輩ッ!ちゃんと仕事してください!」
「......後輩は先輩に命令してはいけない。罰として私の書類やっといて」
「そんな罰ありません!部長さんが言ってましたよ。『あいつは適当なこというから無視しろ』って!」
「......チッ、余計な事を」
「ほら、早くやってください!」
「いい?やる気がない人が仕事をしても、その仕事に失礼だと思う。だからやる気がある人が仕事をした方がいいんだよ」
「な、なるほど......って言い訳しないでやってください!たったこれだけじゃないですか!」
「これだけってそれ100枚はあるじゃん」
「はい!これならお昼ご飯まで間に合います!」
「じゃあ、頑張れ」
「はい!......先輩もやるんです!もうっ!」
「......そっちの方が量が少ない。交換してあげる」
「ええ!私のはちゃんとお仕事していたからです!そんなケーキを切った時こっちの方が大きいから、みたいなこと言わないでください」
「後輩は先輩の言うことを聞くべし」
「部長さんの言葉を聞いているから問題ありません!」
「私から後輩を奪うつもりか......小癪な」
「小癪な、じゃありません!仕事してください!」
ワーキャーワーキャー。
とそれを遠巻きに見ていた俺と社チョー。天使と悪魔ちゃんが上手くやっていけるか見ているだけで、決して監視ではない。
「あれ、本当に種族間違えてません?」
「い~え、あってるわよ。う~ん、そうねぇ、例えばの話なんだけれど漫画とかで、大金を拾った時に現れる天使と悪魔」
「あ~、ありますねそういう話。天使は持ち主に返すべき、悪魔は自分の物にするべし、とか言うやつですよね」
「そうそう。天使ちゃんはちゃんとしようとするけど、悪魔ちゃんは楽をしようとする話ね」
「だったら、尚更天使なんか悪魔側じゃないですか」
よくサボるし、仕事を押し付ける。まさに怠惰の化身のような天使だ。
「まあ、見方が違うだけであの子達は真正の天使と悪魔よ」
見方が違うと言われても中々ピンとこない。
「その話だと、天使ちゃんは厳しいじゃない?その人のためを思っても、本人からすればまさに悪魔よ。だって常に厳しいもの」
「じゃあ、逆に悪魔はためにならないけど、自分に優しいから天使だと言うんですか?」
「まあ、人それぞれよね。でもやっぱりあの子達は天使で悪魔なのよ」
「どういう意味ですか?」
社チョーはうふふと笑うだけで何も言わなかった。
「見ていれば分かるわよ」
◇■◇■◇
「もう!全然終わらないじゃないですかぁ~!」
「しょーがない。もう休もう」
「そう言う先輩全然やってないじゃないですか!」
「何を言う。ちゃんとやった......8枚くらい」
「10分の1も終わってないですよ、それ!」
「最近の若者はすぐ叫ぶ。これだから飲めないコーヒーを零す」
「い、今そんなこと関係ないじゃないですか!」
「大丈夫、コーヒーくらい飲めなくても。私は飲めるけど」
「もう!もう!......あれ?」
「ふぐぅるぁ!」
その時、振り回した腕が偶々通りかかったセクハラに当たり、吹き飛んだセクハラが天使の書類の山に突っ込み、舞い散る書類の中天使がセクハラを掴み投げ飛ばし、他の部署でも様々なハプニングを巻き起こした。
色々と省略するが、悪魔が腕を振り回しただけで社内はとんでもないことになった。元凶である悪魔はもう涙でパニックに陥った。
「悪魔ちゃんは確かに悪魔らしくないけれど、やっぱり本質は悪なのよ。今みたいに無自覚だけど悪意を振り撒いちゃうところとかね」
「いや、あれは悪意とかじゃなくて不運とかじゃ......とか言ってる場合じゃないですよ!止めてきます!」
「頑張ってね~。あ、部長ちゃん。天使ちゃんもやっぱり天使なのよ、分ってあげてね」
「ええ、よく分かりませんが、一応」
慌てふためく社内を何とかすべく、走りだす部長の背を見てようやく社チョーが立ち上がった。
「さて、ゲームしましょ」
仕事しろ。
もし此処に部長が居ればそう言ったのは確実である。
◇■◇■◇
「で、書類は出来たのか?」
「ん、問題ない。悪魔に罰としてやらせた!」
「お前ぇ!」
結局、新人が増えたところで変わりはなかった。寧ろ悪化した節もある。