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第一話

 大理石の廊下に、ガチャリと重たい鎧の音が響く。たった今、国王との謁見を終えた一人の騎士が、その身に余る勅命に身震いをしていた。彼がこれから向かうのは、小さな村。その村で公の任務とは別の密命が、彼を待ち受けている。もう一度、ガチャリと音を立てて、騎士の青年は重たい刀身を握りなおした。そして先ほどより大きな音を立てながら、大理石の廊下を真っ直ぐ進んでいった。迷いのないその歩みが、彼がこれから進むべき道を切り開いているかのようだった。




 雲一つない青空の下で、小さな村は活気づいていた。このムーサ王国の繁栄を願った祭りが、あとひと月に迫っているのだ。王都から遠く離れた国境の村であるこのハイマットでさえも、期待に膨らみ異様な雰囲気になるほど、規模の大きな祭りである。そのせいか、村の広場でいつも開催されている市場すら、普段より騒がしく感じてしまう。

 その熱気に呑まれながら、人の間を縫うように歩く少女がいた。淡いプラチナブロンドの髪を高い位置でポニーテールにまとめて、ふわりと広がる膝丈のスカートを揺らしている。快晴を映したようなアイスブルーの瞳は、人混みの熱で歪んでいる。なんとか市場を抜けて、漸く人の波から解放されたと思ったら、少女は人に押されてバランスを崩し、思わず前につんのめった。

 「大丈夫か、ウラニア」

 もう少しで地面に膝がつく、というところで、ウラニアと呼ばれた少女は抱きすくめられた。自分の体が地面に落ちなかったことに驚いて、ウラニアは自分を抱きしめる腕に体を委ねる。顔を上げると、そこには端正な顔立ちの男性がいた。

 「が、ガヌメデス様!」

 「急ぐときは、市場を通り抜けないように言っただろう?」

 驚くウラニアをよそに、その美青年は困ったように微笑んだ。彼はこのハイマットに配属されている騎士のひとりである。彼が配属されてもう何年も経つが、彼の噂が途絶えたことはない。それほど、彼は美しかった。

 普段の鍛錬で鍛え上げられた肉体は、線は細いがしっかりと筋肉がついている。一方で、綺麗に切りそろえられたサラサラと流れるアッシュグレーの髪は、騎士という仕事に似つかわしくない白い肌を際立たせている。少し長く横に流れる前髪の隙間から、髪の色とよく似た瞳が真っ直ぐにウラニアを見つめていた。その瞳に、今はウラニアしか映っていないという事実が、ウラニアの頬を真っ赤に染めた。

 「どうした、熱でもあったのか」

 大きくごつごつした掌が、ウラニアの額に添えられる。余計に熱が上がった気がして、ウラニアは慌ててその手を握って退かした。

 「だっ、大丈夫です! 少し、人混みの熱気で、暑くて……」

 「そうか、体調が悪くないのならいいんだが」

 ふわりと微笑むガヌメデスは、その大きな手でポンポンとウラニアの頭を叩いた。もう十八歳になるウラニアを、ガヌメデスはいつも子ども扱いする。それは長い付き合いだからだろうが、他人より近い気がして嬉しくもあり、それ以上の存在ではないと言われているようで切なくもあった。ウラニアの頭を撫でながら、ガヌメデスは話を続けている。

 「それで、そんなに急いで何処へ行くつもりだったんだ」

 「えーっと……ちょっと、走りたい気分、でした」

 「そうか。走りたい気分”でした”ということは、もう気は済んだのだろう」

 もごもごと口ごもるウラニアに、ガヌメデスは気づかないかのように明るく話す。まさか、通りの反対側からガヌメデスの姿が見えたから…などと、本当のことがウラニアに言えるわけもない。ウラニアは、自分の中に芽生えている恋心を、表したり伝えたりする気は決してないのだ。

 気は済んだのか、とのガヌメデスの問いに、ウラニアは満面の笑みで答えた。その笑顔を見て、一瞬、ガヌメデスの頬が染まった気がしたが、自分に都合のいい解釈だと、ウラニアは自分を恨んだ。

 「では、少しお茶でもしようか」

 まだ大きな手はウラニアの頭に置かれたまま、ガヌメデスが言った。ウラニアは心臓が飛び跳ねでもしたかのように固まった。二人は時々、一緒にお茶をする。大体は、ウラニアの話を聞いてもらう一方的な会話だが、ガヌメデスはそれでも楽しいと言ってくれる。だからウラニアからではなく、ガヌメデスから誘ってもらえた時には、天へ上るような喜びが駆け巡るのだ。ウラニアが恥じらいながら頷くと、ガヌメデスも笑う。それが嬉しくて、ウラニアもまた笑った。


 路上でガヌメデスと二人で話しているウラニアは、完全に夢の世界の中にいた。だから、仲睦まじく会話する二人の背後から突然声がかかったとき、ウラニアは心の準備ができていなかった。

 「ガヌメデス様、ごきげんよう」

 振り向く二人の目の前にいたのは、ハイマットで一番美人だと噂されているオモルフィだった。ダークブラウンの髪は無造作に垂れているが、その豊満な胸にかかって妖艶さを醸し出している。胸元が大きく開き、肩からずり落ちそうな袖の服を好んで身に着ける彼女は、自分の魅力を惜しげもなく振りまいていた。アシンメトリーのスカートは裾にフリルがついていて、可愛らしさを忘れていない。その可愛らしいスカートからは、艶めかしく細い脚が覗いている。

 「ああ、オモルフィ。今日も元気そうだね」

 ガヌメデスが笑顔で答えて、ウラニアもつられてニコリと微笑んだ。ウラニアは、この美女が苦手だった。だからと言って、あからさまな態度はとれない。何せ、学舎では同級生として共に学んだ仲なのだ。幼児体型のウラニアとは真逆のこの美少女が、ウラニアと同い年だなど、初めて見た人は信じないだろう。

 オモルフィとウラニアは、初めはとても仲が良かった。だが歳を重ねるにつれ、ウラニアに対してオモルフィは冷たくあたるようになっていった。ウラニアを無視したり、陰口を叩いたり、仲間外れにしたり、今思えば幼稚なことばかりだ。しかし、それはウラニアの心を傷つけるには十分すぎたし、彼女たちの間に深く険しい溝をつくった。

 ウラニアは、自分が何かオモルフィの気に障ることをしたのではないかと思っていたが、それが具体的に何だったのかはわからなかった。だからなるべくオモルフィの機嫌を損ねないよう、いつも注意しているつもりだった。しかし今は浮かれてしまっていたから、オモルフィの姿に気付かなかったのだ。これは大きな失敗だと、ウラニアは冷や汗をかいていた。いつのまにか、快晴だった空に薄っすらと雲がかかり始めている。

 「ガヌメデス様にお会いできて、嬉しいんです。良かったら、一緒にお茶でもいかがです?」

 オモルフィのキラキラとした笑顔は、ガヌメデスだけが見られる特権だ。だがガヌメデスは、そんなことに気付きもしない。その笑顔をそのまま写したように笑うと、ウラニアに向きなおった。

 「ウラニア、オモルフィも一緒でいいかな」


 ―――――この状態で私に聞くなぁーーーーー!


 と、ウラニアが叫びたくなったのも無理はない。ガヌメデスとウラニアを交互に見ながら、オモルフィが不機嫌そうな顔でいるのだから。この、不機嫌そうな、というのが重要だ。彼女はウラニアを蔑んだりしない。ただ、不満そうな顔をするだけである。しかし、それが男性の興味を自分に惹きつける仕草だと、わかっているのだろう。彼女は周囲を味方につけるのが得意だから、そんな時のウラニアはつい、孤独を感じてしまう。今もそうだ。何もオモルフィが悪いわけではない。そんな風に感じてしまうウラニア自身に問題があるのだ。

 折角のガヌメデスの笑顔を直視できずに、スカイブルーの瞳を泳がせたウラニアは、何とか笑顔を保ったまま、漸く言葉を発した。

 「ご、ごめんなさい、たった今用事を思い出しちゃった…折角だけど、ガヌメデス様とオモルフィで行ってきてください」

 そう言えば、オモルフィの思うようにいくとわかっている。だから、敢えてそうした。ガヌメデスのお茶の相手は、何もウラニアでなくたっていいのだ。わかっている。わかっているのだ。わかっている………のに。

 踵を返して、ウラニアは人混みに消えた。満足げに見送ったオモルフィは、背の高いガヌメデスの肩に、自分の手を添えた。身体を寄せて、これでもかと胸を見せつける。残念ながらガヌメデスはまだウラニアを目で追っていたが、この感触は彼の腕から伝わっているはずだ。オモルフィは妖艶に口の端を上げた。

 「ガヌメデス様…何か食べたいものはございますか?」

 暗に自分を差し出しているようで、オモルフィは自分で自分の行動に、背筋をぞくりとさせた。しかしガヌメデスは反応しなかった。一人芝居のようで、オモルフィはぷくっと両頬を膨らませる。肩に添えられた手は離さなかったが、そっぽを向いてみた。こうすれば、大抵の男性は自分の機嫌を直そうとしてくれることを、オモルフィは身をもって体験していた。勿論、ガヌメデスが一筋縄ではいかないことも体験済みだ。さて次はどうするか、とオモルフィが考えていたそのとき、ぽつり、と冷たい雨が手の甲に落ちた。

 「あら…こんなにお天気なのに、また雨が……」

 オモルフィの言葉通り、このハイマット村ではこのような天気が多く見られた。以前…十数年前までは、あまり見られなかったことだ。

 雨に気を取られていたオモルフィの手を、突然ガヌメデスの大きな手が覆った。驚いて嬉しそうに頬を染めるオモルフィに、深刻そうな面持ちでガヌメデスは告げた。

 「オモルフィ、すまないけれど、お茶はまた今度にしよう。仕事ができてしまった」

 「あ、え………ガヌメデス様!?」

 ガヌメデスの体温に覆われたオモルフィの手は、呆気なく冷たさを取り戻した。そのまま、人混みへ消えるガヌメデスの背中を、呆然と見送ることになった。



 走りに走って、ウラニアは息を切らせた。もう村のはずれまで走って、目の前には深い森が広がっている。この森を超えると、もうムーサ王国の支配下ではなくなる。そんな国境ぎりぎりの森の中へ、息を整えたウラニアは躊躇なく足を踏み入れた。

 さすがに、森の中ではうまく走れない。しばらく歩いていると、木々の葉を伝って雨の滴がウラニアの髪を濡らした。ウラニアにとっては、雨は鬱陶しいものではない。まるで自分の気持ちを代弁してくれるかのようだ。雨が降ってくれれば、ウラニアは涙を我慢できる気がした。

 ウラニアの体がすっかり冷えてしまった頃、彼女は漸く目的地に到着した。そこは古く蔦に覆われた教会の礼拝堂だった。扉を開くと、ギシギシと怪しい音が響く。真正面には、美しい女性の石像が立っていた。ウラニアは石像の前で跪くと、そっと目を閉じた。


 ―――――神様、ごめんなさい。


 俯いたまま、心の中で唱えたのは、まずは謝罪の言葉だった。

 ムーサ王国では、いまや国教が存在しないに等しい。以前は教会でお祈りをして、神を崇めていたようだったが、若者がどんどん宗教から離れ、教会などどの街でも似たような状態のまま放置されていた。国王は国教の復興を狙っていると聞いたこともあるが、そのような政策はいまだかつて成功した試しがなかった。

 ウラニアは、そんな一般の国民とは違った。彼女は何故か幼い頃から、神の存在を信じていた。こうして何かあると、村はずれの教会まで足を運んでは神に祈ったり、懺悔したりしていた。

 今回の訪問は、懺悔のためだった。ウラニアは、オモルフィに嫉妬して、心穏やかでいられなくなってしまったのだ。それは、特にオモルフィだったからというのもあった。それに、少し期待してしまっていた。ガヌメデスが、オモルフィの誘いを断ってくれるのではないかと。ウラニアとの約束を優先させてくれるのではないか、と。

 「愚かな私を、どうか見捨てないでください……」

 そう呟いて、ウラニアは頭を振った。これでは神様に懺悔しているのではなく、お願いしているようだ。こうして口にすると、自分が全く反省していないことが伺いしれて、恥ずかしくなる。

 再び祈りに集中しようとした時、背後からギシギシと音がした。ウラニアは、咄嗟に女神像の後ろに隠れてしゃがみこんだ。こんな場所に来る者などいない。怪しい者が入ってきた可能性もある。

 ところが、ウラニアの頭は、不審者のことなどこれっぽっちも考えていなかった。期待しては駄目だと、逸る鼓動を落ちつけようとする。足音はすぐそこまで近づいて、ぴたりと止まった。息を殺すウラニアの上から、その優しい声は降ってきた。


 「見つけた。やっぱり、また此処にいたのか」


 見上げると、期待した通りの顔が、そこにあった。アッシュグレーの瞳は、優しい色に輝いている。このままだと不躾に見つめてしまいそうで、ふっと視線を逸らす。それに気づいた優しい瞳の持ち主は、そっとウラニアの隣に腰かけた。

 「泣いているのか」

 「泣いてません」

 「ふっ、ウラニアは泣き虫だな」

 泣いていないといったのに。ウラニアは口を尖らせた。隣に座った優しい男性は、自分の着ていた分厚い騎士の紋章のついた上着を、ウラニアにかけた。

 「ガヌメデス様?」

 「濡れたままでは風邪をひくぞ」

 そう言って、ガヌメデスはまたウラニアの頭をぽんと撫でた。その手が優しくて、温かくて、本当に泣いてしまいそうだった。悪いのは私なのに、と、ウラニアは心の中で必死で唱えた。

 泣いてしまえば、自分は悪くないと、私は悲劇のヒロインだと、そう言っているようで嫌だった。本当に悲劇のヒロインだったら、どんなによかっただろう。物語に出てくる悲劇のヒロインは、みな幸せの中で悲劇に身を投じているではないか。少なくとも、ウラニアにはそう見える。だがウラニアは、自分の蒔いた種で自分を追いつめているだけだ。自業自得、というやつである。

 冷静になってきて、懺悔の気持ちも少し落ち着いた。そして何より、隣にずっと寄り添ってくれるガヌメデスのおかげである。

 「あの、ガヌメデス様。いつもありがとうございます」

 素直にお礼の言葉を述べると、ガヌメデスは堪えきれないというように吹き出した。

 「ぶふっ」

 「な、何ですか」

 「いや、すまない。ウラニアとも、随分仲良くなれたものだと思って…少し昔を思い出してしまった」

 ガヌメデスにそう言われて、ウラニアは少し俯いた。



 もう何年前だろう、ガヌメデスが騎士になって初めての配属先が、このハイマットだった。ウラニアは、今ではガヌメデスに懐いているが、幼い頃は誰とでも距離をとっているような少女だった。

 ガヌメデスの目には、彼女は家族にすら、自分の気持ちを出していないように見えた。我儘を言わないわけでもなければ、口数が少ないわけでもない。むしろ、活発で明るい性格だ。それなのに、ふとした瞬間に、遠くを見るように視線を空へ向け、寂しそうな色を瞳に浮かべる。友達と元気に遊んでいるのに、気づけばひとりで歌を口ずさんでいる。近づけば離れ、離れれば寂しそうに見つめてくる。根気よくウラニアと接し続けて、何年かして漸く彼女の警戒が解けたようで、話しかけてくれるようになった。こんな風に二人で話をしたり、お茶をするようになったのは、つい最近と言ってもいいほどだ。

 「あの頃は、ウラニアの考えていることがさっぱりわからなかった」

 「まるで、今なら何でもわかる、みたいな言い方です」

 ガヌメデスが隣を覗き込めば、少しむっとしたように拗ねる可憐な少女がいた。それを見て、思わず彼の頬は綻ぶ。もう癖のように、ウラニアの頭を撫でる。

 「全部とは言えないが、ある程度はわかるぞ? 今日だって、ここにいるのがすぐにわかった」

 彼女は、何かあればこの教会に駆け込む。悲しいとき、辛いとき、いじめられたとき、怒られたとき、一人になりたいとき。そしてそんなときは決まって、雨が降っていた。

 「大人って…ずるい」

 「大人か。確かに、俺はもう三十歳になるからな。ウラニアと比べたら、おじさんだ」

 ウラニアのことは何でもわかっている、とでも言われたようで、ウラニアの心臓はばくばくと音を立てている。こんな風に舞い上がらせるなんて、大人は本当にずるい。その一方で、ガヌメデスの返答に少し困惑してもいた。この歳の差が、まるで二人の間に大きな溝を生んでいるように思えて、今度は急に不安になった。一喜一憂して俯いたウラニアの肩を、ガヌメデスはそっと抱き寄せた。

 「さあ、そろそろ村へ戻ろうか」



 それからしばらく、忙しい日々がハイマットを巡った。祭りはひと月続くが、その間にムーサ王国のすべての都市を国王が視察するのだ。国王に忠誠を表すのに、村の家々の色を統一して塗ってしまうほど、準備には余念がない。

 ウラニアは普段から、畑や家畜の世話、家族の手伝い、学舎で幼い子の面倒を見たりと、忙しく過ごしていた。特にこの祭りの期間は、祭りの準備をする大人たちの分まで働かなくてはならない。より一層忙しく働いていたから、オモルフィに会う機会もなく、忙しくとも穏やかに過ごせていた。もっとも、穏やかでいられた一番の要因はガヌメデスだった。

 忙しく過ぎる日々の間にも、ガヌメデスとだけは頻繁に逢っていた。お茶をするようなまとまった時間はとれなかったが、暇をみてウラニアが古い礼拝堂にいると、必ずガヌメデスが現れた。なんだか意思疎通ができているようだと、二人は笑った。傍から見れば、歳の離れた兄妹のように映っていただろう。ウラニアにはガヌメデスの真意はわからなかったが、それでもよかった。一緒にいる時間は確かに幸せだったのだから。


 祭りまであと十日ほどになり、ハイマットに配属されている騎士団も護衛のための訓練に勤しんでいた。この日も騎士団は朝の訓練を終えて、休憩のため皆で宿舎へ戻っていた。各都市に配属になった騎士は、皆で宿舎で生活をする。ハイマットでも、村のはずれに小さな宿舎があって、そこで五十名程度の騎士がともに生活をしていた。

 同僚の騎士と雑談しながら宿舎の自室へ戻ったガヌメデスのもとへ、白い鳩が舞い降りた。それは伝書鳩で、国王直々の指令だった。綺麗な白い鳩の足首に括りつけられた紙をとり目を通すと、ガヌメデスはバタバタと慌てて準備をして、騎士の宿舎を飛び出した。途中すれ違う同僚に、あとで連絡するから暫く留守にする、とだけ、声をかけていった。


 鍛錬以外では滅多に使わない愛馬を走らせ、急いで向かった先は、ウラニアの家だった。ちょうど家族と畑仕事をしていたウラニアは、馬の走る音に驚いたが、手綱を握るのがガヌメデスとわかると、すぐさま近くへ寄って行った。

 「ガヌメデス様、どうしてここへ」

 「説明している時間も惜しい。ウラニア、私と一緒に王都へ行ってほしいのだ。家族には私から話すから、すぐに出発の準備をしてくれ」

 切羽詰まった様子のガヌメデスを、ウラニアは初めて見た。こんな状況でもすぐに足が動いたのは、相手がガヌメデスだったからだ。違う人…たとえ家族であっても、ウラニアはここまで俊敏に動けなかっただろう。

 ウラニアが家へ戻って準備する間に、ガヌメデスはウラニアの家族へ説明した。もっとも、家族に理解してもらえなくても、ガヌメデスはウラニアを連れていくつもりではいたし、国王からの勅命でウラニアを連れてくるようにお達しがあったことを告げられれば、ウラニアの両親は断ることはできなかった。ただ、道中の彼女の無事だけを、ガヌメデスに固く約束させるまでは彼を離さなかったが。

 思ったより早く準備を済ませたウラニアは、手短に家族に挨拶をすると、ガヌメデスに抱きかかえられるように馬に乗せられた。ウラニアの背中がガヌメデスの腹にぴったりと密着して、彼女の腰にはガヌメデスの左腕がしっかりと回されている。ガヌメデスは器用に右腕一本で手綱を握り、馬を発進させた。

 「すまないが、急いでいるからこのまま行く。鞍が狭いが、我慢してくれ」

 耳元で囁かれる低い声に、ウラニアはビクリと体を硬直させる。しかしすぐに、後ろにいるガヌメデスに聞こえるようにはっきりと声を上げた。

 「構いません、急ぎましょう」

 その声に、ガヌメデスは頬が緩むのを堪えきれなかった。


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