第三話
馬を走らせ、この日もいくつかの街を駆け抜けた。昨日到着するはずだった街も、今はもうはるか後方で、見えもしない。背中にガヌメデスの体温を感じながら、ウラニアは少し緊張していた。今日には、王都に着く予定だったからだ。
今にも雨が降り出しそうな空の下、二人は着実に王都に近づいていた。自分が生贄になるのも怖かったが、ウラニアにとっては、何よりガヌメデスと離れるのが怖かった。国王しか詳しいことを知らないというのなら、王都に行けば国王と謁見するのだろう。自分の命を差し出せと言うのなら、そうせざるを得ない。
しかし、そうなればガヌメデスも手出しはできない。何より仕事でウラニアを守っているのだから、その任務を解任されれば、ウラニアの味方は誰もいなくなる。もし命を奪われるような事態になっても、最期はどうかガヌメデスの傍にいたいと、ウラニアは心の中でそっと祈った。
「ウラニア、あれが王都だ」
日が傾き始めたころ、馬で駆けながらガヌメデスが言った。見れば、大きな塀で囲まれた街が見える。今まで見てきたどの街よりも大きく、中心部には一際高く聳える城があった。思わずウラニアは身震いした。恐怖が心を覆う。すると、ウラニアを支えるガヌメデスの腕に、力が籠められた。
「怖いか」
ウラニアは、肯定すれば堰を切ったように涙が溢れそうで、ただ少し、頷いただけだった。しかし、ガヌメデスがそれを見逃すはずもない。彼はまた、ウラニアの耳元で囁いた。
「大丈夫、私が傍にいる。私がウラニアを守る」
見透かされたような言葉に、ウラニアはまた頷く。腰に回されたガヌメデスの腕にそっと触れた。背中や腰から伝わる彼の体温が、ウラニアの心を解す。怖くないわけではない。だが、彼女の心の中で、恐怖よりガヌメデスへの想いが上回った。
王都の中に入ると、もう日が沈みそうだった。明日、日が昇ったら謁見することにして、城の衛兵を通してその旨を国王に報せた。国王からの返事は、宿で休んでいるときに伝令の騎士が伝えに来てくれた。謁見の準備もあるので、明日の夕方に城へ来るように、とのことだった。
「明日の夕方、かぁ」
伝令の騎士も去り、二人きりになった部屋で、ベッドの上に蹲ったウラニアは大きなため息を吐いた。さすが王都、宿もほかの街とは違い豪華である。部屋は一部屋だが、以前の宿とは比べ物にならないほど広く、大きくふかふかなベッドも二つある。豪華な飾りつけのテーブルと椅子、肌触りのいいソファには、同じ生地のクッションまであった。それでも、憂鬱な気分は変わりない。その大きなため息に、ガヌメデスは哀しそうに、ウラニアの頭を撫でた。
「すまない。私が勅命に逆らわなかったばかりに、君を恐ろしい目にあわせているな」
「ガヌメデス様、謝らないでください。もしガヌメデス様が勅命に逆らおうとしたら、私はガヌメデス様を引き摺ってでも王都に来たと思います」
少し頬を膨らませて怒る少女は愛らしく、ガヌメデスは困って笑った。
「そうかな、怖くて礼拝堂に逃げていたんじゃないか?」
「そんなこと………一人で逃げるなんて、そのほうが怖くて出来ません」
ガヌメデスが一緒なら逃げたかもしれないと思ったのは、彼には内緒だ。
ぷいっと顔をそむけるウラニアを愛しそうに見つめて、ガヌメデスは立ち上がった。明日に向けてウラニアは色々と思うところもあるだろうから、邪魔をしないように自分のベッドへ戻ろうとしたのだ。しかし、振り返った彼の服の裾を、ウラニアは掴んで離さなかった。
「どうした、ウラニア」
「あの、お願いが………あって」
「お願い? 何でも言ってくれ。できる限りのことはしよう」
初めてウラニアの口からでたお願いという言葉に、ガヌメデスは少し緊張していた。彼女は、自分の命が危ないということに気付いているのかもしれない。
ガヌメデスだって、国王の真意はわからない。だが、王族には代々伝わる不思議な力があるという噂も聞く。ウラニアが生贄になるのではないかと危惧していたが、もしそうなれば、国王に何を言われようと彼女を連れて逃げようと考えていたから、みすみす殺させるつもりはなかった。しかし彼女も同じように、生贄になると考えているのなら、彼女の不安を取り除くのに、なんだってしてやりたかった。
「今日も、ここで一緒に、寝てくれませんか」
ガヌメデスは、目を瞬いている。彼がどんな答えであろうと、ウラニアは絶対に譲る気はない。なんでも言え、と言ってくれたし、今日ぐらいは我儘を言っても許されるだろう。明日の夕方には、自分は命がないのかもしれないのだから。ガヌメデスはすべてわかっているのか、戸惑いながらも了承してくれた。
二人はベッドに潜り込み、今度は向かい合って横になった。これもウラニアの我儘だった。手を繋いでもらって、ウラニアは蕩けるような視線をガヌメデスに送っていた。ガヌメデスの方も、熱っぽい視線をウラニアに向けたまま逸らさない。
二人はそのまま、他愛ない話をしていた。途中で話が途切れれば、また互いを見つめあった。そうしてしばらく経って、ガヌメデスが口を開いた。
「明日は夕方に城へ行くが、それまでは時間がある。ウラニアは、何かやりたいことがあるか?」
「あの、もし時間があるなら、王都を見て回りたいです」
ウラニアは初めての王都を、もっと楽しみたかった。それに、じっとしていれば余計なことを考えてしまいそうで、怖かったのだ。ガヌメデスは、彼女の案に快諾した。
「それなら、私が案内しよう。私は王都で育ったんだ」
「ここ、ガヌメデス様の、故郷なんですか?」
「そうだ。私にはもう両親も親族もいないが、この辺りには詳しい。よかったら、一緒に歩こうか」
ウラニアにとっては、願ったり叶ったりだ。二つ返事で案内をお願いすると、今度はガヌメデスの幼少時代の話で盛り上がった。
またしばらく話をしていると、もうすっかり夜も更けてしまった。そろそろ寝なければ、とガヌメデスに咎められ、ウラニアはまたひとつ、我儘を言ってガヌメデスを困らせた。しかしすぐにガヌメデスは折れ、ウラニアは彼に腕枕をしてもらって眠りについた。
片腕でウラニアに腕枕をして、もう片方の腕をウラニアの小さな両手に絡められているガヌメデスは、蛇の生殺しだと思った。だが彼女の穏やかな顔を見ていると、ガヌメデスの心も落ち着いてくる。今日ばかりは、ウラニアに続いてすぐに、ガヌメデスも眠っていった。
謁見の日は快晴だった。ウラニアはガヌメデスの手を引いて、城下町を走り回っていく。初めて見るものばかりで、ウラニアは舞い上がっていた。
「ガヌメデス様、これは?」
ウラニアは、小さな屋台で売られている綺麗な石をみつけた。宝石とは言い難いそれは、輝くというよりも此方が吸い込まれそうな色を放っている。ガヌメデスの話では、これらの石は特殊な鉱石で、王都の裏手にある石切り場で時々見つかるらしい。
「不思議な石ですね」
「そうだな。最近ではあまり見かけなくなったと聞く」
希少な石なのだろう、どの石にもウラニアが見たこともないような高額な値札が付いていた。
「高い………」
「流石に、これを買ってやることはできないが………ウラニア、少しここで待っていてくれないか」
「はい、構いません」
ウラニアに了承を得ると、ガヌメデスは屋台の店主に何やら声をかけ、屋台の傍にある鉱石の加工工場へ消えていった。屋台の店主は、ウラニアがこれらの鉱石を買う金がないと知っても、惜しげなく商品を見せてくれた。ウラニアはひとつずつ手に取って、太陽の光に透かしてみたり、掌で転がしてみたり、思う存分楽しんでいた。
しばらくして、ガヌメデスが工場から顔を出した。ウラニアの傍へ寄ると、彼女に手を出すように言った。ウラニアが掌を広げると、ガヌメデスはその上にペンダントを落とした。ガヌメデスの瞳の色によく似た小さな石が控えめについていて、銀色のネックレスがキラキラと輝いている。
「ウラニアにプレゼントだ。その石は、私が母から貰ったものだから、お金のことなら気にしなくていい」
「そんな大事な石を、私が頂いてしまうわけには…」
話を聞いて、慌ててペンダントを返そうとするウラニアの手を、ガヌメデスはペンダントごと彼の手で包み込んだ。
「いや、ウラニアに持っていてほしいんだ。この石は、私の髪や瞳の色によく似ている。離れても寂しくないように………私をいつも、傍に置いていてほしい」
寂しさと愛しさが、急にウラニアの胸を襲った。苦しくて、言葉が紡げない。
「情けないな、こんなに弱気な姿を、君に見せてしまうなんて」
ガヌメデスは哀しそうに笑うと、いつものようにウラニアの頭を撫でた。慣れたそんな仕草でさえ、熱を感じる。このまま二人で逃げてしまえたらと、頭に浮かぶ誘惑を、ウラニアは何度も押し殺した。
ウラニアだって、ガヌメデスが自分に抱いてくれている気持ちに、全く気付かないほど鈍感ではなかった。だが、幼い頃から、親しい人ですら信用できなかったウラニアは、ガヌメデスを盲目的に信じてしまうことができないでいた。こんな状況でも、信じ切れなかった。裏切れるのが怖くて、自分の心を守るのに必死で、信じたくなかった。信じてしまえば、裏切られたときの痛みが大きい。それは、以前のオモルフィとの仲のように。
友達だと思っていたオモルフィに、無視されたり、仲間外れにされたとき、感じた胸の痛みが忘れられない。オモルフィの行動がどんなに幼稚だったとしても、それで傷がついたことに変わりない。
そんなとき、ガヌメデスが助けてくれた。たとえ彼が、助けたつもりではなくても。自分に興味をもって近づいてくれて、自分を探して見つけてくれる人がいるということが、どれだけウラニアを救ったか、彼は知らない。もう十分、ガヌメデスには助けてもらった。これ以上を望んでは、罰が当たるというものだ。ウラニアは漸く、小さな声を発した。
「ありがとうございます………いつも、気にかけてくださって。情けなくなんてないです、弱気じゃないです、ガヌメデス様はいつだって、私を守ってくださいました。ありがとう…ございました」
少女の絞り出す言葉に、ガヌメデスは握っていた手に力を込めた。ガヌメデスは本当は、ウラニアを決して離さない、と言いたかった。でも、言えなかった。そんな自分が情けない。
国王に、ウラニアから離れるように言われたら、きっと従うしかないだろう。城へ行けば、そこからウラニアを連れて逃げることなど、ガヌメデスひとりの力では到底不可能だ。それでも、手を離せない。ウラニアのいない日々など、もう考えたくない。
ウラニアの手を包む大きな手が、そっと緩んだ。細くごつごつした手が、ペンダントをウラニアの首に回した。白い肌に、小さなアッシュグレーの石が揺れた。その石に、ガヌメデスはそっと口付けた。石と同じ色の瞳が、真っ直ぐにウラニアを包んだ。
それからしばらくして、二人は城へ向けて、歩き始めた。手を繋いで、互いに優しさと愛しさを連れて。
城に着くと、二人はすぐに謁見の間に通された。豪華絢爛な装飾の広間は、輝く音が聞こえてきそうなほどなのに、見た目とは裏腹に静まり返っていた。少し待つと、二人の正面にある国王の椅子のさらに奥、薄暗い通路の先の扉が開いた。重たい扉から出てきたのは、がっしりとした体格の男性―――――このムーサ王国の国王だった。国王は椅子には座らず、その場に立ったまま告げた。
「ガヌメデス、ご苦労だった。密命の任を解く。ウラニア、お前はついてこい」
一瞬で任を解かれたガヌメデスが何をする間もなく、彼は国王の護衛に取り囲まれた。驚いたウラニアがよろけると、その腕を別の護衛が掴んだ。
二人は互いの名を一度読呼び合っただけで、他に言葉を交わすことなく引き離されてしまった。ウラニアを連れた国王の背中が遠ざかる。ガヌメデスがもう一度、ウラニアの名前を呟いたときには、重たい扉は再び固く閉ざされていた。
ウラニアは、長い廊下を引き摺られるようにして歩いていた。覚悟はしていたが、身体が思うように動かない。国王もその護衛も、一言も話さなかった。何度も廊下を曲がって、大きく重たい扉をいくつも潜り、ようやく一行は足を止めた。
ウラニアの目の前に、先ほどの謁見の間とは比べ物にならないほど質素で小さな扉が現れた。国王が手で合図をすると、護衛はウラニアを国王の手に渡して、下がっていった。国王は小さな扉を開けると、半ば強引にウラニアを部屋の中へ押し込んだ。
そこは円形の部屋で、窓はない。家具の類はなく、ただひとつ、部屋の中心に天蓋付きのベッドがあるだけだった。ウラニアが目を凝らすと、そこにはどうやら人が寝ているようだった。しかし、静かな部屋なのに寝息も聞こえず、横たわる人に掛けられている薄いシーツはピクリとも動かない。
「我が最愛の娘、エラトだ」
国王が、悲痛な声を出した。ウラニアの脇を通り過ぎて、国王はベッドへ近寄る。ウラニアにも傍に寄るよう促すので、ゆっくりと慎重に近づく。ウラニアが十分近づく前に、国王が天蓋をそっと避けたので、ベッドで眠るエラト姫の姿が露わになった。
ウラニアは、これはきっと人ではなく骨と皮だけの人形だと思った。それほど、細かった。身体のどこにも、顔にさえも肉はなく、頬はこけている。口を閉じておく筋肉もないようで、だらしなく開いたままだ。閉じられた瞼は、眼球の形が分かるほど瞳に張り付いている。しかし確かに、そこから生気を感じた。もっとも、今にも消えそうなろうそくの炎ほどではあったが。
「これで、生きて………?」
思わず口に出した感想に、ウラニアは青ざめた。王族に対する不敬となるのではないかと、慌てて口をつぐんだ。しかし、国王は怒りもせず、悲しそうに娘を見つめている。
「生きているのだ…もう、その命のともしびも消えるが」
「あの、それでどうして、私を……」
話が見えてこないことに焦ったウラニアは、思い切って訊ねた。確かに、エラト姫はもうすぐ亡くなってしまうだろう。それとウラニアが、どう関係してくるのか。国王は視線をウラニアには向けず、淡々と話し始めた。
このムーサ王国の王族には、古くから伝わる秘密がある。ごく稀に、人にはない特殊な力をもって生まれる者がいることだ。今から十八年前、王族の元に、この特殊な力を持った王女が生まれた。王女はエラトと名付けられ、国王は王女を溺愛した。
王女の力は、天候を自在に操る力で、干ばつ被害の激しい地域に雨を降らせることも、毎年洪水被害に悩まされる地域に晴れる日を増やすことも、力のおかげでエラトには簡単にできた。
だが、彼女は身体が弱く、生まれてすぐに死の淵を彷徨ったほどだった。成長するごとにエラトは衰弱し、意識も朦朧とする時が多くなっていった。このままでは、最愛の娘も特殊な力も失ってしまう。そう考えた国王は、禁忌の術に手を出した。健康な女児の魂と、エラトの魂とを入れ替えることで、エラトに新しい身体を授けることにしたのだ。
幸か不幸か、エラトには双子の姉がいた。エラトの姉は力を持たず生まれてきたことや、この国で双子が不吉だとされてきたことなどから、彼女は名付けられることもなく、幽閉されていた。
そこで国王は、エラトの姉の魂と、エラトの魂を入れ替える術を行った。しかし、古い文献でしか残されていない術は完全なものではなく、思うように発動しなかった。仕方なく、魂の入れ替えは禁忌の術を完全に解読してから行われることになった。
ところが、幽閉されているエラトの姉を不憫に思ったのか、なんの事情も知らない使用人が、幼い女児を王女の双子だとも思わず、誘拐して連れ去ってしまったのだ。
行方はすぐに知れたが、使用人たちはすでに、小さな田舎の村で生活を始めていた。無理に彼女を連れ戻せば使用人や村人が騒ぎ立てる可能性もある。そうなれば、ムーサ王国の秘密を公にしてしまう危険もはらんでいる。
そこで、国王は逆にその使用人たちを利用して、秘密裡に双子の姉を育てさせることを決めた。成長した双子の姉をうまく城まで連れてくれば、彼女をエラトとして迎え入れることができる。そこで彼女が誘拐されていたことを公表すれば、エラトが公に姿を現さないことの理由にもなるし、何より王女が双子であることを隠し通せる―――――
「そうして、私は禁忌の術の研究に没頭した。器となる者は、他人が勝手に、健康に育ててくれていたので、助かった」
一気に話した国王は、そこで一息ついた。驚愕し、青白い顔のウラニアは、ここで初めて国王と目が合った。
「もうわかっただろう。お前がエラトの器、エラトの双子の姉だ」
雷鳴が轟き、豪雨が窓を叩く。謁見の間から引きずり出されたガヌメデスは、城内の一室に閉じ込められていた。逃げだそうと思えばできたが、ウラニアが城にいるのに、自分だけが逃げるわけにはいかない。だが、ひとりでウラニアの元へ突入しても、勝算はない。
国王直属の護衛の者は彼に、迎えに来る、と言った。それは何処へ連れていく迎えなのか、悪い方にしか考えられない。何もできない自分がもどかしく、悔しい。
「ウラニア………どうか、無事でいてくれ」
ガヌメデスの零した囁きは、雨音に遮られて自分の耳にすら届かなかった。
雷雨の音は、窓のない部屋にも響いていた。今知った事実を、ウラニアは受け入れられないままでいた。だが、もちろん、国王が述べているのは真実なのだろう。呆然と立ち尽くすウラニアを、いぶかしげに国王は見つめていた。伝えなければ、とウラニアは足に力を込めた。ウラニアの想いを、国王にぶつけてみなければ。何もしないまま、身体を乗っ取られるなどごめんだ。
「それじゃあ」
ウラニアは、声が裏返りそうなのを必死に堪えた。うまく息ができない。
「あなたは、私のお父様ということになりますよね」
「そうだ」
「同じ双子でも、エラト姫は愛しているのに、私を愛してはくださらないのですね」
国王は、表情ひとつ崩さなかった。ただ、静かに目を閉じた。眉間には深い皺が刻まれたままである。
「当然だ。お前が私に愛してほしいのなら、力をもって生まれてくればよかったのだ」
「嘘。エラト姫のことだって、愛してはいない。愛しているのは、彼女の能力だけ、でしょう?」
ウラニアは、苦しそうに胸を押さえた。もし自分がエラトに身体を提供しても、エラトだって、幸せに生きていけるわけではない。父親である国王の道具として、一生を過ごさなければならないのだ。今までウラニアが感じてきたような自由な日々を、知らないままで。
「そんなの、エラト姫が、かわいそう」
たった今、知ったばかりの双子の妹に、ウラニアは同情していた。力をもって生まれたばかりに、生きる道を決められてしまった王女。あんな姿になってまで死ぬことすら許されず、自然の摂理に反しても、生きなければならないのだ。
―――――私は、充分、自由に生きた。
ゆっくりと、ウラニアはエラトに近寄った。エラトに意識があるのか、外から見ているだけでは、もうわからない。だが、ウラニアは優しくエラトに呟いた。
「私が、助けてあげる」
ウラニアは、気づいていた。自分の感情に応えるように、いつも天候が変化していたことに。ウラニアが悲しいときには雨が降り、嬉しいときには晴れたこと。何らかの原因で―――――おそらく、今聞いた話から考えれば、初めて国王が魂を入れ替える術を使った時だろうが―――――エラトの力がウラニアに移ってしまったのだろう。
この力は、感情のさらに奥深く、魂の震えに呼応して発動するようだった。ならば、完成された術を使って魂を入れ替えることで、この力はウラニアの魂と一緒にエラトの身体へ戻る。そうすれば、エラトは何の力も持たないただの王女になるのだ。
この事実を、どうやら国王は知らないようだ。愛されたいなら力をもって生まれて来いと、ウラニアに言い放ったのだ。今現在は、ウラニアが力を持っているとは露ほどにも思わないのだろう。自分の決意が揺らがないように、ウラニアは胸元のアッシュグレーの鉱石をしっかり握った。
「覚悟したか」
「私はずっと、特別な存在になりたかったんです。こんなに特別なことって、他にないから」
国王は、満足そうに頷くと、掌をウラニアの顔に向けて広げた。ベッドを囲むように床に記されていた模様が、魔法陣のように浮かび上がる。床から光が広がり、ウラニアとエラトを包んでゆく。国王が何やら呟いたかと思うと、光は一層強くなった。
怖い。どうなってしまうのだろう。とても怖い。でも愛しい背中を、その体温を、思い出せば怖さが紛れる。握りしめたペンダントが、じわりと温かくなる。大丈夫、傍にいる。離れたりなんかしない、最期はどうか、あなたの傍で―――――
「―――――……ガヌメデス様…―――――」
ウラニアが呟いた次の瞬間、城に雷が落ちた。光は消え、ウラニアの身体は床に崩れ落ちた。エラトの身体は相変わらず微動だにしなかったが、そこから生気はもう感じなかった。