「Hang Over v4.」
目が覚めた瞬間、まず頭に浮かんだのは「やってしまった」の一言だった。
微かに揺れる視界。頭が重く、喉は乾いている。昨夜のアルコールが体内にしぶとく残っていた。
( また、あのパターンか。)
わかっていた。
日々、自分は“見られる”側の人間として生きている。
言葉一つ、表情一つに気を配り、人に不快を与えず、けれど必要なときには真っ直ぐ意見を通す。
誰に対しても礼儀正しく、時に厳しく、けれど常に誠実であるように。
だからこそ、周囲からは「ちゃんとしてる人」と見られるし、「信頼できる」と言われることも多い。
それが自分の役目だと、ずっと思ってきた。
でも、そうやって張り詰めた日常は、時々どこかで綻ぶ。
しかもその瞬間は、決まってふたつの条件が重なったときにやってくる。
一つは、心が限界まで疲れているとき。
もう一つは、逆に、すごく満たされているとき。
そしてそこに、心から信頼できる人がいて、酒が入ると自分の中の“人間味”が、急にあふれ出してしまう。
昨夜が、まさにそのパターンだった。
飲み会は、ごく自然に始まった。
気を使わない、少人数の仲間たち。
それぞれが自分の弱さや冗談を交えながら語り合える、数少ない場所。
最初は、いつものように穏やかに、笑いながら話していた。
だけど、気づけばグラスの数が増え、空気が少しずつゆるんでいく。
誰かが言った。「最近、めちゃくちゃ頑張ってるよね、○○さん」
誰かが続けた。「正直、どうやってそこまで自分保ってるのか不思議だよ」
冗談混じりの本音。でも、その言葉が、心の中に深く染み込んでしまった。
そこから先の記憶が曖昧だ。
覚えているのは、いつのまにか自分が饒舌になっていたこと。
普段なら絶対に言わないようなことを、感情のままに言葉にしていたこと。
「本当はさ、誰かに頼りたくなる時もあるんだよ」
「たまには、全部投げ出して、どこかに消えたくなる」
「ちゃんとしてるように見えるだけで、俺だってずっと揺れてるよ」
そんなこと、酔ってなきゃ言わない。いや、言えない。
言葉にした瞬間に崩れそうで、怖かったから。
でも、それを聞いた誰もが、否定もせず、静かに頷いてくれていたような気がした。
その優しさに甘えてしまったのだ。
そして、朝。
自分が何をどこまで言ってしまったのか、思い出そうとするたびに胃が痛くなる。
普段の自分なら絶対に許さない“隙”が、昨夜の自分には確かにあった。
後悔と自己嫌悪の中で、スマホを手に取る。
通知は一件。グループチャットに、短い言葉。
「昨日の○○、めちゃくちゃ人間っぽくて良かったよ。なんか、ホッとした。また飲もうな。」
その瞬間、思わず笑ってしまった。
気が抜けた。
恥ずかしさもある。けど、それ以上に、少しだけ報われた気がした。
完璧じゃなくてもいい。
取り繕わなくても、誰かに許される夜がある。
それを思い出させてくれたのが、昨夜の“失敗”だった。
頭はまだ痛い。でも、胸の奥には、ちゃんと温かさが残っていた。