迷宮掃除、請け負います
冒険者――それは迷宮の果てを目指し、自らの身を顧みず危険に挑む者たち。
刃や魔法を駆使してモンスターと戦い、時に『英雄』と呼ばれるような活躍をする彼らに、憧憬と羨望の眼差しを向ける子供も少なくない。
「アレフ、このまま《レッサードラゴン》を討つわよ!」
「わかった!」
そして、今。目の前で行われていた冒険者たちの命懸けの冒険は、遂に佳境を迎えようとしていた。
体調が4メートルほどある赤竜と、それに対峙する若き冒険者二名。
互いに全身を襤褸の様にしながら、それでも自分たちの勝利を信じて戦う彼らの姿には、胸を焦がすような熱があった。
『オオオオオオオオオオッ!!!』
竜の咆哮が閉じられた空間の中に木霊する。
竜系統のモンスターの中でも比較的弱いとされる劣等種の名を冠する竜は、それでも圧倒的な個の力を持って冒険者へ襲いかかる。
口腔内に溜め込み、解き放った爆炎は床を抉りながらアレフと呼ばれていた青年目掛けて収束していく。
「アリアァアアアアアアアアアアアアアア!」
そして、青年はもう一人のアリアと言うらしい女性冒険者へ叫んだ。
その瞬間、彼女はアレフの叫びの真意を理解し、地面を蹴り砕いた。
一気に詰まるアリアと赤竜の距離。竜は即座に照準を彼女へ向けようと首を捻るが、既に遅かった。アリアはぐんぐんと竜の長い首を駆け上がり、そして――
「はあああああああああああっ!!!」
『――――――――、――――ッ!?』
下顎目掛け、硬く握りしめた拳を炸裂させた。
今も高温焦熱の炎を吐き続けている口が、下からの衝撃に抗えず閉じられる。
口の隙間から漏れる橙色の輝きと、黒煙。
肉の焼け爛れる臭いと、くぐもった痛哭が響き渡る。
「その首、貰った!」
そして空中へと躍り出たアレフが、赤竜の頸部へと刃を振り下ろした。
瞬間、ボトッ――と。
頭部が断絶された長い首の断面は、数瞬遅れて鮮血が噴き上がった。その様は、正しく噴水のそれだ。
(あぁ……これは後始末が大変だなぁ……)
もっと目の前の冒険者たちの勝利を祝うべきなのだろうが、壁や床に吹き付けられる赤黒い液体を見てしまうと、どうしても俺の胸中にはそんな感想しか出て来ない。
冒険者たちがしているモンスターの解体を側で見守りながら、自分の仕事が来るまで待機する。
そうして待つ事三分弱。全ての解体を終えた後、アレフと呼ばれていた冒険者が俺の側まで歩いて来ていた。
「『掃除屋』さん、もう終わりましたから後はお任せしても良いですか?」
「魔石などの回収もお済みですか?」
「はい。竜の魔石は回収しました」
アレフの言う通り、竜の亡骸からは魔石が抜き取られ、その巨体が徐々に灰になっていっている。
「でしたら、後の掃除は任せておいて下さい」
「いつもいつもすみません。僕たちの後始末をお願いしてしまって……」
「気にしないで下さい。此処で出たゴミを処分するのが『掃除屋』の仕事なので」
俺がそう言うと、アレフは申し訳なさそうな顔で頭を数度下げた後、この場から立ち去っていった。
「さて、と……やりますかぁ……」
ここからが俺――リオンの仕事だ。
先程まで戦闘の真っ最中だった薄暗い通路。そこはそれはもう悲惨な状況になっていた。
砕かれた壁面や地面から生まれる瓦礫の残骸、竜が撒き散らした血飛沫。竜の亡骸は魔石を抜き取った時点で消滅する為すでに無いが、それでも倒れた場所には血溜まりが形成されている。
「相も変わらず、今日も今日とてこの惨状……。冒険者たちにはもう少し遠慮というものを覚えて欲しいよねぇ…………」
思わず愚痴が溢れてしまった。
ただその愚痴も仕方ないと思って欲しい。
俺の仕事は冒険者たちが戦い終わった後の《迷宮》の掃除だ。
なんでこの仕事が必要になるかと聞かれれば、理由は単純明快。
モンスターの血液には、魔素と呼ばれるものが混じっている。これは体外に血液が流れてから時間が経つと、自然と血液から分離し、大気中に広がっていく。
そうすると、大気中の魔素の濃度が濃くなり、強いモンスターが集まってきてしまう。だからこそ、『掃除屋』という仕事は必要だという事だ。
(今日の俺は運が良かったなぁ……)
なにせ今日は珍しく戦っている場面に遭遇した。おかげさまで、いち早く掃除することができる。
時間が経過してる戦いの後始末というのは、それはもう大変極まりない。
まず大前提として魔物の血液は落ちにくいのだ。まだ乾き始めてなければ比較的楽ではあるが、乾いていたらそれはもう地獄。
俺お手製の泡スプレーを持ってしても、完全に落とし切るには三十分は掛かってしまう。
それだけでも大変なのに、砕けた瓦礫を回収し、冒険者たち御用達の『ポーション』の空瓶なども集めて回らなければならない。
それを勤務時間の八時間いっぱい。休み無しで《迷宮》のあちこちを巡って行わなければならないと言えば、少しは大変さが伝わるだろう。
「ま、グチグチ言ってても何も進まないし……さっさと始めますか!」
そうして、俺がまず取り出したのは一枚の雑巾だ。
「【清純なる水の調べ】――【ラークス】」
雑巾の周りに魔法で生み出した水を纏わせる。
そうすると、あら不思議。
バケツの中に水を溜めていなくても、常に濡れ雑巾を用意することができるのだ。
「さて、泡スプレーを掛けて……と」
手にした泡スプレーを血液が染み込んだ地面や壁に掛けていく。
今回は時間もあまり経っていない為、この特製泡スプレーを使えばものの数分で血を拭き取る事ができる。実際、すでに泡によって染みた血が浮き出てきている。
それを確認すると、用意した濡れ雑巾で辺り一体に噴霧した泡を拭いていくのだ。
泡の拭き残しが無いように、丁寧に、じっくりと、時間を掛けて。一度では完全に血を拭ききる事は出来ないので、その行為を何度か繰り返し行っていく。
今回の場合は三度ほど行程を繰り返すと、血のシミが無くなり綺麗な元通りの床と地面に変貌を遂げた。割れているところなどは《迷宮》が修繕するので、気にする必要はない。
あとは瓦礫の後始末をするだけだ。
瓦礫を箒と塵取りを使って集め取り、それらを全て背中に背負っているバックパックの中に放り込めばそれでお終いだ。
使い終わった雑巾は腰に掛け、箒と塵取りはバックパックの横に取り付ける。
そうして使った道具を一頻り片付けた後、ようやく俺の掃除は終わりを迎える。
掛かった時間はザッと、三十分くらいだろうか。
首に掛けた発条式の懐中時計で現在の時間を確認してから、次の現場を探して歩き回る。
◆
あれからも戦闘の形跡を見つけるたびに、掃除をすること八時間弱。
時刻は既に22時を廻ろうとしている。
この時間になると、冒険者達も休息のために迷宮から姿を消す。
「……やっと静かになったぁ!」
戦闘の音が聞こえなくなったという事は、つまり近くに冒険者が居ないということ。
今日の仕事は最後の仕上げを持って終わりとなる。
「ふぅ……確か、十層に出るんだったよな」
迷宮《岩窩の魔窟》――十層。
それが本日の仕事場所だったエリアだ。
四方を岩に取り囲まれた洞窟の様相を取っていて、ここに出現するモンスターは《オーク》や《ミノタウロス》などが多い。そして稀に、昼間に見た《レッサードラゴン》が出現する。
……だが、今のこの場所には存在してはいけないモンスターが存在しているらしい。
(異様に静か過ぎる。モンスターの気配が……消えた)
いくら冒険者が姿を消したと言っても、モンスター達はこの時間も活動している。
にも関わらず、探索を開始してから十分ほど経っても、モンスターとの戦闘はおろか遭遇すらしない。
(……ここに存在している何かを刺激しないように潜んでいるのか?)
そんな事を考えながら迷宮内を歩いていく。
渡されている情報からして、まず間違いなくその可能性が高い。
なにせ、それは十層よりも遥か下、二十五層に潜むはずの怪物で、この場所にいる訳もない完全なる異常存在なんだから。
「…………見つけた」
探索すること二十分。
十層の中でも比較的広いルームの中で、俺は遂にそのモンスターと遭遇した。
『――フゥゥゥ……!』
「デカいな……」
それが一目見ての感想だ。
およそ5メートルはあるだろうかという巨躯に、全身は漆黒の鱗に包まれている。都合十八の赤眼が敵を見定め、横に大きく裂けた口の端から毒液混じりの涎を垂らし、地面を溶かす。
その姿は正しく異形と呼ぶに相応しい姿だった。
一つの胴体に繋がった九つの頭と九つの尾を持つ、九頭九尾の蛇。
二十五層の中でも特に危険とされる三体のモンスター、そのうちの一体。
分類は竜種、名は《ヒュドラ》。
間違いなくこの十層に存在して良いはずの無い、正真正銘の怪物だ。
「お前みたいな奴が居たら、そりゃあモンスターも下手に動こうとしないよな」
このモンスターの存在が十層で確認されたのは、昨日のこと。
夜中に探索を開始した冒険者パーティが偶然にも遭遇したのち壊滅。生き残りのパーティメンバーの一人が命からがら脱出し、その存在をギルドへ報告した。
幸いだったのは、ヒュドラが夜行性のモンスターであったこと。そのおかげで昼間をメインに活動する冒険者とは遭遇する事は無く、被害自体はそのパーティ以外には無かったことだろうか。
ただギルドとしてもこの状況を無視できる訳もなく、ヒュドラ討伐として白羽の矢が立ったのはギルド直属の『掃除屋』に対してだった。
「ほんと、ギルドも人遣いが荒いよなぁ。こんな大型を手早く『掃除』しろなんてさ」
そう愚痴を溢しながら、腰に提げている護身用の剣を抜く。
「もう定時は過ぎてる。残業代はたんまり請求するにしても……お前に時間を掛けすぎるわけにもいかない。なんせお前を倒した後には掃除もあるんだ。だから、三分だ。三分で解体まで終わらせる」
『――オオオオオオオオオオッ!』
先手はヒュドラ。
三つの頭が前と左右の三方向から俺目掛けて毒息を吐いた。吸い込めば瞬く間に血管が開き、血流を滞らせてしまう毒性を持つ。
とは言え、毒息は体内に取り込まなければ、特に問題もない。
「【吹き荒れる風乱の牙】――【テンペスト】」
魔法を発動すると、俺を中心として発生した風が毒息と共に俺の持つ剣へ収束し始める。そして、剣に収束している毒混じりの風を、ヒュドラへと薙いだ。
すると、収束していた風は一陣の刃となり、ヒュドラの頭一つを斬り落とした。
『オオオオオオオオオオァッ!?』
僅か数秒にして、頭一つ失ったことに驚愕するヒュドラは、しかし動揺も一瞬にして振り払い、即座に頭で迷宮の壁を削り取っていく。
人の身体を簡単に押し潰せそうな岩の塊が、いくつもヒュドラの周りに落ちていく。
そうして生成された岩の塊は、次の瞬間には『砲弾』へと早変わりしていた。
「……ぐっ!?」
近くへ炸裂した岩の砲撃の衝撃が、俺の体を吹き飛ばす。地面を転がり、なんとか受け身を取って起き上がる。
その瞬間、俺は自分の表情が引き攣ったのを感じた。
眼前に十の砲弾。
「まっずい!?」
反射的に地面を蹴り出し、壁を走り、天井に足を着き、跳んで――動き回りながら面で迫る砲弾の回避に専念する。
(止まったら死ぬな、これ!)
迷宮を削り、発生した岩を咥えて投げ飛ばす。
ただそれだけの単純な繰り返し。
けれど、それは人を殺すには充分すぎる威力を持っている。
(確かに、この密室の中で物量で攻撃してくるのは理に適いすぎてるな! しかも、迷宮の壁は壊れた側から再生していく!)
つまり、今ヒュドラが撃っているのは弾数無限の大砲に他ならない。
「深いところに居るモンスターは賢いのが腹立つ!」
ヒュドラは力に於いて、十層のモンスターを凌駕している。それと同じように、知性も十層のどのモンスターよりも上だ。
「でも……そんなばかすか弾撃ってたら、もう俺の姿見えてないんじゃないか?」
一歩ずつ、着実に。
ヒュドラとの距離を詰め、そして二本目の首に手を掛ける。
「これで――二つ」
首が、落ちる。
そして頭部を失った首を足場にして、再び跳躍。
「そして、三つ目だ!」
これで残りの頭は六つ。
この勢いで四、五つ目の首を斬ろうとしたが、ヒュドラは残りの首を鞭のように振り回し、俺が近付けないようにして一度距離を離してしまった。
「くそッ! できるならもう少し頭数は減らしたかったけど……仕方ない!」
意識を一度切り替える。
現在、戦闘開始から一分二十五秒。
ペースが遅い。しかもヒュドラの警戒が高まってしまった現状では、もう楽に首を斬らせては貰えないだろう。
となれば――此処からは本気だ。
「――【シンティラ】」
痺れたような感覚が、全身を襲う。
力の奔流に身を委ねるようにして、俺は一歩踏み出した。
遅れて、轟音が響き渡る。
『グァァァァァッ!?』
四、五つ目。
残りのヒュドラの頭は四つ。
『フッ、ゥゥゥゥゥ……』
地を這うような唸り声を上げるヒュドラ。
恐怖と憎悪の入り混じる赤眼に、俺の姿が映っている。白髪が逆立ち、全身に稲妻の鎧を纏った男の姿が。
これが俺の切り札――【シンティラ】。
全身に雷を流し、反応速度および身体能力を超強化する俺だけの魔法。
「あと、一分二十秒で解体する」
そこからは一方的な蹂躙だった。
【シンティラ】を発動した俺の速度は、ヒュドラの反応速度を優に上回っていて、瞬く間に六つ目の頭を失ってしまった。
ヒュドラはそれでも抵抗を続けた。
毒息を吐き、毒牙を突き出し、巨体を振り回す。
しかしその程度で俺の動きは止まらない。
かつて、冒険者としてヒュドラよりも凶悪なモンスターと戦ってきた経験が、俺の身体を突き動かす。
「俺は知っているんだよ、お前より遥かに強くて恐ろしい存在を……。だから、俺は負けない」
七、八――。
ヒュドラの首は残り一つ。
自分の死を悟り、後ずさるヒュドラに俺は切先を向ける。
「――終わりだ」
そして、九つ。
全ての首を切り落とした。
時間は二分三十九秒。魔石を取り出すのにかかった時間は二十秒。
合計、二分五十九秒。
最初に設定した三分にギリギリ間に合った。
「よし、それじゃあ後は戦闘の跡を掃除して終わりだな」
そうして、ヒュドラを倒した俺は床や壁に飛び散った血液を綺麗に掃除した後、その迷宮を後にした。因みに残業代と特別手当は金貨二枚だった。もっとくれても良いだろうと抗議したが、これ以上の金銭は貰えなかった。不満である。
その後も、俺の迷宮掃除は続いていく。時には凶悪なモンスターを倒し、時には迷宮攻略もしながら。
ここまで読んでくださりありがとうございました。読んで良かった、面白かったと思って頂けたなら幸いです!
また感想や☆などを貰えると、今後の僕のモチベ維持にも繋がりますのでどうぞよろしくお願いします!




