シアテクス:1章・聖女と嫌われ統治者 ①
『怖いよパパ、ママ! 真っ暗で何も見えない!!』
誰もが寝静まる真夜中、ふと目を覚ました私は両親が居なくなっていると気がつく。
書き置きも無く家を出て、必死に走り回る。
森は月明かりすら木々に遮られ、闇にのまれている。
『痛い!』
木の根に足を引っ掛け、そのまま倒れて膝を擦りむく。
『うわあああ!!』
『どうしたの?』
優しい声がして、私は泣くのを止めて姿を見る。
暗がりで顔はわからないが、シルエットは短い髪の少年だった。
『あのね、パパとママがいないの。いま流行りの捨てられたってことなの?』
幼いながらに周辺国の戦で中立の公子は貧困化が進んでいたから自分もそうなのだと思った。
『そんな素振りはあったの?』
『ううん、いつもみたいにパパもママも頬やおでこにキスをしておやすみなさいしたの』
少年は“そうなんだ”と呟いた後に沈黙する。
『きっと君を捨てたんじゃなくて、悪い人に拐われたんじゃないかな?』
『悪い人?』
少年は公国にはタヌキと呼ばれる東国から来た男がいると教えてくれた。
『あ、タヌキさんは東国にしか居ないってパパに聞いたことがあるわ!』
『そのタヌキじゃないけどね』
意味はわからなかったけれど、少年は私の足を手当てして一緒に家へ帰る道を探してくれた。
『またねお兄ちゃん』
『……できれば、もう僕には会わないほうがいいよ』
理由はわからなかったけれど、家に帰れて嬉しかったから気にせずに別れた。
■
『今宵のシアテクスはこれにて終幕――』
戦において疲弊する公国、それを支えるのは民。
だから教会は半年に一度、無償の演劇を開いて民を癒している。
「それでは皆さま、良い夢を――」
私は公国の女戦士であり、国民の多数が支持する教会に生まれた時からお世話になっている。
「教会のシアテクスは何十年ぶりだろう……」
帰り際の老夫婦が感想を言いあっている様子がうかがえる。
「さすがは数百年に一度現れるか否かの演者、激情の聖女ね」
演じている間はヒロインへの感情移入が凄いからと周りがそう呼んでいる。
自覚がないので、過大に褒められるのは照れるというか、私には勿体ない。




