本田昌幸
5
本田昌幸は普通の少年だった。中肉中背、ルックスは中の中、成績は中の上、運動神経中の下、交友関係はそれなりで、活動的なグループとオタク趣味なグループの丁度中間に位置するどこにでもいそうな顔をした、どこにでもいそうな高校生だ。
土湖鹿野市土湖鹿野育ち、海外に出た経験はなく、修学旅行以外では県外に出たのも親戚の法事で1度だけ東京に行ったことがある程度。
部活動は中学時代に剣道部に入っていたが、当時は辛いだけでほとんど楽しいと思ったことはない。が、顧問が怖くて辞めることも出来なかった。高校に入ってからは心機一転、女子の多そうな文化部にでも入ろうと思ったのだが、結局女子だらけの部活に入る勇気が出ずに帰宅部に入部することになってしまった。
そんな昌幸がいつも通り部活に精を出していると、不意に足元で何かが光る。それと同時に気を失い、目が覚めると見たことのない天井を見上げていた。「知らない天井だ」 とは言えなかった。混乱する昌幸の第一声は――
「え、なにこれ? ……ドッキリ?」
で、あった。
それも仕方ないことだろう。通学路を歩いていたはずが、気付けば四方八方すべてが石のような材質で出来た部屋にいたのだから。
「突然の無礼をお許しくだされ勇者様」
「へ?」
突然背後から声をかけられたので振り返るとそこには煌びやかな服をまとった老人と何十人といる黒いローブ姿の人間の群れ。
――なんだこれ、怪しい宗教団体?
まず最初にドッキリを考えた昌幸であったが、彼らを見た瞬間には新興宗教団体が生贄にするために誘拐したのかと考えが変わった。足元にある不思議な紋様と目の前にいる怪しげな集団。そう考えてしまうのも無理からぬことだろう。
「重ねて礼を失することは理解しておりますが、どうか我らの願いをお聞きくだされ」
「え? なにそれ、生贄になってくれとか嫌だよ」
「いえいえ、そのようなことではありませぬ」
老人は恭しく頭を下げ、昌幸の言葉を否定した。
「魔界に魔王が現れ、我らの人間界は危機に瀕しております。どうか、勇者様のお力でお救いくだされ」
――生贄と何が違うんだ? てか、あれか、異世界召喚とかいうやつか……
ちょうど先日オタク趣味の友人から勧められた小説が似たような展開だったと記憶している。現実にあり得るとは到底思えなかったが、少なくとも現状から導き出される答えはそれ以外にはありえない。
読んだ小説を思い返すが、突然異世界に召喚されて、魔王を倒しに行く勇者に昌幸はまったく共感できなかったのであまり面白いとは思えなかった。むしろこれは拉致だろう。と、考えてしまう性質なのだ。犯罪に巻き込まれ、拉致した相手に慈愛の心で救いの手を差し伸べるということはどうにも昌幸はできそうになかった。
「無理なんで帰っていいですか?」
ケンカの経験もなく、それなりの運動神経はあるが、あくまでそれなりの運動神経しか持ち合わせていない昌幸は到底自分が戦いに向いているとは思えなかった。
どうせならプロの格闘家でも召喚すればいいのに。と、考えるが物語であれば面白みが薄れるために忌避されるだろう。しかし、現実であれば逆にプロを召喚しない方がおかしい。
「そ、そうおっしゃらないでくだされ。ここは勇者様がいた世界とは別の世界です。帰るためには魔王を倒していただかなくてはなりませぬ」
「はぁっ!?」
昌幸の考える一番厄介なパターンだった。帰るためには魔王を倒せ、脅迫以外の何物でもないが、渋る相手にはこれほど有効な手段はないだろう。
「俺は何のとりえもない普通の男だぞ? 魔王なんて倒せるわけないだろ」
「いえ、この召喚陣は実験を繰り返して条件に合致した人間が召喚されると証明されております。魔王を倒せる実力を持った勇者という条件で勇者様を召喚しましたので、勇者様には魔王を倒す実力があるはずです」
――そんな馬鹿な。俺にそんな力があるわけないだろ。
内心でそう思いながらも、このまま問答を続けたところで男たちは昌幸を元の世界へ帰らせることはないだろう。
「魔王を倒せば元の世界に帰らせてくれるんだな?」
「はい。勇者様が魔王を倒し、戻ってくるまでには送還用の魔法陣を用意しておきましょう」
「…………わかった」
こうして昌幸は数日間は準備のため城に留まり、召喚した国が用意した5人の仲間と共に魔王討伐の旅へ出ることとなった。
長い旅だ。人間界にいる魔物や魔獣、魔種を倒しながら魔界へと向かい、多くの危機に瀕した国を救う。戦いの最中昌幸が学んだのは、何も戦い方や自分の身体能力が地球にいた頃よりも格段に向上していることばかりではない。
腐敗した国の指導者たち、共に旅する仲間たちがなんとか自分をこの世界に留めようとして迫る色仕掛け。この時点で昌幸はこの世界に不信感しか抱いていなかった。
魔界での魔王との激闘。辛くも魔王を打倒した昌幸はようやく帰れると高揚した気持ちで自らを召喚した国へと戻った。しかし、待ち受けていたのは幾日も続く戦勝記念パーティや貴族の子女が毎夜部屋を訪れる日常ばかりだった。
いよいよ我慢の限界に達し、国王に自分を元の世界へ帰らせるよう迫ると返ってきた言葉は「送還用の魔法陣は存在しない」という言葉だった。
王の言葉に堪忍袋の緒が切れた昌幸は本能の赴くままに暴れまわった。城を破壊し、街を襲う。
国の代表が約束を反故にし、安穏とした日常をむさぼる国など必要がない。自分が魔王になってやろう、と人間界が壊滅するのではないかという勢いで暴れまわる勇者に人々は恐怖した。
昌幸は7日7晩暴れまわった後に忽然と姿を消した。理由は誰にもわからなかったが、恐怖の勇者がいなくなったことに人々は魔王が倒された時以上に狂喜した。これで少なくとも自分たちが生きている間は魔王の恐怖におびえる必要がなくなったのだ。
それから15年、人間界に衝撃が走った。勇者の誕生である。魔王はおらず人間界には魔王に匹敵する力を持った勇者が存在する。これはまたとないチャンスだろう。と、人種はここぞとばかりに魔界へ攻め込んだ。
魔王がいないことで統制のとれない魔種たちは敗戦を繰り返し、起死回生決死の反撃で勇者を倒すまでに領土を半分まで減らすこととなった。
これが魔種にとっての暗黒時代の全容であり、昌幸が初めて異世界へと召喚された一部始終である。
後世人間界では最初に現れた勇者の存在はなかったこととされ、魔王不在時代として歴史書に記載されることとなった。