カンヘル族3
4
「つまり、俺が魔王城で最初にぶつかっちゃったあの黒騎士が君だった。ってこと?」
「あぁ、そうだ」
マサユキはカンヘル族の女性、アルマの案内で集落の中央に位置する天幕の中で彼女の話を聞いていた。隠しているはずの力を何故彼女が知っていたのか、確かにステータスを確認する能力があるのであれば納得できる。
「そんで、その時に能力で俺のステータスを確認した……と」
「すて……なんだ?」
「ステータス。能力ってこと。能力と能力って同じ言葉で使い分けられないでしょ? だから、スキルとしての力は能力って呼ぶし、スキルじゃない力、全体的な能力はステータスってわけるでしょ」
「いや、能力は能力であって、能力は能力だろう」
――あぁ……この世界って基本的に日本語じゃないんだっけ……
日本ではスキルもステータスも能力と表記できるため脳内で漢字変換してしまうと齟齬が生じてしまうが、それはあくまで日本人であるマサユキだけの話だ。もともとこの世界の人間からすれば、スキルと能力は別で、言葉的にも別のことなのであろう。と同でもいいことながらマサユキは理解した。
「ちなみに自分でも魔王より強いのはわかってるけど、魔王の能力ってどんな感じなの?」
「魔王様の能力はだな……」
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Name:アルガンド・ラウーザ・ベルファルク
Job:魔王
Ability:体術4/4 剣術4/4 斧術3/3 魔法(イテルナ)4/4 内政3/3 統率4/4 知略3/3 芸術3/3
Skill:変身(真・魔王)【固有】 王者の威圧【特殊】
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突然頭に文字が浮かびマサユキは驚きの表情を浮かべた。
この世界におけるステータス閲覧のスキルである『視る者』は他者に自分の知るステータスを見せることが出来るようだとすぐに理解してすぐに感心したように頷いた。
マサユキの知る自らのステータスと表示の型式が違うことで比較することはできないでいたが、アルマの話を聞く限りでは自分よりも弱いのだろうと納得しておくことにした。事実、マサユキは魔王と戦って傷の1つも負わずに完勝しているのだから気にすることもないだろう。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらっても構わんか?」
「本題?」
アルマの言葉にマサユキは首を傾げる。
その反応を見てアルマは額に手を当ててため息をこぼした。
「お前は話をするためにここに来たのだろう」
「あぁ。そう言えばそうだね。忘れてたよ」
ケラケラと無邪気に笑うマサユキ、アルマは彼がよくわからなかった。
欲深く、意地汚いのが人族。人種の中でもあらゆる欲に忠実で、それ故に他の種族に劣った力しか持たないというのに人種の中で最大規模を誇る。これが魔種から見た人族の評価であり、この世界においてそれは正鵠を射ていた。
だが、目の前の男はすべてを自由にできるほどの力を持ちながら、無暗にそれを行使しない。アルマの知る人族とはかけ離れた存在だ。
圧倒的なまでの力、アルマがどれだけ望んでも手に入れることが出来ないほどの力を持つ男。しかし、こうして会話しその表情を見れば、不思議と恐怖や嫉妬は感じない。敵として対峙すれば瞬きする間に殺されるであろうが、少しも警戒する気にもなりはしない。
――不思議な男だ。
アルマは頭の片隅でそう考える。
「さて、じゃあどう説明しようか……」
色々と話したいこともあるが、今まではすべて話をする前に断られてしまっていたのでどう説明するのか考えてもいなかったマサユキはここにきて思案顔になった。
どんな街を造りたいのか。どうしてその街を造りたいのか。なぜ手伝ってほしいのか。説明しないといけないことは多くはないが少なくもない。そして伝えたいことは非常に多い。
「まずはそうだな。アルマは人種は嫌いか? 敵として皆殺しにしなくちゃいけないとか思ってる?」
「ふむ……いや、そうは思っていないな。魔王様に命じられれば皆殺しにするつもりだが、私個人にはそのような考えはない」
「カンヘル族の仲間が殺されたことだってあるでしょ?」
「たしかにその通りだ。だが、戦いとはそう言うモノだろう。それを言ってしまえば我らカンヘル族とて人種を殺してきた。私も両の手では数えきれない人種を殺してきた」
「うん。そう考えるのが俺としては普通なんだ。でも、そうは考えられない人もいる」
「?」
マサユキの言葉にアルマは首を傾げた。
アルマの考えは個人の考えというものも確かにあるが、カンヘル族、ひいては魔種全体に共通する考え方だった。何事にも例外はいる。全体の数が増えればその例外の数も増えるだけに少ないとは決して言えないが、魔種の大多数は戦うのだから殺す覚悟も殺される覚悟もするのが普通であり、命を懸けた戦いで殺されたことを恨むのなど筋違いも甚だしい。
「戦いで魔種に家族が殺された。戦争で敵に同胞が殺された。復讐だ、敵討ちだ、とか理由をつけて戦う。憎しみが連鎖するからいつまでたっても戦いが終わらない」
「……ふむ」
「でも、アルマみたいに考える人もいる。魔種にもいるだろうし当然人種にもそう考える人がいる。でも、戦いになれば、そんな人たちだって大切な人や自分を殺されないように自分の意志とか関係なく戦わなくちゃいけなくなる。俺はそんな自分の意志では戦いを望んでいない人たちが安心して暮らせる町が造りたい」
「………………」
アルマは無言でマサユキの言葉に耳を傾け続ける。
戦いたくない、とそう考えている者はカンヘル族の中にもいる。しかし魔種を統べる魔王の命令を受ければ人間界を攻めなくてはいけない。魔種が人間界に行けば人種はこぞって魔種を殺そうと遅いかかかってくる。そうすると戦わなければ死が待ち受けているので戦わざるを得ない。
魔種は子どもを除けば個々の戦闘力が高いため全員が兵士として動けるがために、軍やそれに準ずる戦士の機構は存在しない。カンヘル族のような人種を圧倒する力を有している種族では特にそうだ。大人は戦士として戦う。と言うのが魔種の常識になっているのだ。
そのため、自分の身は自分で守る。戦いもせずに誰かに守ってもらうことはできない。
マサユキの考える街は、人種のように軍を編成し一定の防衛能力を持ちつつも基本的に兵ではない領民が戦わなくてもいい環境を整えようとしている。マサユキの治める街に暮らしていれば、魔界にありながらも魔王の統治から独立しており、人間界を侵略する命令が来ても拒否できると言う。この話を聞けばこの集落にいる戦いに肯定的でない者は喜んで街へ行くだろう。
「……なるほど…………な」
マサユキの話を聞き終えたアルマは目を閉じ、マサユキの話を反芻する。
マサユキの話は決して分かりやすいものではなかった。順序立てられておらず、伝えたいこともまとめきれていない。ある程度以上の情報処理力がなければ彼の思い描く街を半分も理解できないだろう。
アルマはマサユキの話を頭の中でまとめ、彼の思い描く街を自分なりに想像してみる。それは思いのほかおもしろそうな街であった。
魔界には存在しない文化、芸術、豊かな生活。今の生活が魔種にとって悪いわけではない。人種がこの魔界で魔種と同じように暮らせば満足できないだろうが、今までずっとなかった、求められることもなかったのだから、魔種は総意として文化らを必要としていなかったのだろう。
いや、文化らを知らなかったのだから、求めなかっただけでマサユキの話を聞いたアルマは話で聞いただけのそれらがどのようなものなのか、自分の目で見て、実際に手に取り、使ってみたい、味わってみたい。そう考えていた。
「お前の話はわかった。私個人としては非常に興味がある……父上はどうですか?」
アルマがそう言うと彼女の後ろからのそりと何者かが天幕に入ってきた。
まず目につくのは左腕が肩からないこと、続いて一目で龍人だとわかる完全に龍としか見えない顔だろう。身の丈は3メートル近く、カンヘル族の中でも一際大きい。それは身長という意味だけでなく、横にもかなりの大きさだ。しかし、彼を見て太っていると言う者はいないだろう。鍛え上げられた肉体には無駄な脂肪などどこにもなく、右腕などは筋肉で膨れ上がりマサユキの胴体ほどもある。
父上とアルマが言っていただけに彼女の父親であろうが、頬の一部を鱗が覆っている以外はほぼ人族と同じ容姿のアルマとは違って完全に龍と言って過言ない顔をしているのがマサユキには意外だった。
「盗み聞きをするようで申し訳ないな客人よ。儂はこの集落の長を務めるアルゴンと申す。そこなアルマの父親でもある」
「いえ、気づいていたので気にする必要はないです。見ず知らずの怪しい男がアルマさんのように美しい女性と2人きりで話をするのに警戒しない方がおかしい話ですからね」
マサユキは頭を下げるアルマの父親、アルゴンに自嘲気味な笑みを浮かべながらそう答える。美しいと言われたアルマは頬を染め、アルゴンは目を丸くした。
「美しい、美しいかこのお転婆が……ははは、客人はなかなか愉快なお方だ。冗談がうまい」
「いえいえ、本当のことですよ。アルマさんはすごい美人です。今すぐにでも求婚したいぐらいです」
「もういいやめろ!」
顔を真っ赤にしたアルマが怒鳴り、さらに褒め続けようとしたマサユキを止める。マサユキからしてみれば美人を美人だと事実を述べているにすぎず、事実なのだから美人だなんだと褒められ慣れていると思っていたのだが、どうやらアルマは違うらしい。
マサユキが不思議そうに首を傾げるとアルゴンが声を上げて笑いながら答えた。
「はっはっはっ! このお転婆は 女だてらにこの集落一番の剛の者でな。強い強いと持て囃されても美しいなどと容姿を褒められることには慣れておらんのだよ」
「あぁ、なるほど」
「父上っ!」
「くくく……さて、客人よ。儂もお主の話は面白いと思う」
「そうですか?」
「あぁ。だがな……」
アルゴンはスッと目を細めマサユキは意にも介さぬであろうことを理解しつつも殺気をまき散らし、マサユキを威圧する。
「客人よ、お主はいったい何者だ?」
「何者……ですか」
「アルマの話を聞けば、魔王様を圧倒する力を持ち、事実魔王様を叩きのめしてこの北方領領主の座を奪い取った。しかし、他所の集落の話を聞けば、力で何かを成そうとはしない。力を行使したのは魔王様が相手だったただの一度だけとはどうにも納得できんでな」
なるほど。とマサユキは頷いた。
自分のすることしたいこと、そのすべてを文字通り自分の”力”で成そうとする魔種からすれば自分のやり方は奇怪で、この上ないほど不審なやり方だろう。アルゴンがそれを疑問に思うのももっともなことだ。
先ほどアルマにも同様の質問をされたので、その時の答えを聞いていないことはないだろうが、その上で同じことを訊くと言うことはもっときちんと自分がなぜそのような考えを持って行動するのかも説明せねばならない。
別段隠すことでもないので、マサユキはわずかな逡巡もなく口を開いた。
「600年前の暗黒時代はご存知ですか?」
暗黒時代。これは魔種にとって忘れたくとも忘れられない屈辱の時代だ。
ちょうど600年前、勇者が魔王を倒した。それだけならば別段珍しくもないことだったが、その時ばかりは事情が違う。魔王が現れてわずか1年で倒されてしまったのだ。魔王による魔種の統制は中途半端に終わり、組織だった人間界への侵略は行えずに魔界の拡大は停滞することとなった。
魔王がいなくとも魔種は人種よりも強い。次代の魔王が現れるまで魔界と人間界との境界線は停滞するかと思われた矢先に人間界は攻勢に出た。気でも狂ったのかと辺境の魔種たちは人種に反撃するが、結果は見るも無残な敗北であった。
その理由は単純で、人種の軍勢に勇者がいたのだ。過去に魔王はすべて勇者に倒されているが、そのすべてが壮絶な戦いの末に相討ちという形で終わっていただけに当時の魔種たちは大いに混乱した。
なんとか全魔種の7割を犠牲にして勇者を倒した魔界勢であったが、当時の魔界は半分まで人間界となり、大陸全土魔界化は大きく後退することとなってしまったのだ。
以後その時代を暗黒時代と呼び、全ての魔種が屈辱に枕を濡らすこととなった。
「もちろん知っておる。何を隠そう儂のこの腕も2人目の勇者に斬り落とされたのだからな」
「それは……申し訳ないです」
「何を謝る。人族であっても600年は昔の話だ。お主に直接関係はなかろう」
「いえ、俺は……俺が暗黒時代に魔王を倒した1人目の勇者なんです」