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RainyDays

無理矢理テンションの高いトランスミュージックをかける。今日は土日だが朝からバイトが入っていた。

 気分的にイライラして、朝布団から起き上がることも寒くて億劫だったが気合で起き上がると、胃に穴があきそうなブラックコーヒーを目覚ましがわりに飲み干す。低血圧で、朝は昔から苦手だった。

 でも、俺を苦しませているのは朝だけじゃなかった。横目で見るのも嫌になった物体を見る。携帯電話。

 




 正月から約一ヶ月半位たった時、突然由美子さんとの連絡が途絶えた。

 メールも、電話もいっさいも。

 俺の方からではなかった、彼女の方からだった。

 最初は、仕事が忙しいのだと思っていた。若手のOLなれば忙しいのは当たり前だ。あんまりしつこくするのも嫌がられる様な気がして、休日に挨拶程度のメールを出しても、最後に暇になったら連絡が欲しいと言ったのは、一ヶ月前だ。

 俺は、たぶんきっと生まれて初めて、恋愛で追いかける側の苦しみ、痛みを知った。あの一月のフリマの時、おそろいのストールで笑顔を見せた彼女を見た俺は、理由もなく只この人はついてきてくれるだろうと思っていた。

 雄一に電話を入れて、世間話ついでに姉の由美子さんのことをさり気なく聞いたら、「元気に会社に行ってる」それだけだった。俺がここまで一人の女を追いかけたことなどなかった。

 思えば、彼女とは、まだキスもしていないのだ。何が、俺の何がいけなかったんだろう。と無償に寂しくて、騙されていたとか、遊ばれていたとか、ひまつぶし程度の相手だったとかいう疑いの不安を、一人の時間が多いと抱えきれなくなり、土日も含めてバイトをすることに決めたのだ。

 それは、少しの諦めでもあった。働いている間は、忙しくて由美子さんを忘れていられると思ったのだ。





 ブラックジーンズにポロシャツを羽織り、VAMSのスニーカーを履いて傘を差し、俺はバイトに出かけた。

冷たい春が来ようとする冬の終わり。もうすぐ三月だというのに、頭の芯も冷え込みそうな冷たい風が吹く。天気予報の今日の千葉は降水確率百パーセント。傘を破りそうな勢いで叩きつける豪雨をなんとか越えて、バイト先のコンビニへとたどり着く。

「おはよーございます」

 俺が自動ドアをくぐり、すでに雑誌売り場でいかがわしい週刊誌を広げているサラリーマン達をすり抜ける様に店員控え室を開けると、突然携帯が鳴った。メールだ。期待をしながらも諦めた顔で、ポケットから携帯を開いてみる。


 件名 おはよーシンジ

 本文 今日講義終わったら、シンジのうち久々にあがっていい?


 俺は苦い顔をした。差出人は山田里佳子。同じ大学、同じクラス。そして今はカタチだけの、俺の大学での彼女だった。

少なくとも、里佳子は俺のことを彼氏と疑っていないのだ。大学でミスコングランプリに選ばれた彼女が何故俺なんかと付き合おうと言い出したのかはわからない。ただなんとなく、だ。会話のテンポと、ノリのよさとあきさせない人好きされる笑顔で、男子からも女子からも人気があった。里佳子とは大学入って席が隣同士になり、向こうからのアプローチもあり、流れ的に付き合ってるという噂が流れた。

 俺はぐっと息をこらえた。俺には今、好きな人がいる、とまだきちんと話してはいなかったのだ。

 呆然と携帯の液晶画面を見ていると、途端に上から影ができ、

「うわっ、なにこれ、エロッ」

 と、聞きなれた声がして、しゃがみこんでいた体を慌てて起こす。

「なんだよ、人のメール勝手に見るな」

 いきなり声がしたのは、同じバイト員の鏡裕子、まだ女子高生である。持ち前の馴れ馴れしさで、接客態度はナンバーワン、ときには、店の前でたむろする不良共とやりあう位の俺には見習いたい程の肝っ玉のでかい女の子だ。

「なぁに、彼女? あ、わかったわかった、前大学の帰り道だっつって寄ってきた同じ学校の人っしょ?」

 ズケズケと、裕子はちょうど一週間前のできごとをベラベラと話した。

 そう、一週間前位に里佳子が珍しく俺が部活が終わるまで、待っていたといい、なんだか申し訳なかったので一緒に帰った。その時喉が渇いたといって立ち寄ったコンビニがここだったのだ。

 そして運が悪く、このじゃじゃ馬娘の裕子がレジをやってるところに鉢合わせてしまい、その場で里佳子と裕子が一喜一憂してしまったのだった。あの件以来、彼女ということが裕子の頭の中にインプットされている。

「……そうだよ」

「へぇーバイト終わったらさっそくチチクリあえるじゃん、良かったねぇ」

 どこのババアだよ、と思いながら俺は溜息をついて否定した。

「関係ないだろ。大体首つっこんでくんな。大体もう彼女と思ってないし。俺の心の中じゃ別れてるよ」

 疲れきって、携帯をマナーモードにしていると、突然裕子の脚が、ふくらはぎに鋭いローキックを放って飛んできた。

「お前いつから里佳子さんに、影でそんなこと言えるほど偉くなったんだよ、彼女じゃないなら、さっきのメールはなんなんだコラ」

 これには俺も頭が来てどなり返した。控え室の窓から怪訝そうにこっちを見てくるサラリーマンが見えた。

「るっせせぇな。関係ねぇっつってんじゃん。うぜぇよお前」

「じゃあ、こっちは毎晩毎晩、里佳子さんから電話で、別れるかもしれないって、里佳子さん泣いてんだぞ!? 相談受けてるこっちの身になりゃ大事な人だよ、別れたいなら別れたいではっきり言ってやれよ! かわいそうだろ」

 怒鳴りかえされた俺は、言葉をなくしてしまった。里佳子と裕子がそんなに、そこまで親密になっているとは思わなかったからだ。女同士の恐さというものを痛感しながらも、俺は間抜けに口を開けていた。

「お前ら……連絡とってたんだ……」

 唯一喉を搾り出す様にこぼれた言葉がこれだった。間抜けもいいところである。穴があったら入りたい。

「お前が今日、里佳子さんにはっきりしないなら、私の方から連絡するから、あんなチンカスやめとけって」

 そういって裕子は、さっさと作業衣を上に羽織ると控え室の扉を蹴るようにして出て行った。

 なんであのじゃじゃ馬は、こうも理由も聞かずにでしゃばり、物事の展開をひっかきまわして喧嘩っぱやいのか。早とちりだったらどうするんだ。と心の中で悪態をついた。

 時計を見ると、作業開始の時間まで後五分だった。俺はロッカーの鍵を開けた。

 嵐の後の静けさとでもいうのか、妙にシンとした控え室の中、作業衣を羽織っていると、段々と裕子に言われた言葉がジクジクと針を持って心に突き刺さってきた。確かに、ハッキリ伝えなければ、ならないことはあった。俺が勇気を出して由美子さんに告白した時とは違う、決別の勇気。俺が由美子さんを思って泣きたい気分になっているのと同じように、里佳子はもしかして、俺のことを思って泣いていたのだ。

 控え室を出ようとする数分、俺は急いで里佳子にメールを入れた。



 件名 おはよう

 本文 話があるから、午後の五時にうちに寄ってくれ。すまん



 メールを打つ手が震えていた。思えば、自然消滅というカタチでしか、関係を終わらせたことのない青臭い俺にとって、だれかとの関係を自分から絶つなんて、はっきりとしたことがなかったのだ。誰にも言えない恥ずかしいことだったと今痛感した。誰かを失って、恨まれること。それが、この歳でも異様な程恐いものだと思った。





 バイト中、裕子はほとんど俺を無視しまくった。女の友情って恐いもんかと思えば、裕子が何故あんなに里佳子と仲良くなって、親密になったのかはわかる気がした。裕子は、このバイトを始める一週間前、通り魔に姉を殺されているのだ。

なんともできすぎた話だとは思うが、初めて里佳子を見た時、涙ぐんでいたのは、写真で見せてもらった裕子の殺された姉が、里佳子の顔立ちにうっすらと似ていた。顔かたちではなく、顔の持つ雰囲気が、だ。

 それを思うと、かなり良心の呵責が胸を締め上げた。羞恥心のあまり、レジの裏で縮こまって震えていたかった。

 バイト、やめようかな。次はどこのバイト探そうかな、なんてことを考えたりしているうちに、淡々とレジうち、検品、納品と機械の様に体は心とは裏腹にきちんと慣れでこなしていった。

 俺も裕子とは目を合わさなかった。ただ、バイトが終わるまで、里佳子に告げる別れの言葉を考えていた。




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