成功しなかったと喚く知人に当然だと心で突っ込んだ
物語の端っこにいるモブ令嬢の話を目指した。
グラビレイ伯爵令嬢コーリナは知人である。
友人ではない。あくまで知人。
同じ伯爵家で領地も近いので交流はあるが、友人ではない。友人と思われたくない。
たまに友人だと勘違いして紹介してほしいと頼まれるが、冗談じゃない。こっちは縁を切りたい相手なのだ。縁の切り方が分かれば実践しているほど、
「いっそ、修道院に行けば縁が切れるかしら」
「ジェニファー!! そんなこと言わないでくれ。パパ泣いちゃう!!」
独り言を聞かれてしまい、涙目で縋られて、しまった場所を選べばよかったと後悔する。
「じょっ、冗談よお父さま。ジェニファーはお父さまを置いて行きませんわ」
泣いている父を慰めて、必死に間違いだと冗談だと滾々と説明する。
うん。修道院はやり過ぎだ。縁を切りたくて、絶対縁が切れる選択だが、父を悲しませてまですることじゃないと猛省する。
溜息を吐きたいけど、ここで溜息を吐いたらだいぶ持ち直してきた父がまた勘違いして泣きだしそうだから出さないように気を付ける。
(どうやったら縁が切れるのかしら)
あの略奪愛好きな女と。
コーリナは女の敵である。彼女は誰かの選んだ男性が好きで、初々しいカップルを見付けると男性を騙し、誘惑して、別れさせることが趣味の女だ。
その後別れたらもうすでに興味を失い、男性に見向きもしない。それで苦情を言おうものならば。
『わたくしが少し声を掛けただけで別れるなんて真実の愛ではなかったのでしょう』
と別れて正解よとまで言ってくるのだ。
それでも、コーリナを慕う男は後を絶たず、性質悪い男はコーリナに横恋慕してもらうためだけに女性と付き合っている輩もいるのだ。はっきり言って女の敵。
別れたくても家の関係で強く出られない女性とか、そんな男性だと知りつつも好きになってしまった女性。そんな男の本性に気付いていない女性はそんな輩にとって格好の餌だ。
そして、そんなコーリナにとってわたくしは都合のいいオプション。場合によってはわたくしを盾にして自分は逃げていくと言うことを平気で行うのだ。
わたくしもまた。家の都合で強く出られない理由があったりする。
「ジェニファーがそんなことを言うのはやっぱりパパがお前に相応しい婚約者を見付けられないからかっ。ごめんよぉぉぉぉ!!」
「大丈夫よ。お父様の目利きを信じてますから。慌てなくても」
「せっかく、グラビレイ伯爵に相談しているのにぃぃぃぃぃ!!」
血管が切れるかと思った。
冗談じゃない。それで以前何回かお見合いしたけど、なぜかお見合い会場にコーリナが現れてあっという間にかっさらわれて行ったが、まさか相談していたからなんて。
(目の前に餌を置いておくようなものでしょう)
「やっぱり、修道院に行った方がいいのかしら」
怒りのあまりそんな本音が漏れてしまい、父がまた号泣しだした。
「と言うことがあって、わたくしの婚約者が見つからない訳を理解したのですよ」
「たっ、大変でしたわね」
長期休暇が終わり、学園に戻り、大好きな本に囲まれる&コーリナの襲撃から逃れられる安息の場所である図書室で図書委員の仕事をしながら同じ図書委員のパウダースノー伯爵令嬢に愚痴を言う。
「でも、わたくし相手でも同じことをしていましたが、デュランダル伯爵令嬢にも同じことをしていたんですね……。それなのに、グラビレイ伯爵令嬢に恋人を奪われた一部の女性に責められて大変ですね……」
パウダースノー伯爵令嬢が心底同情してくれる。コーリナのせいで恋人、または婚約者を奪われた女性陣はわたくしのところにわざわざ来て『貴女の友人でしょ。何とかしなさい』と責め立ててくるのだ。
最初はきちんと説明した。友人でも何でもないと。だけど、コーリナは自分が都合悪くなると毎回わたくしの名前を使って強要されたとか賭けに負けたとかそんな理由を付けて責任を押し付けてくる。そして、それを真に受けた女性に顔を叩かれたこともあった。
『大丈夫ですか?』
あの時水で濡らしたハンカチを差し出してくれたパウダースノー伯爵令嬢の優しさがコーリナに付けられた傷でぼろぼろになっていた心に沁み込んできて、とても嬉しかったことを覚えてる。
(コーリナに付きまとわれて都合のいい盾扱いされている自分の傍で巻き込みたくないけど、パウダースノー伯爵令嬢と本当は友達になりたい)
でも、わたくしの友達になってほしいと告げたらあの女は今度はパウダースノー伯爵令嬢を利用しようとするから気軽に友達になってほしいと頼めない。
コーリナを友人と思っている第三者に声を大にして言いたい、あんなの他人、ただの知人で友人ではないと。
(あっちも友人だと思っていないし)
縁を切りたい相手だ。あっちは逃がしてくれないが。
「そう言ってくれると嬉しいです……」
パウダースノー伯爵令嬢もコーリナの被害者で、婚約者を奪われたばかりだ。もっとも、パウダースノー伯爵令嬢は相手の有責で婚約を破棄して、もともと新しい企業の資金提供と言う形での婚約だったので資金提供を止めて、他の貴族と企業を続けることになったとか。
「まあ、結婚前に本性を知れてよかったですから。それに……」
顔を赤らめて言葉を濁すのと同時に、図書室の扉が開き、一人の男性が入ってくる。制服がぶかぶかで着られている感じのするがりがりに痩せている髪の毛が手入れされていない感じの青年。でも、確かよく図書室で本を熱心に読んでいるのを見たことがある。
「ストーリア」
嬉しそうにパウダースノー伯爵令嬢の名前を呼ぶ青年。
「グリーディオ」
同じように顔を赤らめて嬉しそうに応えるパウダースノー伯爵令嬢。
(ああ、なるほど)
どうやら、新しい恋が生まれていたようだ。
(んっ?)
グリーディオ?
「シュバルツヘルツ前公爵ご息女メリエージュさまの……?」
婚外子。と言いかけて慌てて口を閉じる。
メリエージュさま。公爵家の至宝とまで言われるほどの方だったが、誰が父親か分からない子供を出産したと社交界で噂になった。
前公爵は娘可愛さにそのどこの馬の骨の子供か分からない子を手元で育てるようにしたが、現公爵はそれを忌々しく思っていて、前公爵が亡くなるとすぐに母子とも冷遇している。と。
そのメリエージュさまの産んだ子供の名前がグリーディオさまだったような……。
「パウダースノー伯爵令嬢……?」
「実は……新しい婚約者なの」
顔を赤らめて告げる様は政略結婚ではなく、互いに想いあっているのがひしひしと伝わってくる。詳しく話を聞けば、コーリナによって婚約破棄されて泣いていたらハンカチを貸してくれたとのこと。そこから親身になって話を聞いてくれて気が付いたらと幸せそうに微笑んでいた。
グリーディオさまは自分が幸せにすると宣言したパウダースノー伯爵令嬢はとても素敵で格好いいなと同性だったが、ドキドキしてしまった。
彼女はその言葉を有言実行とばかりにどんどんグリーディオさまを磨き上げ、冷遇されて心労が前面に出ていたのを改善させて、あっという間に見目麗しい貴族令息に仕立て上げて、健康的になったこともあり、ますます幸せそうに見えた。
その見目麗しさにコーリナが手を出さないか心配になっていたが、いくら見目麗しくても公爵家で冷遇されているグリーディオさまに手を出す気は全くなかったので安堵した。このまま二人で幸せになってほしいなとはた目から祈っていたのだが、祈りは思った方とは異なる形で叶ってしまったようで、グリーディオさまの父親が、冤罪で島流しにされていた王兄殿下だと判明したのだ。
王族の大スキャンダルなので内容はかなり伏せられているが、現王はもともと先王の第三王子で、第一王子を王太子にしたい一派が第二王子の罪を偽装して遠方の地に追放したのだが、実は第一王子一派がしでかしたことでそれを押し付けたことだと発覚。そんな矢先第二王子を呼び戻そうと動いている途中で先王が崩御。国の混乱を一刻も早く収めるために王位継承の争いから一歩引いていた第三王子が即位された。
それからすべての罪がきちんと偽証だと判明して呼び戻すまでの時間がかなりかかってようやく戻ってきたのだが、その際、シュバルツヘルツ公爵令嬢のメリエージュさまとの間に愛が育まれていて、グリーディオさまはその時に出来た子供だと発覚した。
うん。そんな物語のような話があるなんてと一躍有名になり、王族を冷遇したとシュバルツヘルツ現当主は処罰され、まあ、知らなかったというのは考慮して多少は甘い罰だったが、メリエージュさまと王兄殿下は無事結婚された。
つまり、今まで見向きもされなかったグリーディオさまが王族になったのだ。
「グリーディオさま♪」
図書室で仕事をしていると普段来ないはずのコーリナが来たと思ったら本を探していたグリーディオさまに向かってくっついてくる。
「奇遇ですね♪ こんなところで会うなんて♪」
上目づかいで話し掛けてくるコーリナを不快気に見ているがコーリナはお構いなし、
「君は……」
「ああ、わたくしは友人のジェニファーに用があってきたんです♪ ジェニファーがまだ手が空かないのでご一緒していいですか?」
勝手に人の名前を出すな。内心そんなことを思いつつむかむかしていたが、今は仕事中で、本を探してほしいと頼まれて探している最中で忙しいのだ。
「実はグリーディオさまのことを以前から格好いいと思っていたんですよ」
グリーディオが返事をしていないのにぐいぐい来て話を続けるコーリナに、パウダースノー伯爵令嬢は以前婚約者を奪われた事を思いだしたのか顔を蒼白にしている。本当は無理やり話に割り込みたいのだろうけど、パウダースノー伯爵令嬢は本の貸し出しの行列に対応しているのでそれどころではない。
「でも、話し掛けようとするのをパウダースノー伯爵令嬢が妨害して……」
目に涙を溜めて、そんな嘘を吹き込んでいる様に彼女の常とう手段だと腹を立てる。そんなあからさまな嘘を信じないでほしいと今までそれに騙された男を知っているから止めに向かいたかった。だが、
「――木がしゃべるな。君が言ったけど覚えてない?」
グリーディオさまの突然の発言。
「あの時よりも親切に言ってあげるけど、図書室でしゃべるな。用が無いのなら出て行きなよ」
視線も向けずに告げるとすぐに近くの机に向かって本を読みだすグリーディオさま。
「よっ、用が無いなんて失礼ですね。わたくしはジェニファーに用が……」
「なら外で待っているか本を読んで待っているといい。しゃべるなら出て行ってくれ」
もう何も言うつもりはないと背を向けて本を読みだす。その態度にコーリナは怒った顔で乱暴にドアを開けて音を立てて外に出ていく。
廊下からわたくしが声を掛けているのだから喜びなさいよと喚いているのが聞こえるが、
「あそこまで綺麗に磨き上げて、愛情をたっぷり与えて自信を持てるようにしてくれた女性がそばに居るのに他の女性に目移りするなんてことするわけがないだろうに」
本を探してほしいと頼んできた生徒が思わずと言った感じで呟くのを聞いて、それは言えてると妙に納得してしまった。
グリーディオさまが王兄殿下の息子だと分かる前に彼をあそこまで愛情いっぱいに育てたのはパウダースノー伯爵令嬢だ。彼女がいなかったら見向きもしなかっただろうに、
「二人は今真実の愛で結ばれていると言われているのに割り込む自体おかしい人だ」
「確かに言えますね」
邪魔する存在がいなくなった途端パウダースノー伯爵令嬢の手伝いに向かうグリーディオさま。その様子に頼っていいのか困りつつ嬉しそうなパウダースノー伯爵令嬢。
「あっ、お探しの本ありました」
こっちも一刻も早く本を探して合流しようと思ったらあれだけ探していたのに見つからなかった本が視線の端に映ったので差し出す。
「ああ、ありがとうございます。――どうやら、先程の方が立っていた場所だったから見えなかったんですね」
「ホントですね……」
本があった場所がちょうどコーリナのいた場所で死角になっていた。もしかしてわざとなのかと思ったがそこまで頭は回らないかと思い直す。
これで受付に戻れるとホッとすると探していた生徒が、
「長いこと時間を取らせてすみませんでした」
と気が付いたら返却棚に置かれている本を元の場所に戻す手伝いをしてくれていた。
後日談だが、グリーディオは以前コーリナと同じクラスで、先生に頼まれた書類を回収してコーリナに声を掛けたら『木がしゃべるな』と言われて、集めていた書類を奪われて全て窓から投げ捨てられるという嫌がらせをされていたと教えてもらった。
その書類を拾う手伝いをしたのがパウダースノー伯爵令嬢で、その頃から意識をしていたとか。パウダースノー伯爵令嬢はそんなことがあった事実も忘れていたそうだけど、彼女は困った人に手を差し伸べる人だからそのどれかだろうなと普通に納得できる。困っている時に手を差し伸べることはあるけど、差し伸べられたことはないから余計嬉しかったんだろうなと言うのは想像が出来る。
ちなみにコーリナは様々な婚約を破棄させたことで流石に問題視されたようで現在休学中だ。近いうちに何らかの処分がされるだろうとか。
「今までされていなかったのに何ででしょう?」
つい疑問を口にしてしまうのは今まで巻き込まれて害を被った時期が長かったのでもっと早く動いてほしかったという愚痴が出てしまったからだ。
「多分、それはきっと……」
言葉を濁してわたくしの愚痴に答えてくれるのはつい先日婚約したばかりの相手。彼の視線の先にはパウダースノー伯爵令嬢と王兄殿下の第一子グリーディオさまの姿。
「すごく納得しました………」
権力を使ったんですね。流石です。
コーリナがいなくなったからこそ婚約者も無事見つかったので、良しとしましょうかと軽く流すことにする。それにしても………。
(あの時本を探すのを頼んだ生徒が実はずっとわたくしを慕っていて、コーリナがいなくなった途端婚約を申し込んでくるとは思いませんでした)
コーリナがいなくなってこれでもう安心だと思って動いたとか。わたくしのような平凡な存在を想う人が居るとは思っていなかったけどまあ、これでめでたしめでたしだ。
「ところで、ジェニファー。パウダースノー伯爵令嬢がそろそろ君に名前を呼んで欲しくてうずうずしているけど」
名前を呼んであげたら。
いきなりそんなことを言われると、話が聞こえたのか顔を赤らめているパウダースノー伯爵令嬢。
「そう言えば、ストーリア。ずっと、グラビレイ伯爵令嬢に邪魔されていたからデュランダル伯爵令嬢に友達になってほしいといえなかったと言っていたね。もう邪魔者がいないよ」
グリーディオさまの声も聞こえて、まさかずっと友人になりたいと思ってくれていたのだと知らなかったので嬉しくて、ようやく。
「友達になってください」
とパウダースノー伯爵令嬢。もとい、ストーリアさまに伝えることが出来たのだった。
無自覚だが、ジェニファーは可愛い系の女性です。だからこそ変な女性に利用されていました。