表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第四話

 大きな雷が城に落ちた後、急に城の中は慌ただしくなった。部屋に閉じ込められたガヌメデスでも、その騒然とした雰囲気を感じ取ることができるほどだ。ガヌメデスはすぐに、ウラニアに何かあったのだとわかった。窓に寄って外を覗けば、先ほどまで鳴り響いていた雷も、窓を叩き割らんばかりの豪雨も、今はもうすっかり止んでいる。静かすぎて、不気味なほどだ。

 「おい、何をしている」

 突然声をかけられ、ガヌメデスは振り向いた。国王直属の護衛の者が、数人、部屋の中へ入ってきていた。ガヌメデスは身構えたが、彼らは危害を加える様子もない。一番前にいた者が手で合図をして、ガヌメデスに、ついて来るようにと言った。



 国王は、自分の術が成功したことを確信した。人を呼び、今はもう亡骸となったエラトの身体を、ベッドごと部屋から出させる。遺体もベッドも燃やして処分するよう伝えると、足元に倒れたウラニアの身体を国王自ら抱え上げた。

 「エラト……また、私のために力を使っておくれ…」

 呟きながら、国王はウラニアの身体を抱きしめ、その額に軽く口づけた。そのままウラニアの身体を別室へ運び、そこにあったベッドに横たえると、自分はその傍のソファに腰かけた。


 この部屋は、エラトのために用意していた部屋だ。今までは身体も弱く、儀式の部屋で養生していたが、彼女はもう健康な身体を手に入れた。漸く、この部屋が使われることになるのだ。国王が感慨にふけっていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 「入れ」

 国王が告げると、扉が開いた。姿を現したのは、ガヌメデスだった。ガヌメデスが部屋に入ると、すぐ後ろで扉は閉じられた。扉の向こうで、護衛の者が遠ざかる音が聞こえる。

 ガヌメデスは部屋に入ってから、ずっと国王から視線を逸らさなかったが、ふと見たベッドの上に、静かに眠るウラニアの姿を見つけ、一瞬で顔が青ざめた。

 「ウラニア!」

 ガヌメデスが叫ぶと、穏やかな表情だった国王が眉をひそめた。

 「やめなさい、大きな衝撃を受けたのだ。少し休ませてやるといい」

 「ウラニアに何をされたのです」

 国王に向きなおると、ガヌメデスは声を潜めて言った。言葉では国王に敬意を払っていたが、その顔は厳しい。国王は口の端を上げて、ガヌメデスに座るように促した。ガヌメデスは素直に従い、国王の向かいに座った。

 静かな部屋に、ウラニアの寝息が小さく響く。その響きに、ガヌメデスは少し胸を撫で下ろしていた。どうやら、ウラニアの命は無事だったようだ。安堵し落ち着きを取り戻したガヌメデスを見て、国王は口を開いた。

 「先ほど、城に雷が落ちた。随分と、ウラニアの近くに落ちたのだ。そのせいで、意識を失ったようだ」

 「まさか先ほどの雷が……彼女は、無事なのですか」

 「ひとまずは、大丈夫だそうだ。ただ、脳に何らかの障害が残るかもしれない」

 医者がそう言っていた、と国王は続けた。ガヌメデスは、少しウラニアに目線を向ける。少し遠いが、表情は穏やかそうだ。

 「国王が仰っていた『大きな衝撃を受けた』というのは、雷のことでしょうか」

 「それだけではない。これは、お前にとっても衝撃的なことだろうから、心して聞いてほしい」

 国王は、自分を真っ直ぐに見つめるガヌメデスに向き合った。ガヌメデスを映すアイスブルーの瞳は、ウラニアによく似ている色だ。ガヌメデスが小さく頷くと、国王はまた話を始めた。

 「ウラニアは、十数年前にこの城から攫われたのだ。彼女は、城ではウラニアという名前ではなかった」

 何を言い出すのかと、ガヌメデスはきょとんと目を丸くした。視線で訴えれば、国王からは真剣な眼差しが返ってくる。真実を語っているのだと、信じざるを得ない瞳だ。

 「まさか」

 「彼女はエラト。私の愛する娘だよ」

 ガツンと殴られたような衝撃が、ガヌメデスの身体を巡った。そんなはずはない、彼女にはハイマットに両親もいた。そう問えば、国王は、その者たちこそが誘拐の犯人だと言う。

 「エラト達の居場所を突き止めたときには、彼女はハイマットでウラニアと呼ばれ、幸せそうに暮らしていた。無理やり連れ戻しても、理解できないかもしれない。それならば、事実を理解できるように大きくなるまで見守るだけにしようと、私は決めたのだ。だがどうしてもエラトが心配で、お前に護衛という密命を申し渡した」

 不信そうなガヌメデスに、国王は申し訳なさそうな表情を浮かべた。ガヌメデスに真実を告げなかったのは、話が公になるのを恐れたからだと、国王は言った。そろそろ連れ戻してもいい頃合いになったので、わざと王女が危篤だと嘘の情報を与え、すぐ城に帰ってくるように仕向けたのだ。

 確かに、辻褄はあっている。そうだったのかと、素直に納得できる話だ。しかし、ガヌメデスは何故か違和感を覚えていた。どう表現したらいいのかわからない感情が、不安となってガヌメデスを覆う。

 その時、ベッドの上から聞こえていた寝息がくぐもった。見れば、ウラニアの眉間には皺が寄り、もぞもぞと動いている。

 「ウラニア!」

 ガヌメデスは弾かれたように立ち上がると、ウラニアの傍へ寄った。愛しそうに名を呼びながら、彼女の頭を撫でる。国王の面前だということなど、すっかり忘れて彼女に縋りついた。生きている、彼女は生きている!喜びで涙が出そうだ。ウラニアの瞳がゆっくりと開いて、ガヌメデスを見た。二人はそのまま、しばらく見つめ合った。何度か目を瞬いて、ウラニアは小さく声を出した。


 「あなたは、だれ?」


 外ではまた、雷が響いた。ウラニアの胸元で光るアッシュグレーの鉱石が、悲しげに雷の光を映していた。




 ―――――此処は……何処…


 高い高い天井が見えて、ウラニアは、自分が気を失っていたことに気付いた。雷が轟いて、国王が術を使ったのは見た。だが、記憶がそこで途切れている。自分の身体はエラトのものになったのだろう。とすれば、今はあのエラトの身体が、自分の身体になっているのかもしれない。もしかしたら、このままベッドの上で死んでしまうのか。

 不安が過ったが、何かがおかしいことに気付いた。瞼が閉じない。確か、エラトの身体は瞼が閉じられていて、それを開く筋肉などついていないようだった。だが今、ウラニアは天井を眺めている。不思議に思って視線をずらすと、簡単に部屋を見渡すことができた。

 『おかしい…』

 声に出してみると、自分の耳には声が届く。起き上がってみると、もっと不思議なことに、力を使わずに身体を動かせる。だが、それ以上に何かが変だ。部屋の端にある鏡まで行って、ウラニアは声を失った。

 そこには何も映っていない。向かいの壁が映っているだけで、部屋の中心にあったエラトの身体とベッドもない。鏡に映るはずの、ウラニアの姿もなかった。

 『私が……いない…?』

 鏡に触れようと手を伸ばして―――――伸ばそうと試みたが、勿論今のウラニアに手はない―――――そのまま鏡に身体が突っ込んだ。ウラニアは鏡をすり抜け、鏡の裏の壁を目の前にしている。さらに進めば壁もすり抜け、部屋を抜けて、城の庭に出た。

 『もしかして、私、魂だけの存在になったの?』

 国王の術は、やはり何処か失敗だったのかもしれない。確かめなければと思い、ウラニアは城の中を飛び回った。そうして彷徨って、少し広い庭に出た。庭に面した大きな窓の向こうに、漸く自分の身体―――――現在のエラトを見つけた。

 エラトは目を覚ましているようで、少しだけ身体を起こしている。その傍らには、ベッドに横たわるエラトの頭を、優しく撫でる綺麗な男性がいた。男性は、その綺麗な顔を苦悩の表情に歪めている。


 ウラニアは、二人の姿から目が離せなかった。窓を隔てた此処までは、部屋の中の声は届かない。部屋に入ろうと思えば、今のウラニアには容易だったが、それもできずにいた。二人が親密そうに見えて、あれは自分の身体なのに、ガヌメデスに触れてほしくないと、祈ってしまう自分がいた。

 少ししてエラトが何か話すと、ガヌメデスは目を見開き、次に哀しそうに目を閉じた。今にも泣きだしそうなガヌメデスは、エラトから離れると、国王に何か告げているようだった。国王は首を横に振ると、護衛の者を呼んだ。彼らはガヌメデスを取り囲むと、ガヌメデスに部屋から出るよう促している。

 『ガヌメデス様』

 思わず、部屋に侵入していた。だが、それでもウラニアの声は届かない。もう一度ガヌメデスを呼んだが、その場にいる誰一人として、ウラニアに気付かなかった。ガヌメデスは、背を向けたまま部屋を後にした。ウラニアの目の前で、扉は重たい音を立てて閉じられる。

 『やっぱり、私は……誰からも見えていないんだ』

 死んだわけでもないのに、身体を失ってしまった。いや、死んだからこうなったのか。考えてもわからないが、今ウラニアの心を占めているのは、自分の身の上よりもガヌメデスのことだった。何を話したのかは知らないが、彼は哀しそうだった。ガヌメデスを傷つけるなら、たとえ救ったはずのエラトでも、容赦はしない。ウラニアがエラトを睨むと、雷がまた光った。

 「まだ、力が不安定なのか」

 ぼそりと、国王が呟いた。どういうことだろう、ウラニアは不思議に思った。力は自分の魂と一緒にあるはずだ。だから今、天候を操れるのは自分であるはず。それとも、力はウラニアの魂ではなく身体に残ってエラトのもとにあるのだろうか。

 国王はエラトに近づき、ベッドに腰を沈めた。エラトは、ぼーっとその様子を見ている。それを眺めれば、自分の顔を鏡で見るのとは違って、ウラニアは変な気分になった。エラトの胸元にペンダントを見つけると、余計に心が騒ぎ出す。

 「エラト、目が覚めたか」

 「お…とうさま?」

 不思議そうに、エラトは首を傾げた。しばらく意識不明の状態が続いていたから、記憶が曖昧なようだ。国王はエラトの手を握ると、そうだよ、と優しく囁いた。エラトは大きな瞳をさらにまん丸くして、子供のように訊ねた。

 「わたし、どうしちゃったのかしら。病気、治ったみたい」

 「体調がいいようだね、エラト。力は使えそうかな」

 「ええ、とても気分がいいわ。でも、力は…わからない」

 重ねられた手を、あどけない表情の少女はきゅっと握り返した。何かに怯えているようにも見える。自分の顔なのに、中に入る魂が違うだけでこうも違うのかと、ウラニアは感心していた。ベッドで国王に身を委ねる少女は、まるでウラニアとは違う。仕草や言葉が、別の雰囲気を醸し出しているのだろうか。国王に背中を撫でられながら、エラトは言った。

 「おとうさま、力はちゃんと、訓練するわ。神様にお祈りして、うまく使いこなせるようにお願いもする。だから、お願い」

 エラトは国王から少し身体を離すと、同じ色に瞳で国王を見つめた。

 「さっき、ここにいた騎士さんに、合わせて」


 ―――――ん? 今、なんて?


 ウラニアは、心の中で思わずつっこんだ。国王も同じように、驚きを隠せないでいる。何とか返事をするものの、言葉が纏まらない。

 「エラト、彼は……仕事があるんだ。重要な、それも沢山ね」

 「うそ、さっき、おとうさまは言っていらしたわ。呼ぶまで部屋から出るな、って」

 国王は、ぐぅと言って黙り込んでしまった。一方でエラトは、目を輝かせている。国王に真っ直ぐ向き合うと、覗き込むようにしておねだりした。

 「ねえ、おとうさま。わたしが元気になったのは、あの騎士さんのおかげではなくて?」

 「そんなことはないよ。エラトが頑張ったから、病気が治ったんだ」

 「そうかしら。でもあの方は、きっとわたしを好いてくださっているわ。あの方だって、わたしに会いたいと思ってくださるはずよ。なんとなく、わかるの」

 大きなため息を吐いて、国王はエラトを抱えてソファに連れてきた。エラトは抵抗もせず、小さな子供が抱かれるように従う。なんだか不穏な空気になってきた、とウラニアは頭を抱えた。

 まさかとは思うが、この双子の妹は、ガヌメデスに一目惚れしたらしい。それは、ガヌメデスがウラニアを見るときの、あの視線を受け止めたからであるようだ。あれは私を見るときの目で、エラトに向けられたものじゃない、と叫んでしまいたかったが、それが無駄であることをウラニアはわかっていた。ウラニアの声は、誰にも届かないのだ。

 「エラト、よく聞いてほしい。お前は、実は誘拐されていたんだ。つい昨日まで、お前は田舎の村で暮らしていた。それを連れて帰ってくるように、さっきの騎士に私が命令したんだ。彼は、エラトを助けてくれたわけじゃない。仕事だったんだ」

 国王がエラトに話しているだけなのに、ウラニアの心にその言葉は突き刺さった。そう、ガヌメデスは仕事をしていただけだ。別に、ウラニアにだって、わざと熱い視線を送っていたわけではない。それを思い知って、ウラニアは落ち込んだ。


 雷はいつの間にか止んでいて、今度はしとしとと雨が降っている。やはり、ウラニアにはまだ力があるようだ。心に連動して、天気がころころと変わる。どうやらそれを、エラトがやってのけているのだと、国王は思い込んでいるようだ。静かに降り出した雨に、国王は少し慌てていた。悲しそうに国王を覗き込むアイスブルーの瞳が、少し潤む。

 「そんなこと、わたし、ちっとも覚えていないわ。騎士さんは、もしかしたら、わたしがみんな忘れてしまったから、あんなに悲しそうだったのね」

 「仕方ないんだ、さっき、エラトの近くに雷が落ちたんだ。そのショックで、エラトは記憶を失ってしまったんだよ。さっきの騎士も、エラトの記憶がなくなったことに気付いたんだ。それで、かわいそうに、と悲しい顔をしていたんだよ」

 よくもまあ、口から出まかせを。国王の口から次々に飛び出る嘘に、ウラニアは呆れてしまう。だが、きっと、ガヌメデスがエラトの記憶喪失を信じたのは本当だろう。ウラニアとしての記憶がなくなっているのに、気づいたのだ。だからあんなに、泣きそうな顔をしていたのかもしれない。

 そう思いついて、ウラニアは嬉しくなってしまった。ウラニアに、少しは執着してくれていたのだろうか。今となっては、もう確かめるすべもないし、確かめたところで、身体のないウラニアには意味がないのだが。



 それから何日も経って、ムーサ王国の盛大な祭りが執り行われた。ひと月の間、国王は国中を回る。今までは国王ひとりだったが、今年の祭りは特別だった。病で床に臥せっていた王女が、初めて祭りに参加するのだ。王女は祭りどころか、国民に姿を見せること自体が初めてである。噂はあっという間に広まり、どの都市も王女を歓迎する準備を慌てて行っていた。

 王女は、我儘を言ってガヌメデスを連れて行った。護衛として国王直属の騎士が同行するのは当然だが、ガヌメデスの身分は未だにハイマットの所属だった。それを、国王に懇願して無理やり所属を変えさせてしまったのだ。ガヌメデスは従うほかなかったし、そうでなければ王女は祭りに行かないと駄々をこねられては、国王にすら選択肢はなかった。

 ウラニアも、王女達についていった。いくつもの都市を見て楽しんだが、心に影を落とすことも多かった。この国では天候の不順で、苦労をしている都市がいくつも見受けられたからだ。ウラニアの心を映してしまう空模様は、祭りの間はいつもお天気雨だった。せっかく力があるのに役に立たないのは忍びない。ウラニアは、この祭りの時から、少しずつ天気を操る訓練を始めた。


 そうして都市を回って、とうとうハイマットに行く日がやってきた。特に思い入れもないが、やはり少し心が弾む。ウラニアは、久しぶりの故郷を存分に懐かしんだ。村を巡って、父や母の姿を見つけた。二人は王女の姿を見て少し青ざめたが、すぐに駆け寄ったガヌメデスから話を聞き、二人はお咎めなしだと言われると、安堵した様子だった。

 『やっぱり、本当の両親じゃなかったのね』

 ウラニアは、彼らから愛されていることを充分承知していた。それでも、二人が本当の両親じゃなければいいと、幼いころからずっと思っていた。それは、自分の中にずっと孤独さが居座っていたことや、家族だけでなく他人すべてと一線を置いて接してきたからだと思っていたが、違ったようだ。実際に両親でないと知っても大して驚かなかったのは、本能的に気付いていたからかもしれない。

 村の大衆の中には、オモルフィもいた。彼女はいつも以上に妖艶に着飾っていたが、王女の姿を見て愕然としていた。それもそうだ、自分がいつも敵対視していた少女が、真の王女となって現れたのだから。

 「あの子、どうして……」

 傍にガヌメデスがいるのを見て、余計に彼女のプライドは傷つけられたようだ。大粒の涙を流しながら、その場から離れていった。

 『違う、オモルフィ。あれは私ではない』

 逃げるように去るオモルフィの肩越しに、ウラニアはそっと呟いてみた。勿論、声が届くはずもない。でも、もしかしたら、と期待してしまった。オモルフィとはうまくいかなかったが、それでも長い付き合いだったから、気づいてくれるかもしれない、なんて。

 淡い期待を見事に打ち砕かれて、ウラニアは王女達と共にハイマットを後にした。ガヌメデスも、当時の同僚に声をかけただけで、すぐに王女と共に馬車に乗り込んだ。彼もまた、あまり思い入れはないようだったから、それが少しはウラニアの慰めになった。



 祭りは無事に終わり、王都にもどってから漸く、国王はエラトに力がなくなったことに気づいた。祭りの間中、空はお天気雨。力を使うよう促しても、王女はできないと首を横に振るばかりだった。一体何故、あの強大な力が消えたしまったのか、どのタイミングだったのか、国王にはわからなかった。どうしてこうなったのか、それは実際に力を持つウラニアですらわからない。ただ、エラトはもうなんの力も持たない王女だということは、紛れもない事実だった。

 エラトに力がないとわかれば、国王は彼女を傷つけるのではないかと、ウラニアは不安だった。しかし思いの外、国王はエラト自身に御執心のようで、特に変わった様子もなく、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。もしかしたら、そのうち力が戻ることを期待しているのかもしれない。何にせよ、暫くエラトの周囲で彷徨いていたウラニアにとっては、喜ばしいことだった。


 ウラニアが気にしたのは、やはりエラトよりもガヌメデスだった。彼は祭りから戻ればすぐに国王直属の騎士団の任を解かれ、今はエラト直属部隊のたったひとりの騎士として、王女の護衛を任されていた。勿論、全てエラトの我儘によるものだ。

 初めは戸惑っていたガヌメデスも、エラトと接するうちに、彼女に対して時々優しげな表情を浮かべるようになっていた。エラトとウラニアを別の人間として見ていたガヌメデスが、エラトに心惹かれているのだろうか。彼の真意はわからないが、ウラニアは知りたくもなかった。そんなガヌメデスを見るたびに心は乱れて、天気を変えてしまったから、彼の傍にいる時が一番、力を制御する訓練に役立った。

 ずっと傍にいて気づいたのは、ガヌメデスがいつも空を見上げていることだった。彼もエラトに力がなくなったことを憂いているのだろうか。しかしガヌメデスは、雨が降れば少し悲しい顔をして、晴れれば少し明るい顔をしていた。それが何故かはわからないが、ウラニアは訓練を積んで晴れの日を多くして、彼に明るい表情でいてほしいと願うようになっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ