ある王国の間違った選択
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人間界のとある王国。
人種の国の中でも強大な人族の国レーノン王国、今この国の王城では非常に重要な儀式が行われていた。
魔種が住まう魔界で魔王が現れたのだ。人種よりも強いと言われる魔種ではあるが、その強さはピンからキリまでいる。しかし、そのピンをはるかに越えた強さを誇るのが魔王だと言われている。1万の軍でようやく互角の戦いができるドラゴン、そのドラゴンが100体集まっても赤子の手をひねるように勝利をできるのが魔王であると言えばその圧倒的な強さがわかるだろう。
人種が全戦力を集結させても到底勝てる相手ではない。幸いにも魔王はその強さが災いして、魔種を構成する魔力が反発してしまうため精霊力の強い土地に入ることが出来ない。つまり、魔王は精霊力が強い人間界に入ることはできず活動は魔界に限定されるのだ。
しかし、魔王によって統制された魔種は人間界に入り、精霊を喰らう。精霊がいなくなれば精霊力は弱くなり、魔界と呼ばれる精霊力の低い土地が広がってしまう。それは魔王が活動できる範囲が広がると言うことだ。
魔王によって統制が成された魔種はさながら軍隊の如く人間界を襲う。今はまだ魔王が現れてから日が浅く統制が完全ではないため、魔種と人種の戦争が始まったわけではない。が、魔種による民の被害は増加傾向にある。戦争が始まるのも近いだろう。
魔王が魔種の統制を終える前に対抗策を講じなければならない。レーノン国王は対魔界連合国会議にてそう主張したが、人族だけでなく人種の総力を結してでも魔王に傷1つ負わせることすらできないだろうことはどこかで理解していた。
記録の上でしか魔王のことは知られていないが、目の当たりにしなくとも魔王への恐怖はすでに遺伝子レベルで理解させられているのだ。
では、なぜ今まで人間界のすべてが魔種に蹂躙され、魔界と化していないのか。それは、魔王と対になる存在、勇者がいたからだ。しかし、その勇者はなかなか現れない。過去の文献を見ると、ある一定以上の被害が人種にもたらされてからようやく現れている。
最新の学説では、人種が窮地に陥ると脅威に対応するため何かしらの遺伝子が突然変異を起こし勇者と呼ばれる存在が生まれるのではないか、とされている。
勇者が現れるのを座して待っていてはいけない。勇者が現れれば魔王を倒すことはできるが、勇者が現れるまでの間に魔界は拡大し、徐々に人間界は狭くなっていく。今代の魔王が人間界のすべてを魔界と化すことはないだろうが、このままではいつか人間界はなくなってしまうだろう。
ならばどうすればいいのか。
勇者が現れるのを待つのではなく、勇者を自分たちの手で用意すればいい。
レーノン王国が中心となり、人工勇者計画は早急に進められた。
人工勇者を造り出すうえで、まずは魔法で強化を繰り返し圧倒的な強さを獲得する方法がとられた。
強化魔法は効力を重複させればさせるほど、術者への反動が大きくなる。また強化された方もその力が一定を越えると身体に異常をきたすようになり失敗に終わった。
前回の失敗を踏まえた上での次なる方法は、人に強化を施すのではなく武器に強化を施す方法だった。
素材に魔力伝道効率のいいものや、魔力蓄積が成されやすいものを用い、鍛錬の途中で強化魔法をかけることを繰り返す。しかし、いかに優秀な鍛冶師が剣を打っても折れてしまう。一応は剣の形で出来上がっても、およそ魔王に対抗できるほどの効果が付与されることはなかった。
その後も様々な方法を試すが芳しい結果が得られることはない。刻一刻と時間だけが浪費されていく。
このままでは魔種が侵攻してきてしまう。恐怖に駆られたレーノン国王は数百年前にただ1度だけ使われたが、そのただ1度を最後にし以後使ってはならないとされる方法、過去の国王が禁忌と指定した方法に手を出した。
その方法とは、異世界からの召喚である。
召喚魔法と俗に言われる魔法は契約した相手をその場に呼び出す魔法だが、王族にだけ伝えられる禁忌の召喚魔法は違う。
この世界とは違う別のどこかから魔法で設定した条件に合致した相手を強制的に呼び出すのだ。条件に合致した相手が見つかれば即座に呼び出すため、相手と契約したり了承を得ることなどない。召喚される相手からすれば迷惑極まりない方法である。
なぜこの魔法が禁忌とされるのか。それはなにも「強制的に相手を呼び出す」という理由だけではない。なによりも問題なのは、相手を元いた場所に送り返す方法がないことなのだ。
強制的に相手を呼び出しておきながら相手を元いた世界に送り返すこともできない。人道的に禁忌とされるのに十分な理由だろう。
しかし、レーノン国王はこの魔法を使うことを決めた。
条件はただ1つ――魔王を倒すことが出来る人間――これだけだ。
魔王を倒せるだけの人間が敵に回れば勝てるはずがない。
できるだけ穏便に、元の場所へ戻ることができないことは最初は伝えず、戻りたければ魔王を倒すように言えばいい。そうすれば、少なくとも魔王を倒すまで時間を稼ぐことが出来る。その間にこの世界に愛着を持たせ、この世界に残るように相手から願い出るよう仕向ければいい。
幸いなことにレーノン国王には親のひいき目を除いても文武に優れ、容姿も整った息子と絶世の美女と言って過言ではない娘がいる。勇者が男女のどちらであっても、子どもを使って籠絡させればいいのだ。
宮廷魔法使いたちが召喚陣を囲んで呪文を唱えているのを固唾を飲んで見守りながらレーノン国王はどうにかこの計画が成功することを願っていた。
宮廷魔法使いたちが同時に呪文の最終節を唱え終えたところで召喚陣が発光を始める。
少なくとも召喚が始まったと言うことは条件に合致する勇者が存在すると言うことだ。
そのことに安堵しながらも、勇者が自分の計画通りに動く人間かどうかを見極めるため気を引き締め直す。
徐々に光が弱まっていき、完全に光がなくなると召喚陣の中心に1人の男の姿があった。
レーノン王国では滅多に見かけない黒目黒髪、醜男ではないが、髪と目の色以外は取り立てて目を引くこともない普通の容姿をしている。
服装はゆったりとしたもので一見したところでは、城下にもいる普通の市民とそう違いがあるとは思えない。
「………………あれ?」
召喚陣の中心に立つ男、勇者はキョロキョロとあたりを見回し、宮廷魔法使いたちの姿に気が付くと部屋の中にいる人間を順々に見つめて行き、最後にレーノン国王で視線を留めた。
「おたくらどちらさん?」
覇気は感じられず、見るからに普通の人間である勇者を見てレーノン国王の頭に国庫の半分を使い、国民から臨時徴税してまでしたというのに、まさか失敗したのかという不安がよぎったところで、勇者はいたって普通にそう言った。
「お初にお目にかかる勇者殿。まずは、突然の無礼を詫びたい」
「……勇者、ねぇ」
勇者と言う言葉に何か引っかかるものを感じたのか、勇者は再び視線を動かし、今度はレーノン国王ではなく足元に刻まれた召喚陣で視線を留めた。
「突然呼び出された上に我らの願いなど聞き届ける道理などないことは重々承知しているが、どうか我々の願いを聞いてほしい」
「やだ」
「魔王の脅威から我らを救ってほしい……なんだと?」
「だから、やだ」
一刀両断であった。
願いの内容を聞き終えるよりも早く、むしろ願いを聞いてほしいと言った直後に断る。ずいぶんと強烈なカウンターである。
「……信じられないだろうが、ここは勇者殿の元いた世界とは別の世界だ。召喚術でこの世界に召喚したわけだが……言いたくはないが、こちらの願いを聞いてもらえなければ元の世界に帰ることすらあたわないのだぞ」
「いや、ていうか無理でしょ」
「無理? 何が無理だと言うのだ?」
あっけらかんとした様子で言う勇者だったが、レーノン国王には意味が分からない。
まさか、魔王に勝てないとでも言うつもりであろうか。
「この魔法陣って召喚の術式しか書かれてないよね」
「っ!?」
レーノン国王は、この勇者に見た目には似合わない召喚陣が解析できるほどの実力があることに驚き、そして内心で焦り始める。
送り返すことが出来ないことを悟らせてはいけない。もしも、ここでそれに気付かれてしまえば計画はすべて水の泡だ。
「それは、貴殿を送り返す陣は別の場所にある。こちらが悪いことは十分理解しているが、それでもこの手段にすがるしかないのだ」
「はい、ダウト~」
「だう……なに?」
聞きなれない言葉に混乱する国王だが、そんなことは無視して勇者はケタケタと笑いながら魔法陣の一角を足でなぞる。
「どうせ帰る方法ないんでしょ?」
「……なぜそう思う?」
「だって、この魔法陣見たことあるもん。というか、この魔法陣で召喚されるの2回目だから」
「な、なに!?」
この男は何を言っているのかレーノン国王には即座には理解できなかった。2回目。その言葉通りに受け止めれば、彼はかつて異世界から召喚されたことがあると言うことになる。しかし、それがいつかはわからない。いや、この召喚術は過去にたった1度使われてから禁術とされたのだから、そのただ1度の被害者がこの勇者だったのだろう。
「まぁさ、正直に話していたからってまた助けるかどうかは別だけど、嘘言うのはダメだよ」
「いや、嘘ではない……元の世界に送り返す方法が見つかったからこそこの方法を……」
「…………それもウソだろ?」
一瞬、ほんの一瞬だが放たれた殺気。レーノン国王たちを油断させるためか、気遣ってかはわからないが、殺気と一緒に解放される勇者の力。
人種ではどれだけ集まっても勝つことが出来ない魔王。その魔王を倒せるだけの力が、優に100人は入れる部屋の中を渦巻く。指向性を持たせず、暴力として発現させていないと言うのに、その力に中てられた人間の大多数がその場で気を失った。
謀略渦巻く海千山千の王宮で国王を務めているだけに精神力が鍛えられていたレーノン国王はなんとか膝をつきながらも気を保っているが、その内心ではただひたすらにこの勇者を召喚したことを後悔し続けていた。
「ま、あれだ。そのうち勇者もこの世界の人種の中から現れるんだから、それまでのんびり待てばいいさ」
「は、話し合いの余地は……」
「ない」
断言した勇者はツカツカと壁際まで歩いていくと、幼子にボールを投げるかのごとく軽い動きで壁に拳をぶつける。直後、城中に響くのは轟音。
直下型の大地震のような揺れが起こり、城のいたるところから悲鳴が上がる。巨大な城を揺らすほどの拳を受け止めた壁はそんな衝撃を受け止めきれるはずもなく、案の定音を立てて崩れ落ちる。
ぽっかりと穴が開いた壁の向こうには青々とした空が広がっていた。
「んじゃ、さようなら」
地面との距離が50メートルはあると言うのに自ら開けた壁の穴から外へ飛び出す勇者。気を失っていなかった人間が同時に慌てて駆け出し、穴から顔を出して周囲を探るがすでに勇者の姿はどこにもなかった。
こうしてレーノン王国の選択した方法は失敗に終わったのだ。