明日が最後の
とある都市のはずれで、僕は喫茶店を営んでいる。
お世辞にも大きいとか立派とかいえない、小さな喫茶店。席数は全部で14人席ほどしかないけど、小さいながらにも自分の城だった。
しかしやはりというか、スペースは広くなく、客入りもそれほど多くないから、隅で話していたとしても、自分の元まで会話が届く。
お客さんたちの何気ない日常。それをのぞくのは、僕のほんの小さな楽しみだった。
とある土曜の昼間。
ガラガラの店内に入ってきたのは2人の若い女の子。
長く話すつもりなのか、お冷をポットごと要求し、後は普通に紅茶と、おつまみにピザを頼んできた。
僕はかしこまりましたと応対し、ポットと、注文の紅茶を彼女達のテーブルに置くと、カウンターに戻った。
「もう、秋も終わりだね」
「結構早かったね」
女の子達の声が聞こえる。
紅茶を飲みながらだべり始める女の子達。
紅茶で喉を潤しながら会話は続く。
「そういえば知ってる? 初物をはじめて食べる時は、彼氏と一緒に食べるといいって!」
「マジ? 初めて聞いた! もう! 早く教えてよ。もう栗も秋刀魚もキノコも全部食べ終わってて、何も残ってないわよ」
その話は僕も知っている。テレビでやっていた。
視覚、味覚、ポジティブ感情、初めての事。これらが心理学的に働き、どうのこうので、人間関係が深まりやすいとか。
ごめん。詳しいことはよくわかんない。
「別にいいじゃない。冬にだって旬はあるし」
「そうだけどさー、旬の味覚を楽しむっていったら、やっぱり秋でしょ?」
「まあ確かに……」
おっといけない。
そろそろピザが焼けるかな。
僕はキッチンルームへと入っていった。
焼けたピザを皿に盛って、彼女達の席へと持っていく。
どうやら今もなお、旬の味覚の会話で盛り上がっているようだ。
女の子の会話はいつでも際限がない。
「秋はいっぱいキノコを食べたなぁ。大好きだったし。でも明日で食べ収めかな」
「もう冬だもんね。でも別に冬でも食べればいいじゃない」
話の邪魔にならないように、そっとピザを置き、僕はカウンターに戻った。
「確かに冬でも食べれるよ? でもダメなの。触るのがダメになっちゃって」
「そっかー。水分含んじゃうと、ちょっとぬるつくからね」
「いやいや、ぬめりけがダメって訳じゃないとおもうんだけどなー。たぶん嫌いって思ったから、触りたくないって思っているんだと思う」
「なるほどね」
僕はカウンターで食器を洗いながら、彼女達の話を聞く。
なめこは元から粘り気が強いけど、菌類はどれも結構ぬめりが強い。それがダメっていう人は多い。現に僕の妹がしいたけ嫌いだ。
「今はもうダメだーって気持ちが強くてさ。でも今まで好きだったから、食べ収めしたくなっちゃって」
「それで最後にするの?」
「うん。もうすでに高志と明日会う約束しているしね」
「そっか。じゃあ明日やった後に別れを切り出しちゃうんだ。嫌いなら仕方ないけどね。でも本音を言うと、アンタの性格からいって冬まで持つとは思わなかったよ」
はて?
微妙につながらない会話に首をかしげる。
「だって、彼のきのこは、おっきくておいしいんだよ?」
「はぁ。あんたのキノコ好きにはあきれるわ」
……。
さて。キッチンの掃除でもしようかな。
いまどきの女の子って怖いな。そう思うのは僕が中年と呼ばれる年に近づいているからだろうか……。